第34話 あのドジっ子が気持ちよさそうに顔を赤らめたせいで、ざわつくのになぜか落ち着く

 玄関に行ってみると、地味な服を着た少女が、戸口で薬草の束ごと転がっていた。髪は淡い茶色で、無造作に三つ編みにまとめられていた。


「お前は……」


 言いながら、助け起こそうと手を伸ばす。


 少女が手を取って顔を上げると、地味な服や髪型とは不似合いの見目麗しい顔立ちだった。くりくりと大きな瞳と、小ぶりのふっくらとピンク色の口元。


「す、すみません……!薬草の配送係の、アルターです……前の方が腰を痛めて……初めて来たので、道に迷って……」


「ああ、あの爺さんか……迷ってこの時間に?」

「はいっ! 二日前に出て、えっと、三回くらい迷子に……」


 ……大丈夫なのか、このドジっ子。

 街から数時間のはずだぞ、この診療所。

 そのうち配送中に事故にあったりしそうだな?


 そう思いながら、アルターが持ってきた薬草に目を走らせると、そのうちの一つが俺の目を引いた。


「これ、ルルベル草じゃないか。入手困難なはずだが……どうやって仕入れた?」

「え、あっ、それは……たまたま南部の村から来た行商の方が持っていて……! 数に限りがあるって聞いて、思わず全部……」

「乾燥状態がいいな。香気成分がほとんど飛んでいない」

「は、はいっ。状態がいいので治療に最適です。でもこれ、体質によっては……」

「高血圧気味の患者には向かない。だが、代謝が落ちてる年配の魔族には……」

「逆に合うんですっ!」


 俺とアルターの声が次第に熱を帯びて早口になっていく。

 様子を見に来たラナがやや引き気味に後ずさった。


「な、なに、この空気ぃ……」


 俺はふと、少女の手元に異様な傷跡があるのを見つける。

 まるで、燃える何かを握りつぶしたような痕。


「……怪我、してるぞ」

「あっ……だ、大丈夫です! 配送の途中でちょっとだけ、焚き火の処理ミスして……」

「手当しよう」

「でも……」

「いいから。化膿したら困る」

「はい……」


 差し出された手を清め、軟膏を塗り、包帯を巻く。

 指先が彼女の掌をなぞるたび、ほんのりとした熱が伝わってくる。


「……っ」


 アルターがびくりと肩を揺らし、小さく息を呑んだ。顔を上げたその瞬間、俺は言葉を失う。


 ほんのり赤く染まった頬、潤んだ瞳、わずかに開いた唇。


 その表情は──

 ……やけに、色っぽかった。


「だ、大丈夫ですっ。ちょっと、くすぐったくて……」


 俯きがちに言いながら、アルターはそわそわと落ち着かない様子で指先を握り直していた。膝を揃えて座る姿もどこか不自然で、視線をこちらに向けようとしては逸らす。


 まるで、さっきの感触がずっと残っているかのように。

 静かに手当を受けているアルターの存在は、どこか儚げで──


 ……それなのに、妙に色っぽくて。

 指先にまだ残る、微かな体温とやわらかさ。


(……なんだ、これ。胸がざわざわする)

(……なのに、変に落ち着く)


 治療が一段落し、アルターは少しだけ頬を赤らめながら立ち上がった。


「……あ、そ、それじゃ、そろそろ失礼します。あの、他にも配達先がありますので……」

「待て、飛竜レイナルトに乗せてもらおう。今、外にいるはずだ」

「えっ、えー、いいです、いいですっ! ひとりで歩いていけますから!」

「三回迷子になって転んだやつのセリフじゃないな……」

「そ、それは……たまたまで……」


 無事に帰れるか心配すぎて、押し問答の末、最終的にはレイナルトに任せることになった。


「……すみません……なんか、ありがとうございます……。セレンさんって、優しいんですね」


「……えっ」


 思わず変な声が出た。


 彼女はまたすぐに、照れたように目を逸らしながら笑って、

 レイナルトの案内で診療所を後にしていく。


 見送りながら、俺はぽつりと漏らした。


「……あの子、やっぱり落ち着くな。なんだろうな?」


 アルターの背中が見えなくなったあとも、しばらく診療所の玄関には静けさが残っていた。俺は、ふと呟いた。


「……また来るかな」


 言ってから、自分でもなぜそんなことを思ったのか、よくわからなかった。

 そのとき、テーブルの上に置かれた一枚の紙片に気づく。

 荷に紛れていた、薬草の説明書き。


 ──それは、誰も知らない製法で加工された薬草の記録だった。


 俺は、思わずその字を見つめていた。

 ……なんだろう。


 あの子、ほんとにただの薬草屋の荷運びか?


***


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