超ブラック企業勤めだった俺が異世界で農家始めちゃいました。
伏谷洞爺
第1話 「死=新ステージ」
第一話「死=新ステージ」
なぜ俺は生まれて来たのだろう……?
電気が消え、暗くなったオフィスでPCを睨みつけながらヒラヤマ・トオルは不意にそんな問いを自分へ向けた。
カタカタカタッとキーボードをたたく音だけが響いている。
「明日までに終わらせないと、明日までに終わらせないと、明日までに……」
ぶつぶつと何かに憑りつかれたかのように呟きながら、必死で目の前の仕事を片づけていく。
半分以上は流れ作業のようなものだった。この仕事がなぜ必要でどういう成果につながるのかという基本的な部分すら曖昧になっている。
ただ、明日までに仕上げておかなければまた上司に怒鳴られるという危機感だけが彼を突き動かしていた。
年下の上司に怒鳴られるというは胸にくるものがある。自尊心がひどく傷つけられ、自分という存在が少しずつ欠けていくような感覚。
目の奥がずきずきと痛み出してきた。もう十四時間もこうしてPCの前で作業をしている。
けれど、その痛みを無視する術をトオルは既に獲得していた。
ただただ無心になって、目の前の仕事をこなす。怒られることはあっても褒められることはない、本当に誰かの役に立っているのかも怪しいこの仕事を。
カチッと力なくエンターキーを押す。
「ふー……終わったぁー」
どうせまた怒鳴られるのだろうな、という予感はあったがともかく指示されていた分の仕事は終えた。
トオルはゆらりと立ち上がり、天井を仰ぐ。なんだか頭の中がぼーっとする。天井と床が揺れているような感覚があった。
疲れているのだろう。
トオルはスマホを取り出すと、現在時刻を確認する。二十二時三十八分。日付は一月一日。
「十一月三十日から始まったから……約一ヶ月連勤か」
我ながらよくやったものだと思う。ろくに風呂にも入らず、会社に泊まり込み作業をしていた自分を褒めてやりたいくらいだ。
スマホをしまいながら、トオルはしょぼしゅぼする目になんとか力を込めオフィスを出る。
廊下を歩き、定年後のアルバイトをしていると思われる警備員に挨拶をして会社を出た。
そうすると、やっと解放された、という実感が湧いてくる。疲労はずっしりと肩にのしかかっていたが、これから帰宅してちゃんとした布団で眠ることができると想像するだけでトオルの心は踊り出しそうだった。
シャワーを浴びて、着替えて、冷えたビールと簡単なつまみを喰って、寝る。
その光景を想像するだけで、トオルは口の端が吊り上がる。そういう小さな幸せに気づけるかどうかが人生を楽しめるか否かなのだと理解していた。
ふらふらと歩きながら、交差点へと差しかかる。信号は点滅し、青から赤に変わりつつあった。
まずい、と思った。はやく帰りつきたかった。
誰も待っている人のいないあのアパートの一室。けれど、まごうことなくそこはトオルの自宅だ。
一秒でもはやく帰って休みたい。それに、今は車の通りも少ない。
大丈夫だろう、という半ば願望が混じった観測と寝不足、疲労が重なり、トオルの判断を誤らせた。
言ってしまえば、信号無視をしたのだ。赤は止まれという子供でも知っている常識を。
クラクションのけたたましい音が鼓膜を揺らす。つんざくようなブレーキ音が聞こえてきた。
トオルは音のした方へと首を向けた。すると、すぐ目の前にトラックが迫っているところだった。
ああ……黒い猫のマークのトラックだ。轢かれる寸前、なぜかトオルはそんな感想を抱いた。
死の寸前、景色がスローモーションのように見えるという話を聞いたことがあった。実際のところ、死にかけたことのなかったトオルには嘘か真かわからなかった。
けれど、こうしてトラックに轢かれそうになって確信する。
あの話は、嘘だったのだと。
トラックはスローになることはなく、容赦なくトオルの体を押しつぶし、跳ね飛ばす。
ごろんごろんとまるでサッカーボールのようにトオルの体が地面を転がる。全身を激痛が走り、先頬までの眠気や疲労感が幻だったかのように消え失せていた。
今ならなんでもできそうだ。しかし意志に反して、トオルの体は動かなかった。
口の中が鉄臭いにおいで充満している。
――俺は、どうなってしまったのだろう。
体中が痛かった。手足は動かず、喉を水っぽい何かで満たされて呼吸もままならない。
だというのに、トオルの脳は冷静だった。事態を正しく認識できていなかっただけかもしれない。
一つだけ、わかっていたことがある。自分は助からないのだということだ。
それだけがどうしようもない事実だった。
トオルはあおむけの姿勢で倒れいた。その時初めて、今夜は満月だったことを知った。
死の際にあって、トオルは月を見上げて思った。
綺麗だなぁ……いつか、あの月に行ってみたいなぁ……と。
◇◇◇
ハッと目を覚ました。
