第43話 暴走

 右手を前に伸ばしたことにより、優輝は一華の手のひらから出てきている薔薇の弦が目に入った。


「おい、それなんだ?」


「え?」


 優輝が問いかけると同時に、弦が勢いよく伸び始め、一華を包み込もうとした。


「黒華先輩!!」


 助けを求めるように一華が左手を伸ばし、優輝も手を伸ばし掴む。

 一気に自身へと引き寄せ、抱きしめた。


 だが、一華を包み込もうとしている弦は優輝もろとも徐々に包み込む。

 二人はお互い離れないよう抱きしめ合い、弦は二人を完全に包み込んでしまった。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 一華は閉じていた目を開き、自身を守るように抱きしめてくれている優輝を見上げた。


「黒華先輩、大丈夫ですか?」


「あぁ、俺は大丈夫だが、一華は大丈夫か?」


「私も大丈夫です」


 お互い確認し合うと、おそるおそる離し周りを見回した。


 何があってもいいように手を繋ぎながら周りを警戒していると、何もない闇の空間に放り込まれた事に気づく。


「ここって、どこ?」


「わからない。けど、迂闊に動かない方がいいような気はするな」


 不安そうにしている一華に優輝が返すと、闇が広がる空間に一人の女性が姿を現した。


 赤色の腰まで長い髪、隻眼の瞳。

 古代ギリシアの服飾を身に纏っている女性が闇の中から姿を現し、二人は困惑。


 お互い身を寄せ合い、突如現れた女性を見た。


「だ、誰?」


「あの髪、服装。もしかしてだが、あれが、女神…………なのか?」


 一華を守るように優輝は彼女をきゅっと抱きしめ、息を飲む。

 油断する事なく、女神と目を合わせた。


 すると、女神は急に両手で顔を覆いその場に蹲ってしまう。


『――――ごめん、なさい』


 透き通るような美声で放たれたのは、謝罪の言葉。


 急に女神が謝罪を口にし、その場に崩れ落ちてしまったため二人は顔を見合せ困惑する。


 恐る恐る近付き、耳を傾ける。

 すると、近付かなければわからない程小さな声で、女神は懺悔の言葉を呟いていた。


『ごめんなさい、ごめんなさい。私は、好きになってはいけなかった。人を、好きになってはいけなかったのに……。我慢ができず、ごめんなさい、ごめんなさい』


 何度も苦し気に謝罪を繰り返す女神の前に一華は座り、両手を伸ばし顔を上げさせた。


「貴方は何に対し、何度も謝っているのでしょうか」


『私は、想いを抑えきれず、人に女神の力を与えてしまった。感情のままに、力をふるってしまった。ごめんなさい、ごめんなさい』


 またしても顔を俯かせてしまった女神を見て、一華は優輝にどうすればいいのかわからず見上げた。


 彼もどうすればいいのかわからず考えるが、すぐに女神の隣に座り声をかけた。


「なぁ、人間に引き継がれているお前の力、個性の花をなくすことは可能なのか? あと、薔薇にかけられている呪いのような力も」


 優輝から問いかけられた女神は、顔を埋めたまま伝える。


『赤い薔薇と黒い薔薇が交わる事が出来れば、発動してしまった赤い薔薇の力は消せます。個性の花をなくすには、白い薔薇も一緒でなければなりません』


 赤い薔薇、黒い薔薇、白い薔薇。


 これは、個性の花の始まり。

 女神が感情のままに人間に下してしまった力の軸となる物。

 この三つを混じらわせる事により、個性の花を消せる。


「個性の花がなくなったことにより、この世に何か、災いは起きるのか?」


『ありません。個性の花自体が、この世に降り注いでしまった災いなので、これ以上のものはありません』


「わかった。ありがとう」


 女神の背中をさすり、立ち上がる優輝を女神が見上げた。


「一華、まずはここから脱出しよう。個性の花を消すには白野君の協力も必要らしいから、そいつにも声をかけねぇとな」


