元ヤン落ちこぼれ、地雷ギャルと帰宅部最速最強を志す
華や式人
プロローグ 帰宅路で、帰宅部に襲われ、ギャル光臨
加州愛斗は元ヤン。今は地元の進学校で落ちこぼれを演じている。
……いや、嘘。演じているのではなく正真正銘落ちこぼれだ。彼の手に持つ一枚の紙がその証拠。
「嘘だろ」
教室、己の席。返却された実力テストの答案を見て思わず目をこする愛斗。そこに書いてあった点数は「200点」でも「20点」でもなく。
「2点」。もはや0点の方が清々しく割り切れる、0に近しい点数の答案。
「え~赤点の者は今日の放課後、補修を行います」
担当教師が宣うと、そこかしこで囁き声がこだまする。「今回は簡単だったから変にミスると補習組入りだよなぁ」とか「よかったー45点で。もう10点低ければ補習圏内だったよ」とか。
(……ははは、やばすぎないか?)
己が落ちこぼれだということを、点数が教えてくれる。
半年だけ猛勉強した「詰め込み勉強」で、なぜか入学できてしまった進学校。喜び勇んで「俺馬鹿じゃないから」と底辺高校にいく仲間をバカにしていた愛斗は。
今、己のことをバカと認めざるを得なかった。
──放課後──
帰宅路。脚が重い。
「はあーあ。期待して待ってる母親にどんな顔すればいいんだよ」
補習で出た課題の数は今日出た宿題の階乗。これを1週間以内に担当教師に提出しにいかないといけない。しかも愛斗は「高校デビュー」と称してイメチェンしたはいいものの、ヤンキーセンスが抜けきらずクラスメイト達にドン引かれデビュー失敗。
結果として未だに友達ゼロ、己の勉強を手伝ってくれる心の友なんてだれ一人いない。
夕暮れの帰り道。一人帰る優しい母親が待つ家への通学路。部活をやっている生徒は部活に励み、帰宅部はとうに家に帰ってるだろう時間。そんな時間に一人帰る愛斗もまた、帰宅部。寂しい帰宅のなか、重い気持ちでどう謝ろうか試行錯誤する脳内。
だからこそ、愛斗の喧嘩慣れした警戒感がうまく機能せず。二人分の足音が近づいてきていることを、愛斗は直前まで察知できなかった。
「あ、ヤンキーいた。とっとと捕まえちまおうぜ」
声がした。愛斗が「あ?」と険のある声で振り返ると、そこには自転車を歩道に留めて歩み寄る二人組の他校男子生徒。どこからどう見ても「帰宅中」という格好で、愛斗の沈んだ神経を逆なでする言葉に青筋立てて愛斗は二人組を睨んだ。
「いいか、帰宅部陰キャども。俺はもうヤンキー卒業してるがな、さすがに売られた喧嘩は買うしかねぇ。覚悟しろよ、地元で剛腕慣らした俺に勝てると思うな!」
瞬間、愛斗が疾駆する。距離にして5メートル程度、1秒あれば相手を一人ノックアウト可能!
……という愛斗のヤンキーセンサーはしかし、見事に外れを引いていた。
愛斗のストレートを軽く腕を当てて軌道を逸らし、首を右に傾けただけで帰宅部が避ける。躱されたが懐に入った、ならば膝蹴り!と愛斗が足を引いて。
──瞬間、隣にいた無傷のもう一人が愛斗の軸足を軽く、軽く蹴って押した。
それだけで愛斗は派手に歩道のアスファルトに転がる。痛みはないが、驚きで何が起きたか分からない愛斗にしゃがみこんだ帰宅部たちがスマホを向ける。
まずい、晒される。ネットに、SNSに、社会に。
母親の悲しむ顔が脳裏に浮かび、それが愛斗の脚を無理やり動かす。驚くべき速度でたちあがった愛斗は100メートル11秒後半を誇る足で逃走という闘争を開始した。
「あ、逃げた」
「仕方ないか。追うぞ」
後ろから走る足音。馬鹿め、喧嘩で負けても逃げ足で愛斗は負けたことがない!
