柊博士は恋のキューピッド
柊木博士と出会ったのは嘘みたいに暑い7月のある日だった。
ミーンミンミンミンミーン。
俺は汗をぬぐいながら、高校の裏にある通称裏山と呼ばれている山を登っていた。
上に行くにつれて、草木はいっそう茂り、蝉の声はより騒々しくなっていった。
道が二股に分かれているところで立ち止まり、木製の朽ちた標識を見る。
片方には頂上と書かれている。
もう一方は字が薄れてよく読めないが、研究所という文字だけは拾うことができた。
溜め息を一つついて研究所の方へと続く道に足を踏み入れる。
頂上に向かう道と違い、長い間人が通っていなかったのか、道と呼べるか怪しいほどに草木が繁茂している。
その中を掻き分けてしばらく歩いていると、やがて白い建物が見えてくる。
ツタにびっしりと覆われたその建物はコンクリ製の古い建物だった。
老朽化の激しい建物の周りは崩れかけのブロック塀で囲まれていて、これもまたツタが張り巡らされていた。
建物の入り口と思わしき場所の前には木製の看板が塀に取り付けられていた。
ツタをどかして看板の文字を読む。
看板には柊木研究所と書いてあった。
不気味な廃墟の前に長居はしたくないので、ポケットからスマホを取り出し、証拠の写真を撮って帰ろうとする。
「おーい、助けてくれよー!」
カメラを廃墟に向けた瞬間、女性の声が近くからした。
驚いて声のする方を見ると、建物の横にある木の一つに女性がしがみついていた。
「お願いだー降りれなくなったんだー!」
突然の事態に頭が混乱していたが、その女性がいる高さは建物の3階ほどの高さで、彼女が危険な状態ということだけはわかった。
曰く付きの研究所の近くにいるのが人間とは考えられない。
恐怖心もあったが、人間だった時に後悔するのが嫌なので助けることにした。
「今行くのでそれまで耐えてください!」
木に足をかけて少しずつ登っていく。
「いやー助かったよー」
その女性は長いクセのない栗毛に白い肌、背は低くきれいな顔立ちをした人だった。
その背丈からは想像できないほど胸部の膨らみが大きい。
彼女はぶかぶかなサイズの白衣を羽織り、ぱんぱんに膨らんだポケットに手を入れてなにかを探しているようだった。
「お礼といってはなんだけどこの薬いる?」
そう言って怪しげな小瓶を取り出した。
「いらないです。あなたは何者なんですか? なんであんなところに?」
救出したときにおぶった際、その体の軽さに驚いた。
あの軽さは人間とはとても思えなかった。
「私かい? 私は柊木博士だ。ここ、柊木研究所の所長をしている」
この廃墟のような建物に到底人が住んでいるとは思えなかった。
「随分といぶかしんでいるね」
「そりゃここに住んでいるって言われたら」
「薬、いるかい?」
「この話の流れで飲むわけなくない?」
柊木博士は残念そうな顔をする。
「なんでこっちがノリ悪いみたいになんだよ」
「これはね、惚れ薬なんだよ。想い人の一人でもいるかなって思ったんだけど」
「ください」
ポケットに薬をしまおうとした手を掴んで止める。
「いや薬に頼らず自分の実力で意中の相手を惚れさ――」
「ください」
博士は焦らすように体をクネクネさせて俺の手を振りほどこうとする。
「あれ~? いらないんじゃなかったの~?」
「別に木の上で生涯を終えてもらっても良かったんですよ」
「すみません。なんでもないです。どうぞ」
ようやく博士は薬を渡してくれた。
「惚れ薬っていってもどういう効果のものなんですか?」
さすがに怪しい薬を好きな人に飲ませるわけにはいかない。
「これはね、飲むと意中の相手の好みの話ができるようになる薬だよ」
飲ませるのではなくて飲むタイプか、珍しい。
覚悟を決めて瓶のふたを開けて一気に飲み干す。
目の前がぼやけて頭がクラクラする。
「ちなみに副作用は――」
そういうことは先に言ってほしかった。
強い睡魔に襲われながら強く思った。
目を覚まして体を起こして周りを見る。
そこは学校の保健室のような部屋で、俺は隅に置いてあるベッドに横になっていた。
何か身体に違和感を感じる。
「ごめんよー。薬、間違えちゃったみたい」
少しも反省していなさそうな声が横からする。
だんだんと意識が覚醒していき、自分の身の上に起こっていることが分かってきた。
腕や足が短い、手も小さくなっている。
「小学生の体になっちゃったみたいなんだよねー」
「ちょっと待て、これが命の恩人にする仕打ちかよ!」
声も高い。
本当に小学生に戻ってしまったみたいだ。
「提案といってはなんだが、私の助手にならないか」
何を言っているんだこの阿呆は。
「さっきから会話が成り立ってないんだよな。もぎ取ってやろうかその乳」
「最近の人間はショタになりたいものじゃないのか」
「一部の人間に需要があるだけだ! ネットに毒されすぎなんだよ!」
この意味不明な状況に俺は冷静さを欠いていた。
気づけばなぜか博士の胸を揉みしだいていた。
「や、やめろ!!」
やがて揉みごごちはスクイーズのようになっていき、まるでスライム――。
「ば、化け物!!」
博士はどろどろにとけ青色のゼリー状の物体になっていた。
「は、犯罪者が人を化け物呼ばわりするな!!」
博士の姿はまるでファンタジーの世界から出てきたスライムのようだった。
「人を小学生の体にしておいてよく言うわ化け物!!」
青色の物体は宙に浮かび人形を形成する。
博士は人間のへと戻ったが、髪はショートカットになっていて胸も小さい。
博士は俺を睨みながら赤面している。
「これじゃあお嫁に行けないよお」
博士の様子は先ほどとは打って変わって弱々しい。
スライムが果たしてお嫁に行けるのかは知らない。
「胸を揉んだのはすみませんでした」
「ぼ、僕も渡す薬を間違えたのは悪かった。ごめん」
「博士はスライムなんですか?」
「そうだけど君は人間なの?」
まるで人間の方が珍しいといった顔をしている。
博士の体はどういう原理なのかわからないがひとまず突っ込まないことにした。
性格や話し方も変わっているのはどういうことなのかすごく気になる。
「俺、博士の助手になります。戻りかたも教えて貰わないといけないし」
「本当? ありがとう!」
博士は屈託のない笑顔でこちらを見る。
その顔に少しドキッとしてしまう。
危ない、目的を忘れそうになった。
「柊木博士、それで惚れ薬の方は」
「ちょっと今見つからないんだ。探しておくから安心して」
博士はウインクをしてグッドサインをする。
本当に大丈夫だろうか。
こうして俺の柊木研究所での奇妙な日常が始まった。
柊博士はろくでもない rapipi @rapipi
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