第26話 ギルドの黒い噂を追ってたはずが、元カノとキス未遂してた件について

診療所の灰の中から、焼け残った薬瓶がひとつ。

──乾いた白い粉末が、わずかに紫がかった光を反射していた。


それは、医術ギルドと魔族の不正の証。

万能薬セラノクスだった。


「……みてろよ」


水晶板に、魔素分析の結果が浮かび上がる。

魔力残滓、骨芽粒子、変性魔触素──いずれも、角人族の成分と一致。

だがその反応強度は、通常の採取品よりも著しく高い。

生体反応が残っている──生きたまま、角を奪われた痕跡だ。

俺は、眉を寄せた。


利権のために、生きたまま角を奪われる。

──その現実に、言葉が出なかった。


***


診療所の戸を閉め、その足でエリシアの家を訪ねた。

医術ギルドの上級監査官で、俺の元恋人だ。

裏路地を抜けて彼女の家の扉を叩くと、彼女はしばらく言葉を失っていた。


「……どうして、ここに?」

「お願いがある。薬材倉庫の仕入れ記録を確認したい」


エリシアの表情が強張る。


「何のつもり?」


俺は、知っていることを話した。

生きたまま角を奪われる角人属の存在。

万能薬セラノクスと、それを巡る医術ギルドと魔族戦争派の利権。

診療所が焼かれた経緯。


「……そんなこと、信じたくないわ」

「だが、現に起きている」


俺は、診療所の焼け跡で見つけた焦げた火打石を見せた。

焦って逃げるときに落としたのだろう──ギルドの印が、はっきり刻まれている。


エリシアは黙っていた。

彼女が迷っているのがわかった。

かつての理想と、いま背負っている立場との間で、引き裂かれていた。


「……俺たちの役目は、患者を救うことだ。覚えてるだろ?」


みるみる、彼女の表情が変わる。

その目がふっと揺れ、ふいに笑って、泣きそうな顔になる。


まるで──どうしようもなく好きだったあの頃の彼女が、そこに戻ってきたようだった。


「……懐かしいわね、その言葉」


それは、ふたりが恋人になった、最初のきっかけだった。

あの夜、患者の処置をめぐって怒鳴り合い、

それでも最後に、同じ答えに辿り着いた夜。


彼女が柔らかく微笑む。長い睫毛が揺れ、頬に薄い紅が差す。


「……あの夜から、ずっと──あなたのこと、忘れられなかった」


彼女の手が、そっと俺の胸元に触れる。

躊躇いがちなその指先の温もりに、心がひどく揺さぶられた。

気づけば、自然に一歩、近づいていた。彼女も、逃げなかった。

そっと俺の胸に額を預ける。


彼女の髪から、懐かしい花の香りがふわりと漂う。

それが俺の胸を、強く締めつけた。


「あなたが変わってなくて、よかった……」


俺は苦笑して、軽く息をついた。


「そっちこそ、変わってないな」

「え、どこが?」

「……理屈っぽくて頑固。だけど、最後はちゃんと大事なことを選ぶところ」

「……なによ、それ」


ふくれたように目をそらした彼女の頬が、ほんのり赤くなっていた。


「昔から、そういうとこが好きだった」


彼女は、びっくりした顔をしたあと、ふっと力が抜けたように笑った。

それから、ゆっくり顔を上げる。

俺も、思わず引き寄せるように身を傾けた。

距離は、あと数センチ──


その時、彼女がそっと唇をそらした。


「今は……まだだめ」


その声はかすかに震えていた。


……俺は、何をしようとしてた?

キスを? よりを戻すことを?

いや、そんなことを考える余裕なんて──今はない。


沈黙が落ちる。

彼女は視線を伏せたまま、小さく笑った。


「……ほんと、ずるいんだから」


その笑顔に、昔みたいに胸がぎゅっとなって。

そっと、彼女を抱きしめた。


そのぬくもりと花の香りの中で、俺はもう一度決意する。

──この証拠を、突きつけてやる。


***


もし面白ければ、★をつけていただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16818792435685695540


(新作紹介)ゲーム開発者転移無双!俺つええですが、美女AIに溺愛されてます。

PvP、戦記好きの方ぜひ!

https://kakuyomu.jp/works/7667601419920119850

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る