トオルは体を起こし、周囲を見回す。そこは明らかに最期を迎えた交差点ではなかった。
うねうねと景色は脈動し、色合いも定まらない。全く現実感のない謎の空間が広がっていた。
「ええ……なんだろ、ここ……俺、死んだはず……」
トオルはあたりを見回しながら首を捻る。
意味がわからなかった。状況が呑み込めない。
「ここがいわゆるあの世とか黄泉の国とかって場所なのか?」
実在しているとは思わなかった。神や仏すらトオルは信じていない。
そんなトオルが黄泉の国って……そりゃないだろ、と自分に言い聞かせる。
「くすくすくす……戸惑っているようだね」
背後から声がした。とっさに振り返ると、そこにはうすらぼんやりとした霧のようなものが漂っている。
よくよく見てみると、それは霧のようであり、人の形をしてるようにも思える。
「……あの、どちらさまでしょうか?」
「くすくす……ぼくのことが気になるのかい?」
「え、ええ……そうですね、気になります」
「そうだねぇ……では、ここは一つ神と名乗っておこうかな」
「神……ですか」
トオルがその白い何かに向かって猜疑的な視線を送る。
神と名乗ったもやもやは、トオルの視線に肩をすくめた。
「どうしたんだろう? もしかして、神であるぼくを信用できないと?」
「ええと……まあそうですね」
仮にこのもやもやが神だったとして、ではなぜ死ぬ直前に助けてくれたなったのだろう。
トオルは神を名乗るその不審者へ不満を抱き、それから「ん?」と首を傾げる。
「ええと、もしかして俺、死にました?」
「まだ死んだ直後で混乱しているようだね。もちろんきみは死んだんだよ。あの黒猫マークのトラックに轢かれて」
「そうでしたね。思い出してきました」
そうだ。死んだのだった。
トオルは死の直前に見た光景を思い出す。黒猫マークのトラックの運転手の驚愕に染まった顔。
きっと、彼はトオルを轢き殺すつもりなんて毛頭なかったのだろう。ただ職務に準じていただけで、こんな事態に陥るとは微塵も思っていなかった。
そんな運転手の心情がフロントガラス越しの顔にありありと浮かんでいた。
「……申し訳ないことした」
いくら疲れはてて、はやく帰りたかったとはいえ、人を轢き殺してしまったあの運転手に悪いことをしてしまった。
できることなら謝りたかった。轢き殺されてしまって申し訳ありません、と。私のことは気にせず、今まで通りの生活を送ってほしいと。
「きみの願いはわかるよ」
「神さまなら、俺を生き返らせることは……」
「できないねぇ……ぼくはそういった類の神ではないから」
「ふーん……ま、そうだろうとは思いましたけど」
「ん? 信じてないようだねぇ。ぼくは本当に神なんだけれど」
「俺、あんまり神とか信じてないんですよ」
もし神も仏もいるのなら、へとへとになるまで働かされて最後にトラックに轢かれて死を迎える、なんてことにならないようにして欲しかった。
どうせこの空間も、死ぬ間際に俺が見ている夢だ。
トオルは左右へと視線を向け、再び自称神へと向き直る。
「それで、生き返らせることができないなら、神さまには一体何ができるんですか?」
「それはね」
神はその言葉を待ってました、とばかりに得意げに胸を張る。
「きみを異世界へと転生させることができるのさ」
「え? 転生? それってどういう……?」
「言葉通りの意味さ。きみを元の世界とは違う世界に送ってあげる。そこできみは第二の人生を始めるんだよ、文字通りにね」
「違う世界って何?」
「まあ行けばわかるよ」
神はパチンッと指を鳴らした。同時に、トオルの足下に巨大な穴が出現する。
「あああああああああああああああああ~……!」
トオルは重力に轢かれるようにして穴の中へと落ちていく。
自称神がほくそ笑んでいた……ような気がした。
◇◇◇
「あああああああああああああああああああ~」
空中に真っ黒な穴が現れ、その穴からトオルの体は放り出されるようにして地面を転がる。
したたかに体を打ちつけ痛みに呻きながらもなんとか立ち上がる。トラックに轢かれるよりは幾分もましだった。
「いてててててて……」
腰を打ちつけたようだ。さすりながら立ち上がると、目の前には見知らぬ土地が広がっていた。
「ど、どこ……ここ」
ひくひくと口許をひくつかせ、トオルは疑問を口にする。
トオルが住んでいたのは、いわゆる地方都市と呼ばれるような場所だった。田舎すぎもせず、かといって都会ほどなんでもあるわけではない、ちょうどいい場所。
ブラック企業勤めではければ、トオルだってもうちょっと街を散策したかった。
そして目の前に広がるのは、そんなトオルの出身地とは全く別の、まさしくザ・田舎のおばあちゃんちのような場所だった。
「ええ……どうしよう」
本当に異世界に連れて来られたのだろうか。これがいわゆる異世界転生という奴?
