第21話

山の恵み──野生肉の制度化とジビエ文化の台頭


 列島が孤立した半年後、山間部では人の往来が激減したことにより、自然がゆっくりとその姿を変え始めていた。猪や鹿、キョンといった野生動物たちは、かつての“境界線”を越えて平野部に現れ、畑や苗を容赦なく食い荒らすようになった。


 放置すれば農地を守れない。だが、絶滅に追いやるような対応もまた、過ちである。

 政府はこの問題を「共に生きる」という選択から考え直した。


 自衛隊OBや猟友会を中心に、「野生動物管理制度」が正式に立ち上がり、狩猟のライセンス制度が再編された。そこには在日外国人の姿もあった。

 中には、かつて祖国で狩猟や畜産に携わっていたネパールやモンゴルの出身者も加わり、日本の猟師と共に山を歩く姿があった。


 狩猟で得られた肉は、都市部でも注目を集めていった。

 猪の味噌煮込み、鹿肉のスパイス煮、キョンを使ったスープカレー——かつては“特殊なグルメ”だったジビエ料理が、学校給食のメニューや共同炊き出しにまで浸透し始めていた。


 食は選ぶものではなく、生きるために向き合うものへ。

 異文化の味覚と知恵が融合した皿は、かつてない多様性とサステナビリティを帯びて、列島の食卓を根底から変えようとしていた。


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 都市の崩壊と再編成──東京、再び“村”になる


 東京は、音もなく壊れていった。


 道路に渋滞はなくなり、高速道路には草が生え始めた。ガソリンの供給は国家によって厳格に管理され、輸送は医療・食料など“命に関わる業務”に絞られるようになった。

 通勤電車は本数が激減し、駅前には「交通集約所」が設けられ、人々は徒歩や自転車、手押しのカートで生活範囲を再定義していった。


 かつてガラス張りの威容を誇った都心のオフィスビルは、次第に閉鎖され、廃墟と化した。企業本社の多くは、機能単位で郊外や地方へと分散していった。

 “働く”という概念が、“移動”や“時間”から切り離され、生活そのものに組み込まれていく。

 人と仕事が都市から離れていくさまは、まさに現代の「解体と再編成」であり、東京は再び“巨大な村”へと姿を変えていた。


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 農地拡張と都市住民の変容──帰農の連鎖


 こうした都市の再編成と歩調を合わせるように、農地は都市の跡地へと拡がっていった。


 防災公園、空港跡地、球場、遊休地。

 それらは、再び地表を耕す“命のフィールド”へと変貌を遂げていた。

 かつてベッドタウンだった地域には、新たな耕作民たちが続々と移住してくる。


 泥にまみれた大学生、鍬を持った元エンジニア、建設現場に代わって畑に立つ技能実習生。

 東京・新宿でバリスタをしていた青年は、いま福島でサツマイモを育てていた。

 彼の隣では、ベトナムから来た実習生が苗の間隔を教えていた。


「最初は屈辱でした。でも、土を掘って、汗をかいて、芽が出て……初めて“生きている”って思えたんです」


 その声が、かつての“消費者都市”を耕作共同体へと変えていった。


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 医療の再配置──“治す”から“支える”医療へ


 都市部の大病院では、輸入医薬品の在庫が尽きはじめ、CTやMRIの稼働率も限界を迎えつつあった。

 高度医療に依存していた都市は、根本的な“治療の思想”を見直さざるを得なくなった。


 次に持ち上がったのは、“治せる範囲の見直し”だった。


 抗生物質に代わり、地域で採れる生薬、発酵処方、温熱療法、手当て。

 外国籍の医師や看護師も加わり、それぞれの文化で培われた民間医療と、土地に根ざした暮らしが繋がっていった。

 たとえば、フィリピン出身の助産師は地域に伝えられる出産儀礼とマッサージを教え、アフリカからの医学生は疫病対策の“村レベル”での封じ方を披露していた。


 大病院は“行動医療師団”と呼ばれる巡回チームへと再編成され、移動診療所となったバスに乗って村々をまわった。

 診るのは病気ではなく、「暮らしの中で崩れかけている命の支え方」だった。


「都市を治す時代は終わりました。

 これからは、“暮らしをまるごと診る”ことが、医療の本質になるんです」

 ——厚生省・地域医療局幹部


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 沈黙を破った2つの信号──再び世界とつながる兆し


 そんな静かで豊かな日々が定着しかけていたある日、列島の均衡が不意に揺らぎ始めた。

 それは、爆音でも銃声でもなかった。


 

 ——最初の兆しは、音だった。


 国家管理下の傍受システムが、誰も使用していないはずの帯域から断続的な音声信号を検知した。

 言語は不明で、内容は断片的。ただ、そこには明らかに“人為的構造を持つ音”が存在していた。


 さらに、気象衛星「ひまわり」から送られてきた画像の一枚に、これまでの観測記録には存在しなかった“未知の構造物”が映り込んでいた。


 それは、5年間のどの時点でも確認されなかった、そこに「在るはずのない何か」だった。


 列島が再構築してきた“静かなる日常”に、小さな裂け目が生まれた瞬間だった。

 そしてその亀裂は、やがて“再接続”という大きな振動を、世界にもたらすことになる——。

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