Azail Oleith

Sillver

序章

第1話・ある男の記憶

 叩きつけるような雨が降っている。耳をつんざく雷が鳴り響き、時折あたりを照らしていた。村長から頼まれて、隣村へのお使いを済ませて戻ってきたところだった。

 ……村は、変わり果てていた。元気に芽を出していた畑はぐちゃぐちゃに荒らされていた。穏やかな印象を与えていた家並みは、見るも無残に壊され火事によって焼け爛れていた。

 道のあちこちに、村を守ろうと戦ったであろう村人たちがこと切れていた。皆、苦悶の表情を浮かべていた。中には、親が子供をかばった姿勢で、剣で貫かれたものもあった。俺の親や友人もその遺体の中に紛れていた。

 誰か、1人でも。1人でも生き残った村人がいないか。そう思って、村の中を駆け回る。

 その中で、俺は1つの横たわる人影に目が吸い寄せられた。信じたくない思いでよろよろと近づく。

 普段はくるくると動き、花のようにほころぶ唇。俺を見て蕩けるように輝く瞳も。今は、全て土と血に汚れている。

 一瞬の稲光が、彼女の影を映し出す。弾かれたように駆け出して、冷たい彼女を胸に抱きかかえながら、地面に額を擦り付けるように慟哭していた。


「――ない、ぅうう、あ、ぁぁあああああああああああ!!――すまない、テロメア!!俺の、俺のせいで!!ぅああああああああぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!!!」


 雨のおかげで鎮火はしているようだが、辺りには搔き消しきれない焦げ臭さと人の肉の焼ける不快な臭いも混じっていた。それらを包み込むような、噎せ返るほどの血の匂い。俺の親、友人。そして胸に抱いた恋人。この臭いの中には彼らの物もあるのだ。

 どれほど慟哭していただろうか。俺はゆっくりと立ち上がった。今なら、どんな魔物も武勇に秀でると讃えられる各国の騎士団長ですら殺せそうだった。


「おや、生き残りがいたのか。運のいい」


 背後から聞きなれた、しかし言っていることが理解できないことを投げかけられた。


「がり、あす……?ガリアス!!お前は生きていたんだな!」


 テロメアを地面に寝かせ、ガリアスに駆け寄る。先ほどのガリアスの発言は聞き間違いだ。そう思い、彼の発言を無視してただただ彼が生きていたことを喜ぶ。たった1人の生存者であり、俺の親友。


「良かった……!!ほんどうに、よがっ」

「五月蠅い、ヴァリアス」


 ひどく冷たい言葉とともに、俺の腹が急に熱を持つ。見ると、剣が刺さっていた。剣は、誰かの手に握られていた。他でもないガリアスだった。喉から急激に何かがせり上がってくる。耐えようにも耐えきれず、それを吐き出す。


「かはっ……!!」

「ああ、いい感じにお前は寿命を持っていたんだな。これなら、なんとか目標量に足りそうだ」

「ガリアス、おまえ、なにをいって……」

「お前が知る必要はない」


 そういうと、ガリアスは剣を捻りながら引き抜く。今更ながらに凄まじい痛みが俺を襲う。我知らずに叫ぶ。それすらも、ガリアスはどうでもよさそうな目で見ていた。


「寿命を持つ者たちは、皆そうして叫ぶ。俺にはわからない感覚だな。だが、この村では上質な命が刈れた」


 ガリアスは剣の血を丁寧に拭き取ると、くずおれる俺を見下ろす。俺は、凄まじい痛みに襲われながらも、奴を睨みつける。


「許さない、許さない、絶対に許さない。俺とテロメアを、村をこんな目に合わせたお前を許さない。信じていたのに!!俺を裏切ったお前を許さない……!!首を洗って待ってろ!ガリアス・エスタファドール!!!!!!」

「その死に体で何が出来る?精々、吠えてろ。……最後に、礼だけしておこう。ありがとう、ヴァリアス・レイジャー」


 そういうと、ガリアスは魔法を詠唱してこの場から去っていった。俺は、痛みにうめきながらも、どうにか着ていた服を護身用の短剣で裂いて簡易の包帯にする。大量出血をしたために、手が震えて上手く裂けなかったが、どうにか巻き終わる。一応の処置が終わると、地面に寝かせたテロメアを抱き抱える。

 俺は、ゆっくりとした歩みで村の共同墓地へと向かう。村は無残に焼かれたが、この墓地だけは少し離れた場所にあったため、炎から逃れられていた。俺は、無残な姿に変わり果てたテロメアに、愛おしそうに微笑みながらキスを1つ贈る。


「ああ、愛しい愛しいテロメア。俺は、どんな姿のテロメアだって愛してる。……でも、このままだとゆっくり君が眠れないね。だから、ゆっくり眠れる場所に連れてきたよ。大丈夫、君を寝かしつけるのはいつも俺だっただろう?待っててね。今、君が眠る場所を用意するから」


 俺は、再度優しいキスをテロメアの額に贈ると、そっと地面に横たえた。力なく投げ出された手が、もう戻らない幸せな日々を象徴していた。共同墓地にある作業小屋へと向かうと、俺はシャベルを手に墓地へと戻る。

 黙々と作業をこなすと、あれほど激しく叩きつけていた雷雨が止んでいた。十分に深くなった穴から俺は這い出て、再び恋人を抱きかかえる。


「さあ、テロメア。眠る時間だよ」


 俺の唯一であった恋人を、穴の底に横たえ、彼女の指を腹の上でそっと組ませる。綺麗に体勢を整えた後に、俺は1人穴から出た。

 空には、恐ろしいほど美しい月が登っていた。俺の目の前には、自らが作った墓標が完成していた。


「テロメア、俺は行くよ。……最後のキスをしたかったけれど、それは俺が君に逢えた時に取っておくよ。おやすみ、テロメア。愛してるよ」

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