──と、思った数秒後には。帰宅部たちが一瞬で愛斗の逃走経路に先回りして塞いできていた。100メートル11秒後半の愛斗を一瞬で躱す脚力に愛斗は顎がアスファルトまで伸びそうなほど驚き、硬直。
「……お前ら帰宅部じゃねぇ!?」
「いや、俺らは帰宅部だよ。さぁ観念して俺らとツーショットを……」
そう言いつつスマホを再度取り出す帰宅部たちに、もはやなすすべなく。顔を覆おうとした愛斗は直前、見た。
近くの高架歩道から一人の女が愛斗と帰宅部たちの間に、降り立ったことを。
そのギャルは驚くほど地雷系を地で行くギャル。銀髪に赤メッシュの髪をロングのウルフカットに纏め、高校の制服はスカートだけしか存在しない服装。上半身は赤いパーカーに身を纏い、ローファ―が基準武装の高校生だとは思えない厚底ロングブーツ。黒マスクに濃いメイクは関わったらメンヘラが発動しそうな印象を誰にでも与えるテンプレート地雷メイク。膨らんだ胸も、太い太ももも、関わった男に依存性を齎すために計算された肉付き。
そんな地雷ギャルが、帰宅部たちに一言。
「あー……めんどくせ。どいてくんね?」
「退くと思うか?」
「だよね。じゃ、始めよっか」
言葉少なく、帰宅部二人と地雷ギャルが睨み合った。愛斗は分かる、これは決闘の前触れ。
先に動いたのは帰宅部の男。ギャルの脚を攫うべく、一瞬で沈み込んで足払いの一回転。だが見切っていたギャルは軽く飛んだだけで避けきる。
直後、もう一人の帰宅部が彼女に殺到。着地する前に倒してしまおうと連続で鋭いストレートをギャルに繰り出す。だがギャルは、それすら読んでいた。
右ストレートをギャルが小さな手で掴み、左ストレートは掴んだ相手の腕に引き寄って回避。そのまま一人の帰宅部の懐に潜りこんだギャルは目にも止まらぬ速さで相手の首筋に手刀を叩き込んだ。
迷走神経反射を引き起こされた帰宅部が気絶。だがもう一人の帰宅部は仲間が倒れたことを異に介さず拳を固めてガードに回る。──それを見たギャルの目が笑った。
飛び上がり、横回転。ギャルが相手の防御ごと厚底ブーツで回し蹴り。吹き飛ばされた帰宅部はアスファルトに伸び、気絶した。
「つ、つええ。何もんなんだアンタたち」
当然、何が何だか分からない愛斗。だが喧嘩に明け暮れた中学時代の経験から分かる、倒された二人の帰宅部も倒したギャルも半端なく強い。
「ん?帰宅部だけど」
「さっきから思うんだが、いつから帰宅部が決闘クラブになったんだ?あんた含め、さっきの帰宅部も強すぎだろ」
「さぁ。知らないし、興味ない。あたしが強いのは、あたしが帰宅部だからね」
そう宣いつつギャルが愛斗に近づき、無理やり彼の肩を抱く。そしてマスクを顎に押し下げ、無表情のまま肩に回した手をピースサインに変えて、自撮り。
「はい、おしまい」
それだけ言って、愛斗から手も体も離すギャル。柑橘系の清々しい地雷香を愛斗の鼻腔に遺して、彼女は日暮れの夕暮れに消えていった。
「なんだったんだ」
なんだったかは、結局分からぬまま。10分程度の時間消費と階乗では済まない疲労感を抱えて、愛斗は再び帰宅路に戻る。
鼻腔を擽るシトラスの香料は愛斗の好きな香りだったし、横から見た顔立ちも好みだったし、なんなら地雷ギャルに一目惚れだったが。
「もう関わりたくねぇ」
そんな気持ちも確かに、心のパーセンテージの大半を占めていることを歩きながら再確認した。
──翌日・放課後──
「えっとぉ」
「よ。元ヤンの加州愛斗くん。進学校のおちこぼれなんだって?大変だね」
「なんで俺の名前を」
「そら、あたしは帰宅部だからね」
なぜだ。なぜ俺の身元が割れている。
放課後、帰宅路……の始まりを告げる校門前。そこにスマホをいじりつつ興味なさげに周囲の視線を無視している昨日の地雷ギャルがいた。
愛斗が声を上げるとギャルがスマホをしまう。そして他校の門を頓着なく踏み込んできた地雷ギャルが、愛斗の近くに寄ってきて。
「あんたさ、帰宅部やらない?昨日の一部見てて思ったんだけど、あんた素質あるよ」
──訳も分からない勧誘を、愛斗に放ってきた。
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