カズとダニエルのラノベ談義

味噌煮込みポン酢

異世界転生・転移モノは伝統

深夜1時過ぎ、スマホにディスコードの通知が光った。

画面に映ったのは、アメリカの大学寮らしい部屋。散らかった机の向こうに、熱量全開の男がいた。


「なあカズ!やっと気づいたんだよ!」


声の主はダニエル・リヴァース。

アメリカの大学でメディア文化論を専攻している。

数年前、俺がアメリカに留学していた時に同じ学生寮で知り合い、

俺が彼に日本の暗黒面、つまりアニメを含むサブカルチャー文化を教えてしまったせいで、すっかりオタク思考に染まってしまった。


正直、あの時のことは今でも後悔している。

「ダニエル、お前をあの深淵に引きずり込んでしまってすまなかった」と何度も思う。


――で、何に気づいた?


「今回は本気だ!

なぜ日本で異世界転生・転移モノがここまで流行るのか、その理由が見えたんだ!」


「またその話か。この間は100匹目の猿がどうとかでシンクロシニティとか言ってただろ。」


「違うよ。今回は cultural imprinting文化的刷り込みの話だ。

日本の昔話をよく見てみろ。桃太郎、浦島太郎、金太郎、舌切り雀……全部異世界テンプレの原型なんだ!」


「……具体的に?」


「まず桃太郎。言うなればチート転生者の原点だ。

桃から生まれる異常誕生設定。That’s not normal!主人公は普通じゃない

その上、鬼ヶ島というまさに異世界に乗り込んで、

サルやキジ、犬といった仲間を引き連れてレイド攻略。完全に最強主人公系の典型だろ?」


「確かに、鬼退治は異界討伐そのものだし、仲間が勝手に付いてくるのもお約束だな。レベルが高けりゃ数はいらないか。」


「次は……浦島太郎。あれってさ、実は異世界転移ものの原型なんだよ。

助けた亀に乗って竜宮城に行ってさ、完全に異界転送。No doubt間違いない.」


「現実に戻ったら時間が何百年も過ぎてて、世界が変わってる……タイムリープじゃなくて、時間断絶型の帰還ものって感じか」


Exactly.そのとおり で、玉手箱。あれが全部を壊すキーになる」


「開けたら老けて終わり。バッドエンドの象徴だよな」


「でも、俺の解釈では、玉手箱は帰還の代償。異世界から現実に戻るために、自分の時間を支払うんだ。Price to pay, you know代償ってやつさ、わかる?」


「……なるほどな。異世界転移+時間崩壊の複合パターンだったのか」


「で、金太郎。これもテンプレ。怪力のチート持ちで、森で静かに暮らしてるのに、動物たちに慕われる。まさに俺TUEEEだけど隠れてたい系の主人公だよ」


「つまり現代異世界モノでよくある、実は最強だけど目立ちたくない系か」


「Yeah. 最終的にスカウトされてヒーローになるとか、完全にテンプレだよね。

隠れ最強型。今も昔も、人間ってそういう話が好きなんだよ」


「で、舌切り雀は?」


「これは異世界スローライフ系の祖先さ。

おじいさんがスズメの国っていう別世界に行って、もてなされるんだ。No danger, just peace何も危険はない平和なところで.

争いも戦いもない。ただもてなしと安らぎ。これ、まさに現代の異世界日常系そのものだよ」


「……たしかに。バトルしない異世界モノって、案外少ないかもな」


「しかも主人公がおじいさん! 若くなくても異世界に行けるってメッセージ、昔から刷り込まれてたのかも」


「なるほどな……。そういうのを幼い頃から聞かされてたら、確かに日本人が異世界好きになるのも自然かもしれん」


Rightだろ? だから異世界はただのブームじゃなくて、文化の根にある感覚なんだ」


俺は苦笑した。

妙に納得してしまう自分が悔しい。


「で、それを元に俺は考察ファンタジー小説を書いて投稿した」


「何してるんだお前は。で、タイトルは?」


「『桃太郎は転生したら鬼だった件について』」


「…………」


「つまりこうさ、カズ。桃太郎だったはずの俺が、気づいたら鬼として転生してる。

鬼の子として育てられて、鬼の仲間と暮らしてる。But thenだけど...

あの桃太郎が現れる。異世界転移者としてな」


「……異世界から?」


「うん。原作通りの桃太郎が、別の世界から転移してきて俺たちを討伐にくる。

でも鬼の社会にも文化があって、正義がある。平和に暮らしてるだけなのに、全部を破壊していく桃太郎。

Who’s the real invader, huh本当の侵略者はどっちだ?」

――異物はむしろあいつの方なんだよ」


「逆転構造か……重いな。で、ラストは?」


「俺は鬼の王として討たれる。そのときに呟くんだ――

『これが……異世界転移者の本性か……』」


「待て待て。誰だよ異世界転移者って言葉をお前に教えたのは。

その世界にそんな概念ねえだろ普通」


「……Oops?」


「お前なあ……で、本来の桃太郎はどこいった? 時間軸はどうなってんだ」


「Ah, good point.

時間軸的には、桃太郎の物語が終わった後だよ。

世界は“正義”によって浄化された。でもその後……鬼の国は滅びてなかった。生き残りが細々と生きてたんだ。そこに現れるのが桃太郎ver.2。

それが、文化が召喚したアバター桃太郎――」


「略すなよ? それ、絶対略すなよ!?」


「Why?」


「で、その結果が既読3、評価0だったと」


「……続編構想もあるんだけど、聞く?」


「やめろ。何時だと思ってるんだ。明日……もう今日に響くだろ」


「Oops. 残念。じゃ、またな。See you!」


通話が切れたスマホを放り出そうとして、ふと気になった。

異世界転移。所詮フィクションだ。創作の出来事。

……そう思っていた。少し前までは。


でも。

1880年9月23日。テネシー州。家族が見ている目の前で、男が忽然と姿を消した――デビッド・ラング失踪事件。

1949年、バーモント州。満員のバスに乗ったまま消えた退役軍人、ジェームス・テッドフォード。

日本でも、神社の参道で。山の中でのタケノコ掘りの最中に。あるいは、自室の中から――。

誰にも気づかれずに、あるいは、目撃者がいたにもかかわらず、人は消える。


検索すればするほど、記録は出てきた。

「目の前で消えた」「声だけが残った」「叫び声が穴の奥から聞こえた」――

どれも、ありふれているはずの現実の中で起きていた。

説明のつかない空白。証明できない瞬間。

けれど確かに、誰かがいなくなっていた。


異世界――それは物語の中だけに存在すると思っていた。

でも今は、それがすぐ近くに、すぐ足元に、口を開けている気がする。

背中に冷たいものが走った。

創作と現実の境界なんて、案外、

最初からなかったのかもしれない。



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