第26話 一歩

 開かれた扉の方を三人が見ると、そこには予想外の人が立っており、一華と真理が息を飲む。


 そんな中、優輝だけは真理に首を絞められている為顔を青くし、助けを求めるため手を伸ばした。


「うげっ、お、おい。助けてくれ。俺がこいつに殺されそうだ」


「黒華先輩が悪いんだと思いますよ。あと、僕に助けを求めないでください。僕も自分の事で精一杯なので、貴方を助ける余力はないです」


「ひでぇ……」


 銀髪を揺らし、優輝を平然とあしらっているのは、今まで姿を現さなかった曄途だった。


 一華と真理は、今の会話だけで驚愕し、曄途を見る。

 今までとは確実に口調が変わり、少し冨部くれた言い方をしていた。


 これまでの彼は誠実で、誰にでもいい顔をしていた印象。だが、今の彼から放たれた言葉は、確実に優輝を小馬鹿にするもの。


 優輝に対して笑顔すら向けることなく、目線を下に下げていた。


 彼の纏っている雰囲気が今までと異なっているのは明らか。

 真理はやっと優輝から手を離し、目を合わせない曄途を見た。


 彼女からの視線を受け、曄途はやっと目を彼女と合わせた。


「今まではちょっと、やる事があって。何も言わずにここに来なくなりすいませんでした」


 困った様に笑った彼を見て、真理は眉を顰める。


「あ。えっと。やる事って?」


「はい。父様と少し話していたんです」


 彼の言葉に二人は息が詰まり何も言えなくなる。

 優輝も話の続きを促すように首を抑えながら、黙って聞いていた。


「前に屋上で話していた内容、覚えていますか? その場では僕も、先輩の言葉で頭に血が上り冷静な判断が出来ませんでした。感情のままに怒鳴ってしまい、先輩の言葉を全否定してしまいました。ですが、家に帰り考えてみたんです。確かに僕は、執事やメイドの話はよく聞いておりましたが、本人からは聞いていなかったなと。片方だけの話を聞いて、僕は勝手に諦めてしまっていたんだと。そう、改めて考える事が出来ました」


 胸に手を置き、俯きながらポツポツ語る彼に真理は瞳を揺らし、気まずそうに顔を逸らした。


「考えた結果、僕は直接父様に聞いてみようと思ったんです。そして、僕の夢を話そうと。でも、ただ話しても否定されてしまう可能性があるし、僕が上手く話せるかわからなかった。だから、侭先生に相談したんです」


「え、侭先生? なんで?」


「僕が廊下を歩いていると、何故か声をかけてきたんですよ。担任でもなければ教科科目でもないのに。何故か僕が元気ないと見抜き、声をかけてくれたんです。三週間前だったかな」


 三週間前となると、一華達が朝花に悩みを打ち明ける少し前のこと。


 朝花は人をしっかりと見ており、少しの変化すら見逃さない。

 一華達が暗い事に気づき、今までの二人の行動を思い出し曄途に辿り着いていた。


 声をかけ悩みを聞くと、朝花は自分より男である陽の方が適任だと判断。

 すぐに彼を呼び引き継いでいた。


「そして、話しているうちに勇気が出てきて。それと同時に、今、この時間をカメラに収めたいと自然と頭に出てきたんです。もう、抑える事が出来ないなと思い、先生達と話し合った手順で父様に話してみたんです」


「ど、どうだったの?」


「さすがに、すぐ認めてはくれませんでした」


 彼の言葉に一華と真理は顔を俯かせてしまった。

 その反応を見て、曄途はクスクスと笑う。


「大丈夫ですよ。確かに夢を叶える事は難しそうです。カメラマン一本と言う夢はね」


「え、それはどういう事?」


「趣味としてカメラを使う事は許していただけたんです。それと、学生の間は友達との関係を大事にしなさいと言われました」


 にこっと嬉しそうに笑う彼の笑顔に、三人の顔にも笑顔が咲く。

 先程までの重苦しい空気は一気に消え、三人は満面な笑みを浮かべお互い顔を見合せる。


「「やったぁぁぁああ!!!!!!」」


 一華と真理が手放しに喜び、優輝は胸をなでおろした。


「良かったじゃねぇか」


「先輩の言葉が無ければここまで動かなかったと思います。なので、そこだけは感謝します」


「おいおい、照れんくてもいいんだぞ? もっと俺に礼をしろ」


「確かに貴方の言葉により、僕は一歩前に前進出来ました。ですが、さすがに言葉の選び方、相手を侮辱しての説得はやめておいた方がいいと思います。僕はまだ許していませんので。先輩がじぃやを馬鹿にしたこと」


「うわぁ、今までにないほどのいい笑顔じゃん」


「まぁ、先輩の言葉が本当だったとわかった時、正直落ち込みましたよ。なぜじぃやは、父様のお考えを全て話してはくれなかったのでしょうか」


 優輝お言葉が本当だったという事は、執事には裏の顔があったという事。


 父親の想いを全て曄途に伝えるのではなく、一部分だけを伝え、彼を洗脳しようとしていた。


 何故、執事がそのような事をしたのかわからない曄途は、胸を掴み優輝をちらっと見た。


 だが、彼も曄途自身についてすら知らないことが多いため、そこまではわからない。

 目線を逸らし、頭をガリガリと掻き息を吐く。


「そればかりはさすがに知らん。だが、お前はやっと、疑問を持った。それもまた一歩、前に出た証拠だ」


「え? どういう事ですか?」


「疑問を抱く事から人間は動くことが出来る。なぜ? なに? が、人の動く最初のスイッチ。お前はこれを起動させた。あとはもう、思ったままに行動するだけだ」


 優しく微笑む彼を見て、曄途はグレーの瞳を輝かせた。

 口をムズムズさせ、嬉しそうな顔を浮かべる。


 仲良さげに話している二人に割り込み、真理は満面な笑みを浮かべ曄途の手を掴んだ。


「白野君!! 本当におめでとう!! 本当に良かった!」


 急に手を握られ、曄途は状況に思考が追い付かず赤面、慌てたように「あ、いや、あの」と慌てふためく。


 そんな彼には一切気づかず「本当に良かったよぉ」と握っている手をブンブンと振り喜んでいた。


「あ、あの! あの!! そ、そういえばなんですが! なんで、黒華先輩怪我しているんですか?!」


 何とか話を逸らそうとした時、優輝の顔に付いているガーゼが目に入った。

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