人間、あまりに現実離れした現実を前にすると脳がキャパオーバーを起こすものだ。冷静でいられているのではなく、状況が理解できずに呆然としてしまっていると言った方が正しいだろう。
はたからみれば、冷静沈着に見えるけれど。
内心混乱しながらも、ぐるりと周囲を見回していると、ふと何かが見えた。
それほど遠くには思えない。せいぜいが五キロ圏内といったところだろうか。
それでもデスクワークが中心だったトオルにとっては十分遠くにあるのだが、はてしないというほどでもない。
「……とりあえず、あそこに行ってみるか」
何かしらの目的地が欲しかった。何もなく、ただむやみやたらに歩き回ることは避けたかったから。
「それにしても、本当にあの人が言ったように異世界に来たのか?」
歩を進めながら呟くトオル。なんだか見たことあるようなないような植物が生えている。
「……これ、喰えるのか?」
道すがら生えていたオレンジ色の草を一つ摘み取って嗅いでみると、あまい香りがした。
口に含んでみると口内一杯に青臭さとえぐみが広がった。
「うわっ! まっずっ!」
ぺっぺっと草を吐き出すトオル。野草を生で食べてみようとしたことを後悔した。
口許を拭いながら、目的地を目指して歩き続ける。
目的地は案外近かった。目算では五キロくらいを想定していたが、実際には三百メートルほどだっただろうか。
最初の地点から見えていたのは、物見やぐらのようだった。あまり大がかりなものではなく、トオルが知っている物より幾分か小さい。
これを見て、トオルは五キロという予想を立てた。その予想はいい意味で外れたということだ。
あきらかな人工物を前にして、トオルは内心でいろめきたつ。
「ここに人がいるということだ」
人がいるということはすなわち、この世界のことを知ることができるということだ。
幾分かほっとして、トオルは開いていた門から中へと入る。
そこは一つの村のようだった。トオルの位置からでもいくつかの家が見える。
「でもなんだろ、この感じ」
違和感を感じ、トオルはきょろきょろとあたりを見回した。
木造建築の家。文明のレベルはおそらく日本でいうところの戦国時代くらいだろうか。
「……煙が上がっていない?」
このくらいの文明レベルなら、何をするにも焚火は必須だろう。
それが上がっていないということは、すなわち誰も住んでいないかもしくは火を起こす余裕もないくらいに疲弊した村だということか。
しばらく歩いていると、一件の家の前に倒れている人の姿があった。
女性だった。年は二十代前半くらいだろうか。褐色の肌をしているが、頬はこけ、アイスブルーの瞳はどんよりとにごっていた。
「だ、大丈夫ですか?」
女性ということもあってためらった。ここは日本ではなく、訴訟リスクはないということを思い出し女性を抱き起す。
「何があったんですか?」
「うっ……」
女性は苦しげに呻き、虚ろな瞳でトオルを見つめている。
いや、見つめているように見える。実際のところ、彼女の瞳はトオルを見てはいなかった。
ただただ、じっと虚空を見つめている。彼女の視線の先には何もなかった。
「た、助け……」
言いかけて、女性は気を失う。
「な、なんで、どうして……」
異世界転生をして最初に見つけた村がこんなありさまではどうしようもない。
こんな状況は初めてだった。異世界転生といえば、もっととんとん拍子で都合がいいものではなのか。
「と、とりあえず中へ」
おそらく彼女が倒れていた家屋。ここがこの女性の家なのだろうと思い、抱き上げる。
家の中に運び込み、なんとか体を横たえた。
「し、しかしどうしたら……」
トオルは女性を見下ろし、慌てることしかできなかった。
「そうだ、とにかく水を飲ませよう」
女性の症状は、脱水症のそれとよく似ていると思った。日陰である家の中に運び入れ、次に水を与える。
そうするべきだと思った。彼女の命を長らえさせるためには水が必要だ。
トオルは家を飛び出し、水場を探す。けれど、全く知らない土地だ。水場なんてわかるはずがなかった。
探し回るっていると、井戸を見つけた。飛びついた瞬間、トオルは鼻が曲がりそうになるほどの異臭を感じた。
「なんだ、この井戸は……」
腐臭だとわかった。何か、生き物の死骸が入り込んでくさっているんだ。
つまり、この水を飲むことはできない。
「脱水症の原因はこれか」
一体何の死骸が腐ったのかわからなかったが、ともかくトオルは別の方法を探すことにした。
「思い出せ、思い出せ……こんな状況でも、水を手に入れる手段があったはずだ」
コツコツとこぶしで側頭部を叩きながら、記憶を探る。
現実でブラック勤めをしていた時、休日の過ごし方といえばyoutubeを見ることだった。登録していたチャンネルは主にサバイバルや農業系が多かった。
その中で、役立つ知識が絶対にあるはずだとトオルは必死に思い出そうとする。
