第18話:氷、森で活躍する

 ギルドから走ること、およそ15分。

 俺、リゼリア、マリステラさんは"ベドー霧森"と呼ばれる森に到着した。

 街は晴れていたのに、今や辺り一面霧に包まれる。

 霧森という名の通り、年がら年中霧が漂う森とのことだ。

 5m先もよく見えないほどで、魔物や邪悪な存在が隠れているような陰鬱な雰囲気を感じる。

 マリステラさんが懐から地図を取り出しながら、注意深く話す。


「今日はいつもより一段と霧が濃いね。道に迷わないよう、ボクの後をしっかりついてきてくれたまえ」

「きっと、風男は風で霧をどかせるんだろうね。ずるいなぁ。私たちも負けてられないよ」


 そうか、ダリオスは風魔法で霧を晴らすことができるのだから、その分スムーズに進める。

 おそらく、わざと自分が有利になる環境を狙ったのだろう。

 こんなに霧が濃いんじゃ、魔物の不意打ちを喰らう可能性も高い。

 打破する方法がないか、ちょっとステータスを確認してみる。



――――――

《給水》Lv.3(液体の他、空気中の微細な水滴を吸収して体力を回復できる)※New!

――――――



 なんと。

《給水》スキルがレベルアップしてた!

 でも、なぜ……そうか、マリステラさんの研究を受けたからだ。

 頑張りが認められた気分でとても嬉しい。

 ふむ、空気中の微細な水滴を吸収……これはつまり、今の霧を吸収できるってことでは?


「どうしよう、コーリちゃん。霧の中じゃ私の火魔法がうまく使えないかも」

「大丈夫、俺のレベルアップしたスキルを使えば晴らせると思う」


 スキル云々と言った瞬間、マリステラさんは興奮したのか「はぁはぁ」と息が荒くなり始めた。


「スキルを使うだって、コーリ君!? ぜひ、頼むよ! 人語を解する魔物のスキルなんて、今を逃したらこの先一生見られないかもしれない! ああ、コーリ君……コーリ君……スキルを使ってくれたまえー!」


 学者モードが発揮した彼女の前では背筋が冷たくなるのであった。

 気を取り直して、俺は魔力を集中する。


「そ、それじゃあ、いきますよ……《給水》!」


 スキルを発動した瞬間、周囲の霧がどんどん俺の身体に吸い込まれ始めた。

 たちまち、リゼリアとマリステラさんは歓声を上げる。

 

「コーリちゃん、すごいよ! 霧が吸い込まれてる~! コーリちゃんの身体どうなってるの!?」

「これは……魔物学の歴史を変える光景だああああ! 我々は今、新たな歴史が刻まれる瞬間に立ち会っているうううう!」


 2人が歓声を上げる中、10秒も経たずに霧は消滅。

 ついでに、俺の体力が全回復した。

 視界が一気に開けて、森の全容が明らかとなる。

 木々の葉は鮮やかな黄緑色で、丸みを帯びた形は穏やかな印象。

 子ども向けの童話の世界にも出てきそうな森であり、陰鬱さも綺麗さっぱり消えてしまった。

 和やかな景色に反し、俺とリゼリアは戦闘体勢を取る。

 数m先の木陰から、小型だけど凶暴そうなコボルド系と思われる魔物たちが姿を現したからだ。

 

「コーリちゃん、魔物がいる!」

「やっぱり、霧に紛れて近づいてきたんだな。霧を晴らしてよかったよ」 


 コボルドはだらしなく口が開いており、剥き出しの牙から涎が滴り落ちる。

 普通にこええ。

 氷コボルドに進化しなくて本当によかった。

 全部で12体か。

 結構な数の魔物なのに、マリステラさんは「おお、そこそこ大きな個体がいるね。餌は何を食べているのだろうか」などと独り言を言ってはメモを走らせる。

 コボルドは警戒しているのかすぐに襲い掛かる気配はないので、まずは《鑑定》で情報を集めよう。

 12体分をザッと確認すると、一番奥にいるやや大型の個体が一番ステータスが高いとわかった。

 戦闘のたびに何度も《鑑定》を使ってきたからか、情報を得るスピードがだいぶ上がってきたのだ。



――――――

名前:なし

種族:森林コボルド

性別:オス

レベル:12

ランク:D-


体力:15/18

魔力:12/12

攻撃力:15

防御力:10

魔攻力:11

魔防力:12

素早さ:14


《種族スキル(種族に特有なもの)》

〇言語系

・森林コボルド語(森林コボルドの言葉がわかる)