「で、でも、白野君が今、どこにいるのかわからないよ。それに、無事かどうかもわからない…………」


 一華が俯いていると、優輝が安心させるように彼女の頭を撫で笑みを零した。


「大丈夫だ、あいつは強い。いや、強くなった。だから、信じてやれ」


「…………うん」


 優輝が言うが、一華の不安はぬぐえない。


 優輝を探すため一華は色んな人に協力してもらい、犠牲となってもらい、ここまで来た。


 普通に戻っても、絶対に物事はスムーズに進まない。

 それが頭の中を過り、恐怖が彼女の胸を締め付ける。


 彼女の様子に優輝は眉を下げ、何を言えば一華が安心するか考えていると、女神が立ち上がり二人を見つめた。


『安心してください。ここまで迷惑をかけてしまったので、手を貸します』


 女神が闇の中を歩くように二人に近付いた。


 その顔には涙の痕が残っているが、もう泣いてはいない。

 悲しんでもいない。


 二人に手を伸ばし、優しく触れた。


『ごめんなさい、ごめんなさい。いくら謝罪しても、私が行ってしまった罪は消えません。何をしても許されるとは思っていません。ですが、罪滅ぼしだけでも、させてください。少しでも、ほんの少しでも、協力してください』


 二人に触れた指先が明るく光る。その光は温かく、綺麗。


「なに、これ」


『私の封印は、もう解かれてしまいます。そうなれば、私の力が自然と個性の花に注がれ、暴走。人がどうなってしまうのか、想像が出来ません。なので、少しでも貴方達が物事をスムーズに進められますように時間を止めます』


 女神から放たれた言葉に、二人は驚愕し、女神を凝視した。


『ですが、時間は止められて数分。すぐに解けます。個性の花が暴走を始めてしまいますので、その前に白い薔薇の方を見つけてください』


「あんたが力を抑えることは出来ねぇのか?」


 優輝の質問に、女神は首を横に振る。


『今の私には、もう力が残っておりません。時間を数分止めるだけで精一杯。暴走を止めるほどの力は残されておりません』


 光が弱まると、女神は二人から離れた。


『どうか、お願いします、お願いします』


 最後に腰を折り姿を消した女神。

 まだ握られている感覚が残っている手を見下ろし、一華は目を細める。


 ぎゅっと握ると、一華は顔を上げ優輝を見た。

 同じく優輝も一華を見てにやっと笑う。


「んじゃ、やるか」


「はい!!」


 二人が言うと、一華は右手を、優輝は左手をお互いに差し出す。

 すると、個性の花である黒い薔薇と赤い薔薇が二人の手のひらから光と共に作り出した。


 微笑み合い、安らかな気持ちで出された薔薇は、それぞれの色に輝き重なっていく。


 光に包まれた二輪の薔薇、赤と黒の花びらが舞い上がり二人の周りを舞い踊る。

 包まれていた二輪の薔薇は一輪になり、赤と黒の花びらが交互に広がっていた。


 一華が一輪になった薔薇を掴むと同時に、突風が二人を襲い、花びらが渦を巻くように周りを舞い上がった。


 目を輝かせ、舞い上がる赤と黒の花びらを見上げていると、闇の空間に亀裂が入る。


 徐々に亀裂は広がり、白い光が中にいる二人を照らし出す。


「ここからが、勝負だぞ」


「うん、頑張ろう、黒華せんぱっ――」


 何時ものように名前を呼ぶと、優輝は人差し指を彼女の口元に添える。


「一華」


 一言、名前を呼んだ優輝に一華は頬を染め目線をさ迷わせた。

 だが、すぐに優輝が何を言いたいのか理解し、再度口を開く。


「頑張ろう、優輝!!」


「あぁ、絶対に、個性の花を消し、普通の日常を取り戻すぞ」


 白い亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、辺りが一気に白い光に包まれ、二人は思わず目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る