この作品は、主人公・かなの繊細で複雑な心の変遷を通して、人と人との距離感や、後悔、赦し、そして小さな希望について描かれています。生と死、現実と記憶、友情と孤独といったテーマが交錯しながらも、静謐な語り口で綴られるため、読後には独特の余韻が残ります。
特に印象的だったのは、友人の「ののちゃん」との関係性の描き方。すれ違いや誤解、そして互いの心の深淵に向き合おうとする姿には、胸が締め付けられる思いがしました。どこまでも曖昧で答えの出ない対話が、むしろ現実味を帯び、読者に強く訴えかけてきます。
また、心理描写とともに日常の細部（服装、海の風景、手の感触など）の描写が丁寧で、物語の情緒に深みを与えています。現実に根差しつつも、どこか夢のような質感がある不思議な作品でした。
重いテーマを扱いながらも、読後にわずかでも光を感じさせてくれる、そんな作品だと思います。静かに心を揺らすような小説が好きな方に、ぜひ読んでいただきたい一編です。