ある動画で、都市部の災害時や野外サバイバルに役立つ“簡易ろ過装置”の作り方を見たことがあった。
「そうだ、布と砂利と炭……!」
トオルはそこらへんの家々に入り、探す回る。
囲炉裏のような場所に、炭があった。麻布を見つけた。砂利だけがどうしても見つからない。
村の隅から隅まで探し回ったが、どうしてもだめだった。
「どうする……どうする……」
コンコンッと側頭部を叩く。何かいいアイデアが出ますようと祈りを込めて。
「これって……」
それは石のようだった。大きさはこぶしほど。丸みを帯び、人工物のようにも見える。
これを砕けないだろうか。トオルはじっと石を見つめる。
細かく粉砕できれば、砂利の代用として十分だ。
どうにかして砕かなけば。トオルは再び周囲を探し回る。
石臼のようなものが見つかった。ネット記事で見た形とは若干違うが、石臼は石臼だ。
しかしこれではだめだ。石が大きすぎるし、例え使えたとしても粉末状にするには時間がかかり過ぎる。
ではどうするか。もっと、手軽に使える物があればいいのだけれど。
そう思いながら、トオルはあたりを見回していた。しては発見した。まさにちょうどいい大きさのそれを。
駆け寄ってそれを振り被る。重さ、大きさは申し分なかった。
「……よし」
トオルが手にしたのは、いわゆるハンマーだった。ここは木材の加工場か何かだったのだろう。
手作り感の強いそのハンマーを手に、石を砕くことを試みる。
ガンッ――大きな音が響き渡る。同時に石に亀裂が走った。
「や、やった……」
まだろ過装置として使うには大きいが、割れたのならこちらのものだ。
同じ動作を繰り返しガンッガンッと石を砕いていく。
ある程度の大きさまで砕けたら、砕けた石を持って井戸のところまで戻る。
「しかし……これを飲ませる?」
井戸からは相変わらず腐臭が漂っていた。いくらろ過装置に通すとはいえ、これを人に飲ませるのは。
死なせてしまえば責任は取れない。かといって、このまま何もせずにいたらあの女性は確実に死を迎えるだろう。
トオルの額をねっとりとした嫌な汗が伝う。見殺しにするか、善意の行動で死なせるか。
二つに一つのような気がした。どちらに転んでもあの女性は死ぬ。
「……第一、俺はただのサラリーマンだった。医者じゃない」
もしも、もしかしたら……嫌な想像が頭の中を駆けめぐる。
見捨てれば確実に死ぬだろう。しかし、今から手作りするろ過装置がうまく機能すれば助かるかもしれない。
「や、やってやる」
トオルはすぅーっと息を吸い、意を決した。井戸から汚水を汲み上げる。
どちらにせよ死ぬ可能性があるのなら、少しでも、数パーセントでも助かる方に賭ける。
女性の家から器らしきものを拝借してくる。茶碗のような器を地面に置き、炭や砂利を布で覆い、その上から井戸からくみ上げた汚水を垂らしていく。
そうすると、井戸水は綺麗に……はならないが、幾分かましになった。これを数度繰り返す。
最初は黒ずんでいた水が、二度、三度と通すたびに、かすかに透明感を帯びていく
こうしている間にも、あの人の容態は悪化しているのだと思うと気が気じゃなかった。
手が震えてくる。狙いがずれてしまいそうで、怖かった。
これは命の水だ。もしこぼしたりすれば、また最初から素材を集めて、同じ工程を繰り返さなければならない。
その間に、ゲームオーバーだ。あの人の命の灯は消え去るだろう。
トオルは慎重に、けれどできるだけ急いで作業を行った。
「……こ、こんなもんか?」
器の中に半分ほどの水が溜まった。見た目は綺麗とは言い難かったが、先ほどよりはましだ。
だが、まだ人に飲ませるには抵抗がある。後は煮沸でもできればいいのだが。
とにかく、水の入った器を女性が眠っている家へと運んでいく。
「……何か火を点けられるものを」
ここに暮らしていた人々はどうやって火を点けていたのだろう。
ライターもマッチすらないのはあきらかだった。火打石か、何か別の手段か。
「くそっ……」
囲炉裏のようなその場所へと向かう。近くに火打石があった。
トオルは焦りと緊張から震える手を必死で押さえ、火打石をこすり合わせる。
もちろん、これもyoutubeで得た知識だ。火打石はコツさえ掴んでしまえば火を点けるのは容易い、と。
ただし、そのコツを掴むというのが非常に難しかった。前世の日本では火打石を使うことなどまずなかったから、練習しようがなかったし、トオルの立場ではどの道その時間は取れなかっただろう。
何度も何度も失敗し、額に玉の汗が浮かぶ。たらり、と落ちていく
その瞬間だった。幾度目かの挑戦で、火花が散る。トオルはすかさずその日を藁へと移す。
ふーふー、と息を吹きかけると、火種は段々と大きくなり、やがて炎となった。
「……よしっ」
小さくガッツポーズを取る。けれど、喜んでばかりもいられない。
