第13話
国家再編の核心へ:自給と秩序の再設計
同じ頃、空港閉鎖直前に入国していた外国人観光客、約8万人が列島内に取り残されていた。
アジア、欧州、中東、南北アメリカ——各国から訪れていた観光客たちは、大使館も領事館も機能せぬ状況下で、国境の意味を問われることとなる。
日本政府はこの事態に対応すべく、国籍を問わず一定期間の滞在を認める“緊急居住ビザ(仮称:D-0)”を新設。
帰国不能と判断された一部の旅行者は、避難所での炊き出しや生活支援に加わり始めた。
元医師だったパリ出身の女性は、東京の臨時クリニックに入り、後に“移動診療隊の象徴”として知られるようになる。
やがて東京・品川のある大型ホテルのロビーでは、観光客同士が自然発生的に“国境消失者の共同体”をつくりあげた。
そこには十数言語が飛び交い、壁に張り出された世界地図の上から“国家”の文字が消され、代わりに“いまここに在る”という赤いピンが打たれていた。
さらには、全国の地方都市に滞在していた外国人留学生約1万2千人と技能実習生約3万5千人にも、重大な転機が訪れていた。
彼らは農業、建設、福祉分野の現場で地元コミュニティと共に生きていたが、本国との送金も、在留資格の更新も不可能となった。
日本政府は“在留資格”という制度そのものの一時凍結を決断し、定住希望者には“未来在住証明”を与えた。
多くの自治体では、実習生や留学生を中心とした「混成自治会」が立ち上がり、農地の再編、共同炊事、再生可能エネルギーの導入までを自力で推し進めた。
岩手・福井・鹿児島などでは、スワヒリ語・タガログ語・ミャンマー語が飛び交う“多言語農村”が誕生。
また、宗教施設や広場を“共在ゾーン”として再設計し、仏教とイスラム、キリスト教と儒教が同一空間で交互に祈る光景が見られるようになった。
驚くべきことに、この日々の中で、“未来語”と呼ばれる共通基礎言語が自然発生的に形成され始める。
英語、日本語、タガログ語、アラビア語、スペイン語——その要素が混ざり合い、島国の中に“国籍のない市民社会”が芽吹いていった。
こうした動きが臨界に達したのは、列島喪失からちょうど7日後の永田町だった。
緊急に招集された円卓会議の出席者は、日本国の閣僚でも議員でもなかった。
そこにいたのは、「国籍を越えて残された者たち」の代表者たちだった。
在日米軍の士官、フランスからの観光客代表、ミャンマー出身の実習生リーダー、中国人留学生、そして日本人医療従事者。
彼らは、国という主語のないまま、「この世界で共に生きるにはどうするか」を考え始めた。
その会議でひとりの青年が発言した。
「もし、あなたの国が消えてしまっても、
あなたの“隣人”はここに残っている——
ならば、今は“隣人法”をつくるときだと思います」
静寂ののち、拍手が起こった。
その日、国旗ではなく言葉が掲げられた。
それは、国境の不在を“喪失”ではなく“余白”と捉えなおす、文明の新たな一章の始まりだった。
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