〇戦闘系

・刃物使い(刃物の習熟度が早い)

〇非戦闘系

・嗅覚鋭敏(色んな匂いが嗅ぎ分けられる)


《ユニークスキル(個体に特有なもの)》


《シークレットスキル(ある条件を満たすと解放されるもの)》


〔称号〕

――――――



 森林ウルフよりランクは低いのに、ステータスは高かった。

 軒並み二桁だ。

 強さを決めるのはランクだけじゃない、ということだろう。

 種族スキルの《刃物使い》を活かすためか、コボルドはどれも短剣やダガーなどの武器を装備する。

 霧の中接近できた理由は《嗅覚鋭敏》スキルか。

 要点だけ迅速に共有すると、マリステラさんは非常に驚いた。


「ええっ!? コーリ君は《鑑定》スキルまで持っているのかい!? 君はどこまで規格外の魔物なんだ! 普通はいないよ!」

「ま、まぁ、生まれたときから持っていたというか何というかって感じです。ところで、コボルドは12体ですし、こいつら倒せばクエストクリアですね。……だから、ここで全部倒そう、リゼリア」

「そうこなくっちゃ! 風男をこてんぱんにする準備運動だね!」

「二人とも、ちょっと待ってくれたまえ!」


 いつものようにリゼリアと駆け出そうとした直前、マリステラさんに呼び止められた。

 目がまだ血走っていてちょっと怖いのだが。


「あの、マリステラさん、どうしたんですか?」

「できれば、コーリ君が一人で戦ってほしい! これは貴重な観察記録になる!」


 とのことなので、リゼリアには待機してもらう。

 一体対多数の戦いならば、広範囲の氷魔法が有効的だ。


「《氷弾時雨》!」

『『グギャアアアッ!』』


 森林コボルドに向かって、小型の氷弾を無数に放つ。

 通常の《氷弾》の1/3くらいの大きさだが、一度にたくさん生成できる。

 全身を強打された森林コボルドは、全て力なく崩れ落ちた。

 俺の魔攻力は今や70を超えたくらいだから、ひとたまりもなかったのだろう。

 戦闘が終息し、リゼリアが感激した様子で俺を抱き締める。


「こんなにいたのに一撃で倒しちゃうなんて、コーリちゃん大活躍……だねっ!」

「ああ、ありが……うわっ!」

「コーリ君、スキルを使うときはどんな感覚なんだい!?」


 突然、リゼリアと俺の間にマリステラさんが無理やり挟まった。

 本当にすごい熱意だ。


「感覚ですか? ……そうですね、精神力を消費? する感覚です」

「ほぅほぅ、それは大変に興味深い。他にも聞きたいことがあるから、歩きながら質問させてくれるかね? 行商人の一団が孤立している南の洞窟は、あと10分も歩けば着くはずさ」


 質問を受け、俺が何か答えるたび、マリステラさんは梟みたいにほぅほぅ言いながら猛烈な勢いでメモを取る。

 道中、森林コボルド以外の魔物もちらほら出てきたので、襲ってくるヤツは返り討ちにし、逃げるヤツは深追いしなかった。

 やがて、行商人が孤立しているという南の洞窟が木々の隙間から見えてきた。

 風に乗って、地面を駆ける音や、魔法を発動する音、さらには……人の悲鳴も聞こえる。

 俺たち3人は即座に顔を見合わせた。


「「走ろう!」」


 森から勢いよく抜け出た瞬間、男の悲鳴が俺たちを迎える。


「誰か助けろ! 早く助けろ! 誰よりもまずは俺を助けろよ!」


 聞こえてきた悲鳴の主は行商人ではなく…………ダリオスだった。

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