近くに置いていた器を取り、中に入っていた水を鍋の中に注ぎ込む。
鍋の大きさに対して水の量は少なかった。すぐに沸騰し、ぐつぐつと泡立ち始める。
トオルは鍋から慎重に水を取り出す。まだ熱い。このままでは飲めなかった。
「水を覚ます方法……何かないか」
ここは木製のスプーンで食事をする文化のようだ。囲炉裏の周りにスプーンが散乱している。
トオルはスプーンを取り、器の中のお湯を掻き回す。こうして攪拌することで覚める時間が多少はやくなると何かで見たような気がする。
他には、温められていない器に移し替えると熱が逃げやすいとかなんとか。
急がなければならない。しかし慌て過ぎてもいけない。水は貴重だ。
トオルは湯気ののぼるお湯をゆっくりと混ぜていく。はやくはやくと願いながら。
そのあたりに転がっている器を手繰り寄せ、時折り移し替える。
同じ動作を繰り返す。そうすると、少しずつではあるがお湯が温度を失っていっている気がした。
「……よし」
トオルは器の中のぬるま湯を口に含む。本当はもっと冷たい方がいいのだけれど、これくらいなら飲ませられるだろうか。
女性の枕元に戻り、上半身を起こす。彼女の唇はかさかさにひび割れていた。
その水分の失われた唇へ、器をあてがう。ゆっくりと流し込む。
「……飲んでる?」
こくんこくん、と喉がわずかに震えた。確実に飲んでいる。
生き延びようとしている。トオルは胸の奥から、言葉にならない感覚が込み上げてくるのを自覚した。
「……すごい」
じんわりとしたあたたかな感覚が全身に広がっていく。思わずトオルの口許に笑みが浮かぶ。
「よかった……本当によかった」
一山を越えた感覚にトオルはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇◇◇
会社に隕石が落ちたらーとか大地震が来たらーとか、一度はそういうことを妄想したことはあるだろう。
トオルは会社員時代、そうした妄想を幾度となく繰り返してきた。
そうした事態に備えるために、休日はサバイバルや農業系のyoutubeやブログ記事などをよく見ていた。
何かあった時、一人でも生き延びるために。
けれど、トオルがインプットしていたそうした知識は彼の意図していない活躍の仕方をした。
意外ではあったけれど、これであの女性が回復してくれるのなら嬉しい限りだ。
トオルは彼女を横たえ、家の隅に移動する。
膝を抱え、様子をうかがっていると、急激な眠気に襲われた。
慣れないことをしたからだろうか。緊張から解放されたということもあるかもしれない。
まさか前世の寝不足がたたったということはないだろうが、ともかくトオルはうつらうつらと船を漕ぎ始める。
彼女の容態も安定しているようだ。このまま一眠りしてしまってもいいかもしれない。
そう思い、トオルが眠ろうとした、その瞬間だった。遠くから足音が聞こえてくる。
続いて、衣擦れの音……慌てたような声。若い男の声だ。
「チヅル、戻ったぞ、チヅル」
誰かが家の中に入ってきた。その足音でトオルはハッと目を覚ます。
ぱちりとその誰かとトオルの視線がかち合う。二人はしばしお互いを見つめていた。
年の頃は二十代前半ほどだろうか。倒れている彼女と同年代くらいだろう。
「だ、誰だてめぇ」
男は手にしていた槍の穂先をトオルへと向ける。トオルはそれまで感じてい眠気が吹き飛び、サッと立ち上がる。
「あ、怪しい者ではありません」
「何言ってんだ、人の家に勝手に上がり込んどいて、そんな言い訳が通用すると思ってんのか?」
男は警戒心を剥き出しにしてトオルを睨みつける。
「てめぇ、チヅルに何かしたのか?」
「ま、ままままさか、そんなわけがないじゃないですか」
「信用ならねぇぜ……殺すッ」
男は槍を構えたまま、突き殺そうとしてくる。トオルはとっさにかわそうと身を捩るが、どう頑張っても避けることはできないだろう。
殺されてしまう。トオルはぎゅっと目を瞑る。
せっかく第二の人生を与えられたというのに、殺されてしまうのか――
この世界へ導いてくれた神さまに心の中で謝辞を述べる。
信じてないとかいってすみませんでした。けれど、最期に若い命を救えたことは一生のほこりです。
「待って、カゲン」
トオルが覚悟を決めていると、絞り出すような声が聞こえてくる。
誰の声だ、とあたりを見回す。すると、眠っていたはずの女性が苦しそうにではあるが体を起こしていた。
「待って、カゲン……その人を殺さないで」
「何言ってんだチヅル、こんなわけのわかんねぇ奴、さっさと殺しちまおう」
「……その人は、命の恩人だから」
「君、意識が……」
チヅルと呼ばれた女性はまだ苦しそうだったが、それでもはっきりとそう言った。
男――カゲンと呼ばれた――の誤解を解き、トオルを助けるために。
「何? ……チヅル、本気で言ってんのか?」
