第15話 えろかった。いや、医療だった。たぶん。きっと、そう

夕方、診療の合間にふと顔を上げると、アスリナの姿が目に入った。

すでに帰り支度は整えているようで、鎧はまだ着けず、薄手の外套に身を包んでいる。


「セレン、そなた……危ういぞ」


彼女の表情には微かな不安がにじんでいた。


「どうした」

「わしにはわかる。風の流れが変わっている。……争いの匂いがする」

「争い……」


争いは、嫌だ──。


医者になったのは、誰かを救いたかったからだ。

五年前。

魔族と人間の間に起きた“双月騒乱”をきっかけに、両者の関係は冷えきった。

表面上は停戦状態でも、水面下では互いへの不信と報復が絶えない。


……それでも、俺は選んだ道を曲げたくない。

見捨てるつもりもない。


その思考を読んだように、アスリナがふと笑う。


「だが、案ずるな。

 治療のおかげで魔力が正しく循環しているのがわかる。

 負ける気がしない」


燃える宝石のような赤い瞳、自信に満ちたその顔が、一瞬、美しいと思ってしまった。


──ふと思い出されるのは、さきほどの震える身体、潤んだ瞳、熱に濡れた声、

そして解き放たれた瞬間……。


……あれは、正直、えろかった。いや、違う。

あれは医療だった。完全に、治療だった。

治療に集中していた。はずだった。

……やめろ俺、思い出すな。


「……どうした?」

「いや、なんでもない」


アスリナが、ふと顔を寄せ、悪戯っぽく囁いた。


「……何を思い出してるかわかるぞ。だが、構わん。つがいだからな」


その声は落ち着いていたが、確かな熱を含んでいた。


……思考が読めるのか。

気を付けねばと思ったとき、診療所の外から、怒鳴り声と人の気配が押し寄せてきた。


「先生! 急患です、子供が……っ!」


***


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