第27話 周りの変化
「おはようございます、リリスさん」
あの、ジルの宣言から一週間、学院内でのリリスの状況は日に日に良くなった。
それまでジルを恐れてリリスに関わろうとしなかった生徒達が、普通に接してくれるようになったうえに、シャーロットとも普通に話せるようになったため、ロッティ会の人々からも話しかけてくれるようになった。これでリリスの当初の目標『友達百人計画』が一歩どころか大きく前進した。ただひとつの問題を残して。
「おう、リリス。今日はうちへ来る日だろう。楽しみにしているぞ」
あれから遅刻する事無く学院に来ているジルはリリスを見つけるなり、話しかけて来る。
いつも部屋の端にサリーと二人で座っているのだが、何度も中央に座っているジルの隣に座るように勧めてくる。
そのため、他の生徒からジルの恋人と認識されていた。しかしリリスがそれをはっきりと否定しているため、今のところ恋人候補で収まっている。
そしてもう一つ大きな変化があった。
「それで、今度の休みのデートは考えてもらえたかな? ぼくの船で夕日を見ながら食事でもいかがかな?」
日焼けした爽やかな海の男カイルがリリスにちょっかいをかけて来るようになった。
ジルからリリスを庇うことはあっても、今までこんなに直接的にアプローチをかけてきたことはなかった。
カイルのアプローチ自体はリリスとしてもありがたかった。
海の向こうの話、魚の加工や流通方法、製塩方法などカイルに聞きたいことが山ほどあったし、それをリリスの故郷ロランド領に流通量を増やして欲しかった。
しかし、リリスは忙しかった。
勉強もそうだが、生活のための刺繍仕事に畑の世話。その上、コレットのお世話に伺わなければならない。コレットは素直で可愛く、病気の回復も順調なので、それ自体はまったく苦ではないのだが、王宮へ行くたびにジルがセットでついてくるのが鬱陶しかった。
一時間もあれば終わるところが、気がつけば二時間、三時間となっていた。
そのおかげで週末ゆっくりする時間などとれない。
「申し訳ありません。カイル様 (海産物、塩、海運)。今度の週末は用事がありまして……」
「僕のことは気軽にカイルって呼んでくれ。じゃあ、いつなら大丈夫だい?」
コレットが完全に回復するのにあと一ヶ月もあれば十分だろう。
「い、一ヶ月後……くらいですかね」
カイルは唖然とした。一ヶ月後という回答は体の良い断り文句だと理解したからだった。同じ年頃の女性が自分の誘いを断るなど、初めての経験にカイルは動揺を隠せなかった。
「それはジルのせいか?」
カイルはリリスがジルに気を使って自分の誘いを断っていると思っての発言だった。
「そうです。ジル様 (軍事)のせいです」
コレットの治療に伺ったときにジルが色々と口を出さなければ、カイルとの時間もとれる。だからジルのせいと、リリスは思っていた。
「そうか、わかったよ」
「すみません」
リリスは本当に申し訳ないと思いながらも、カイルの誘いを断ってしまった。
コレットの件が落ち着いたら、自分から食事にでも誘ってみようと考えていた。その頃には畑の野菜も育っているはずだ。取れたての夏野菜を使ったバーベキューなんて良いだろうな。
カイルの悲しそうな背中を見ながら、リリスは考えていた。
そんな事があった日のお昼休みに、リリスとサリーはいつもの中庭でご飯を食べていた。
「最近、モテモテですわね、リリス」
「茶化さないでよ。嫌われるよりは良いけど、なんだかみんな手のひらを返したようで、すこし居心地が悪いわよ」
「しかし、惜しかったですわね。せっかくカイル様がお声を掛けてくださったのに」
「それなのよね。船に乗れるチャンスだったのよ」
王都の東は大きな河に面しており、そこから海まで続いている。
リリスは一度、船と言う物に乗ってみたかった。大量の物資を運ぶには船が有効だということはマリウスから学んでいた。しかし、本や話で聞くだけでなく、実際に乗ってみてどんな物なのか経験してみたかった。王都に来たからには、やってみたいことのひとつだった。それがただで叶うチャンスだったと言うのにもったいないことをしたと、心の底から残念に思っていた。
「それに、いろいろと聞きたいこともあったのですけどね」
カイルが本気で誘っていないということくらい、リリスにも分かっていた。変に目立ってしまったリリスがどんな人間なのか気になっているだけだと。
そもそも、リリスは自分が女性的魅力は皆無な人間だと思っている。鶏ガラのような体の上、胸には大きな傷がある。性格もきつい。だからこそ婚姻によるつながりではなく、友情による絆を得ようと考えている。
そのためにはどのようなきっかけでも、そこから縁の糸をたぐり寄せて両領地の利益になる絆を結ぶつもりだった。
しかし、物事には順序がある。優先順位がある。
今はコレットの病気の治療が最優先だった。
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