「……本当だから、だからやめて」
カゲンはトオルとチヅルを交互に見る。穂先を立て、とりあえずは納得してくれたらしい。
危機が去り、トオルはほっと安堵する。
「ありがとう……助かったよ。だけど、まだ眠っていた方がいい」
チヅルの目が少し笑ったような気がした。――救えたのだろうか。
「はい。私……」
何かを言おうといて、チヅルは再び眠りに落ちた。
水分を摂ったからといって、直ちに回復するわけではない。療養が必要だろう。
「……てめえ、チヅルに何をした」
「何って、俺は彼女を助けただけですよ」
「助けただぁ……」
カゲンはトオルから視線を切らないようにしながら、チヅルへと近づく。
膝を折り、眠る彼女へと視線を送る。
「こいつは……どういうことだ?」
「その子は脱水症状だったんです。だから水を飲ませた」
「だっすい? 水ってあの井戸水か?」
「そ、そうですけど……」
カゲンの表情が厳しくなる。トオルを睨み、静かに告げる。
「あの井戸水は飲めたものじゃなかったはずだ。あそこには死が充満しているからな」
「死が……充満しているとはどういう……?」
「そのままの意味だ。あの井戸水は飲めなかったはずだ」
「いやまあ確かに賭けではあったけれど、きちんと飲めるようしにして……」
「飲める、ようにした……?」
カゲンはいぶかしげに眉根を寄せる。じっとトオルを見つめていた。
その瞳は揺れていた。目の前の不審な男を信用してもいいものかどうか。
「どういうことだ、それは」
「あの井戸水は腐敗臭がした。何かがあの中で死んでいるんだと思います」
「ああ、それは村の連中も知っている。大方オオカミでも落ちたんだろうってな」
「それは、確認したんですか?」
「いいや。飲めないのなら飲まないだけだ。わざわざ確認したりはしない」
カゲンは首を振り、とんっと槍のおしりの部分を床に打ちつける。
「そんなことに人手を割けるほど、この村は豊かじゃねえからな」
「それは……」
それは、なんとなくわかっていた。家の数に対して、人数が少なすぎる。
「何があったのか、聞いても?」
「……別におもしろい話じゃねえが」
「おもしろがっているつもりはないですよ」
「そうだな……ま、いいか。どの道俺たちはどうしようもならない。あんたはチヅルを助けてくれたし、それくらいの話はしてやるよ」
カゲンはトオルの側に歩み寄り、あぐらを掻く。槍の穂先を後ろに向け、底部の方をトオルへと向ける。
これは、カゲンにとってトオルが少なくとも敵対者ではないと認識されたということだろうか。
「俺たちの暮らすこの村はオレイア村って名だ。見ての通り小さな村でな。主には農業を生業にしている」
「農業……いいですよね、農業は」
「よかねえよ。昔は実りも多くてよかったって話だが、今じゃ収穫なんてからきしだ」
「……それは、なんといいますか……すみません」
「気にするな。そんなもんだ」
農業は天候やその年その年の細かい気候の違いが影響するという話を聞いたことがあった。
もちろん情報源はyoutube。実際に作物を育てたことはなかったが、そこで得た知識はずっと頭の中に残っていた。
「それで……どうしてこれほど人の気配がないんですか?」
「今はみんな出払っているからな」
「彼女を一人でここに残して?」
「ああ……あんな状態だったからな。連れていくことはできんかった」
「まあ……それはそうか」
カゲンの言葉にトオルは頷いた。
村人のほとんどが出かけていたのなら病人を連れて行かないのは納得できる。
「君は一人で戻って来たんですか?」
「そうだ。……チヅルの様子が気になってな」
振り返り、眠っているチヅルを見るカゲン。その瞳にはどことなく家族愛のようなものを感じた。
「……君はチヅルとは仲がいいんですね。兄妹ですか?」
「兄妹じゃねえ……とはいえ、同じ村で生まれ育った間柄だ。あいつのことはよく知っている」
なるほど。幼馴染という奴か。
トオルはふと遠い目をする。天井を見上げ、子供の頃の記憶を呼び起こしていた。
よく日に焼けた肌。丸いくりくりとした大きな目。常に笑顔で周囲を巻き込むような女の子。
そんな幼馴染がいたらよかったな、と一人っ子かつテレビっ子だったトオルは何度思ったことか。
「俺はカゲンがうらやましいです」
「そうか? まあ村の生活は悪くはねえが……しかし、いいもんでもないさ」
カゲンの表情が陰る。村人のほとんどがいなくなった村だ。何かしらの事情はあるに決まっていた。
「お国の取り立てはひでえし、だからといって急かしたところで作物が育つわけじゃねえ」
「それはそうだ」
特にこの村には農薬や化学肥料といった概念はないだろう。要するに自然農に近い農法というわけだ。
自然農なら時間がかかっても当然だ。多少の有機肥料はあるだろうが、目に見えて成長をはやめるわけじゃない。
「だから出かけていたと?」
「ああ。狩りをしたり野草を探したり、まあいろいろな」
「へー……このあたりは何が刈れるんですか?」
「そうだな……ねずみ、オオカミ、イノシカ、ガオン……まあだいたいこのあたいりだな」
「……へー、そう」
ねずみ、オオカミまでは知っている。なんだろう、イノシカとかガオンって。
想像することもできない。
トオルはぽかんと口を開け、わけもわからずとりあえず頷いていた。知っていますよ、と言うかのように。
「主にはこの四種類だ。どいつもこいつも危険で獰猛な猛獣ぞろいだが、こいつらを刈らないと、俺たちの村は国に滅ぼされてしまう」
「そんな……どうにかならないんですか?」
「どうにもならねえよ。お上は俺たちの事情なんて知ったことじゃねえとさ」
カゲンは肩をすくめ、あきらめたような顔で笑う。
「陳情なんて聞くつもりはないらいしからな。王族貴族にとっちゃちいせえ村の一つより戦争の方が大切なんだろうさ」
悔しそうに奥歯を噛み締めるカゲン。
「トマがもっときちんと収穫できれば、こんな危険な狩りなんかしなくてすんだんだがな」
「トマ?」
「ああ、俺たちの村の特産品だった。赤くてあまい。子供たちに人気だったんだ。しかし親父の代から段々収穫量が減ってきてな。今じゃほとんど獲れねえから、それを売って税に充てることもできやしねえんだ」
そういう事情から、カゲンをはじめとした村の人間は危険な狩りに出向いていたのだろう。
「それじゃあ、狩りに関しては素人同然ということ?」
「いや、狩り自体は多少はやってたんだ。これほど大がかりな狩りは初めてだったがな」
「それで、目的のものは狩れたのですか? イノシカとガオンだっけ?」
「ああ。必要な分は狩れたさ。……何人か殺されたがな。元々少なかった村の人数が更に減るな、こりゃ」
冗談めかしては言っているが、冗談ではないと思っていることだろう。
トオルにはカゲンの気持ちがわからなかった。確かに生前は苦しめられていたが、それは税金によってではない。
命懸けの狩りに赴かなければならない立場というのにはピンと来ていない。
それでも彼の、彼らの心中を察してあまりある。苦しんでいるのだ。
「仕事は一段落したからな。俺はチヅルの様子を見るためにこうして一人先に戻って来たというわけだ」
「そうだったんですね」
だとしたら、他の死んでいない人たちも無事だろう。獲物を運び終えたら紹介してもらおう。
「それにしても、ずいぶんとひどい話だ」
「これくらいのことはどこでも起きていることさ。無能な国王様のお陰でな」
「これカゲン、あまり滅多なことを言うものではない」
不意にカゲンをたしなめる声が聞こえた。渋い、老人の声だ。
カゲンが背後を振り返る。トオルもまた、声のした方へと目を向けた。
「本当のことだろ。村長だってそう思っているはずだ」
二人の目の前にいたのは、予想した通り老人だった。
優しげで思慮深い瞳。立派に蓄えたあごひげを触りながら、杖を片手に家の中に入ってくる。
「カゲン、いつも言っているだろう、国王は悪人ではないと」
「わかっているさ。村長の友人だった……何度も聞かされた」
「左様……国王・アルカディアは理想に燃える男だ。そう邪険にしないで欲しいとわしは思っとる」
「ふん……理想で腹はふくれねえよ。第一、王様の理想のせいで俺たちが苦しんでるんじゃないのか?」
「何、すぐによくなるさ。いずれアルカディアは全ての不正を正すだろう」
「ああ、期待しないで待ってるよ」
カゲンは老人から顔を背け、立ち上がる。彼の隣を通り、静かにその場からいなくなった。
「……申し訳ない、お客人。お見苦しいところをお見せした」
「ああいや、俺は大丈夫です。俺の方こそすみません、勝手に上がり込んで……」
「いや、いいのじゃよ。カゲンはお客人を信用している。悪人ではないことはわかっている」
村長と呼ばれた老人は足音もなくトオルへと歩み寄る。
「ところでお客人、名は?」
「あ、トオルです。ヒラヤマ・トオル」
「トオル……ふむ」
老人は何か思案をするように、あごに手を当てトオルの顔を見つめていた。
やがて、ふっと微笑み、自らもまた名乗った。
「わしはこの村の村長のホヅルと申す。そこで眠っているチヅルの父親でもある」
「そ、そうなんですね」
「左様……なんと、チヅルの調子が少しばかりよくなっておる」
ホヅルはチヅルの様子に気づき、目を見張った。
「あれはトオル殿が?」
「え、ええと、そうですね……いちおう」
医師免許もない自分が手当をしたことを怒られるかもしれない。
そんなことはありえなかった。だが、トオルは内心でハラハラしていた。
ホヅルはチヅルの側に膝を突き、じっと顔色を観察していた。
「干からびておったようだったのが、今は少しだけ水を含んでいるかのように……トオル殿、何をなされたのじゃろう?」
ホヅルの問いに戸惑ったが、トオルは腹をくくって答える。
「井戸水を飲ませました」
「何? あの井戸はずいぶんと使っておろなんだ。異臭がして、口にすると体調を崩すのでな」
「はい。なのでろ過装置を作りました。それで水をろ過して、飲めるようにしたのです」
「ろ過装置? ……それはトオル殿の持つ魔道具ですかな?」
「ま、魔道具ではないんです。村にあったものを使って作りました」
「村にあったもの……とな?」
「は、はい……布、炭、砕いた石などを使い……」
トオルは簡単に、ろ過装置の作り方を説明する。けれど、全てを理解できていたわけではなかったので、ところどころの説明がたどたどしくなってしまった。
それでもホヅルはじっとトオルの話に耳を傾けていた。身じろぎ一つせず、トオルのつたない説明を真剣に。
「ふむふむ……なるほどのう……おそらくこの子は自分だけ村に取り残されたと思ったのじゃろう。わしらがこの子を見捨て、村を離れたと」
「カゲンから聞きました。この村は現在、重税に苦しんでいるのだとか」
「そんなことまで……カゲンはあれでなかなか他人に心を開かない男だ。よほどトオル殿を気に入っておるのだな」
悲しげに目を伏せ、ホヅルは続ける。
「トオル殿の聞いた通りじゃ。村は今、国の課した重い税に苦しんでおる」
「だから、村人総出で狩りに行ったと」
「左様。そして獲物を捕らえ、無事に持ち帰ったのじゃ」
「だ、だったらこれで解決なのでは?」
喜色を含んだトオルの声に、ホヅルは静かに首を振る。
「一度は凌ぐことができよう。けれどそれも二度三度とは通用せんじゃろう」
「な、なぜですか?」
「生物の成長には時間がかかる。また狩りに行こうと思うのなら、三年は待たなくてはならないじゃろうな。けれど、税の徴収は来年もまたやってくる」
ホヅルは自分の娘を見下ろしたまま、ぽつりと呟いた。
「……せめて、トマが育ってくれればいいのだが」
「カゲンも言っていました。トマという作物が育たなくなってしまったと」
「……ああ、その通りじゃ」
「トマの栽培には三年は必要ないんですか?」
ホヅルは顔を上げ、トオルと視線を合わせる。
「トマはおおよそ四月ほどで収穫できる。そして数さえ栽培できれば、来年を乗り越えられよう。そこから種を取り、また育てることが可能になれば、更に次の年も税に怯えずに済むじゃろう」
ホヅルの声音には疲労が滲んでいた。この老人は疲れているのだ。
トマの栽培は困難になり、重税が押し寄せる。古い友人と思われる国王を庇い、更に村の生活も守らなければならない。
村長としての重圧が彼に伸しかかっているのは言うまでもなかった。
トオルはこぶしを握り、下唇を噛んだ。チヅルへと目を落とす。
農業は土作りが重要だ。そういった話をよくyoutubeで耳にしていた。
落ち葉や枯れ枝、生ごみなどを使い堆肥を作る。それを畑に撒けば土はまた蘇る。
今まで、この村ではそうした循環は行われていなかったのだろう。自然のサイクルだけにまかせていれば、当然ムラが出る。
現在、この村はその自然サイクルのムラに当たっているのかもしれなかった。
しかしできるのか? という不安もあった。youtubeで聞きかじっただけの知識で。
チヅルとホヅル。親子の様子を盗み見る。彼らは二人とも被害者だ。
平穏が暮らしを乱され、やらなくてもいい、何のためにやるのかもわからない苦役を強いられている。
そのせいで村人が幾人か死んだ、という話も聞いた。
言ってしまえば、国全体がブラック企業のようなものだ。弱い立場の人間から搾取し、至福を肥やす連中がわんさかいる。
自信なんてなかった。やれるかどうかも未知数だ。
けれど、トオルはホヅルの肩を掴み、決意とともに――叫ぶ。
「村長、俺にも何か手伝わせて下さい!」
「だが……貴殿は村の者では……」
「そんな話を聞いて、黙っていられるはずがないでしょう!」
ホヅルは目を剥き、驚いていた。
確かに現状を伝えた。弱音も吐いた。けれど、助けを求めていたわけではなかった。
ただただ、誰かに聞いて欲しかっただけだ。そこへたまたま、全くの部外者が現れた。
だから話をした。それだけだった。なのに。
「トオル殿……どうして」
「どうしてもこうしてもないですよ。俺の祖父がよく言ってました、困ってる人がいたらまずは首根っこを掴んででも捕まえろって」
「ほ、ほほ……トオル殿のおじい様は豪胆な方ですな」
「全くです。だから今、村長を捕まえている」
トオルはニカッと笑顔を作る。
自分にどれだけのことができるのか、どこまでやれるのか、少しも想像できなかった。
ただ、一つだけわかったことがある。
もしかしたら自分は、このために生まれ変わったんじゃないかということだ。
第一話「死=新ステージ」完。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます