第14話:氷クラゲ、みんなと別れを交わす

 イオニスの言葉を聞いた瞬間、"紅牙団"のメンバーや村人たちを驚きが包んだ。

 組織の名前だろうか。

 初めて聞いたが、どうやら有名らしい。

 龍人族であるリゼリアも知らないとのことで、カリナさんが教えてくれた。


「こいつら"黒葬の翼"は違法ポーションの販売や奴隷売買、はたまた殺人なんかもする凶悪犯罪の組織だよ。ボスも本拠地も不明で、王国騎士団も壊滅には手を焼いているのさ。まさか、そんな危険な連中の構成員だったなんて想像もしなかったね」


 マフィアやギャング的な存在というわけか。

 この世界にもそういうアングラなヤツらがいるようだ。

 そこまで話したところで、イオニスが叫ぶ。


「おい、コーリ! 正直に言っただろ! 今すぐ離れろ!」

「いや、まだダメだ。ネリファ村で何をやっていたのか言え。何が目的だったんだ」


 さらに問い詰めると、イオニスは歯軋りした後に悔しそうな顔で打ち明けた。


「俺たちは……組織に命じられて、"紫呪病"という新型の病気を開発していたんだよ。薬草を依頼したのはカモフラージュのためだ。村人の体調不良は俺たちが引き起こした。村の井戸に病気の素を密かに入れ、"紫呪病"が広まってから薬師として来たんだ」


 そう切り出された瞬間、村人や"紅牙団"のメンバーはイオニスたちを激しく糾弾した。


「薬師が病気にさせるってどういうことだよ! ふざけんじゃねえ!」

「あなたたちは助けにきたのではなく、むしろその逆だったんですね! こんなに酷い悪人は初めて見ましたよ!」

「コーリ様が来てくれなかったら全員死んでたぞ! お前らには人の心がないのか!」


 みな、強い怒りをぶつける。

 治療に来た薬師が実は病気の原因だったなんて、考えたくもない事実だった。

 先ほどのカリナさんの話から、こいつらは結構大きな規模の組織だとわかる。

 他にも同様の被害が出ている可能性が高い。

 みんなのためにも、もっと詳細な情報を集めたいところだ。


「イオニス、お前たちの組織について教えるんだ。メインの拠点はどこで、ボスは誰だ?」

「何も知らない」


 そう答えた瞬間、村人と"紅牙団"の怒りのオーラが強くなった。

 今にも殴りかかりそうな雰囲気に、イオニスはしどろもどろに答える。


「俺たちは末端の末端だ! 組織の本拠地はおろか、ボスの――俺たちは導師と呼んでいるが――顔も知らない! 本当に何も知らないんだ! 拷問されても知らないことには答えられないだろ!」


 必死の叫び声が森に響く。

 嘘をついているようには見えないが……。

 いずれにせよ、この場でこれ以上の情報収集は難しそうだ。


 みんなで今後の対応を相談した結果、イオニスたちは一度ベル=グリナスに連行して、近くの街にある王国騎士団の駐屯地に引き渡すことが決まった。

 尋問などは専門の組織に任せようということだ。

 準備を手伝っていると、ミラちゃんがお別れに来てくれた。


「コーリさん、わたし決めたよ。いつかすごくつよくなって、コーリさんを追いかける。だから、まいにちがんばる」

「はは、それは楽しみだな。でも、お父さんとお母さんの言うこともちゃんと聞くんだぞ」


 ミラちゃんと最後のお別れとして、小さく握手する。

 次に会うときは、今よりもっと成長したときかな。

 俺たちが歩き出すと、村人はいつまでも見送ってくれた。


「「コーリ様、本当にありがとうございました! お元気で! 村ではコーリ様の彫像を作ります!」」


 手を振り返し、俺たちは“紅牙団”と一緒にベル=グリナスに向かう。

 ミラちゃんたち村人が見えなくなると、隣を歩くリゼリアがぽつりと呟いた。


「別に追いかけて来なくてもいいのに……」

「どうした、リゼリア」

「何でもないよ。コーリちゃんとずっと一緒にいたい、って話」



 □□□



 街に戻ると、イオニスたちの悪行は瞬く間に街中に広がった。

 住民もネリファ村の状況は心配しており、その原因が薬師グループと知ったときはそれこそ鬼の形相で糾弾した。

 一方、俺は街の住民からも感謝の嵐を受けた。


「ヤバい病気を消してくれてありがとうよ、コーリ! これで俺たちも安心して暮らせるぜ!」

「街の近くで病気が流行っていて、僕たちも不安だったんです。本当にありがとうございます」

「あなたたちはまだ若いのに立派だわ」


 ひとしきり感謝を述べられる中、"紅牙団"の屈強な冒険者集団がイオニスたち“黒葬の翼”を連行してくれた。

 これでもう大丈夫だろう。

 騒ぎが落ち着いたところで俺はリゼリアとギルドに行き、ロビーで今後の予定を相談する。


「なんか、思ったより色々あったな。まさか、イオニスたちが悪いヤツらだったとは……。まぁ、まだ体力はたくさんあるし、予定通り巨大鼠の討伐といくか。早く冒険者ランクを上げたいところだ」

「そうだね。また悪いヤツらに会うかもしれないから、少しでも強くなんなきゃ」


 などと話し、クエストボードに行こうとしたとき。

 カリナさんがカウンターで手招きしていた。


「コーリ、リゼリア。ちょっと冒険者カードを貸してくれるかい?」


 カリナさんにカードを渡すと、大きなスタンプをドンッと押された。

 魔力を注ぐよう促され、注いでみると……。


「「Bランクに昇格!?」」

「ああ、あんたらはもう十分に一人前の冒険者さ。戦闘力は申し分ないし、未知の病気に挑む勇気と実際に村人の命を救う能力の高さを考えたら当然さね。イオニスたちだって、楽な敵じゃなかったよ。これからの活躍、楽しみにしてるよ!」


 なんと、一気にFからBに昇格してしまった!

 すごい!

 カリナさんの話を聞き、瞬く間にギルド中の冒険者が集まる。


「四段昇格なんて聞いたことねえぞ! しかも、コーリとリゼリアは新人だろ!? マジヤバすぎだな、お前ら!」

「悔しいが、君たちなら当然だ。戦闘能力の高さだけじゃなく、あんなに大勢の人を救ったのだからね」

「冒険者として一番大事なことは、困難に立ち向かう勇気です。あなたたち二人はどちらもその心を持っています」


 みんな、わいわいと俺とリゼリアの昇格を、自分のことのように祝ってくれる。

 こんな優しい人たちに出会えて本当に幸せだ。

 でも、ここでの生活も今日までだと、何も言わずともリゼリアと意思疎通された。

 無事に予定の冒険者ランクを超えることができたし、俺たちには目指すべき遠い場所がある。

 俺とリゼリアは姿勢を整え、みんなに感謝の言葉を述べた。


「"紅牙団"のみなさん、大変お世話になりました。冒険者ランクも上がりましたし、俺たちはそろそろ出発しようと思います」

「みんなのおかげですごい楽しい毎日だったよ。お別れは寂しいけど、もう行かなきゃ」


 出発すると聞くとみんな寂しそうにしたけど、次の瞬間には笑顔を浮かべてくれた。

 カリナさんは軽く目を拭った後、寂しげな笑顔で俺たちの手を握る。


「世話になったのはこっちの方さ。コーリにリゼリア、達者でね。"黒葬の翼"については、新しい情報が入ったら各街のギルドに伝達するよ。新しい街に行ったらついでに寄ってみな。それともう一つ。"黒葬の翼"の本拠地だけど、噂だと王国の北にあるって話さ。あんたらなら大丈夫だと思うけど、十分に注意するんだよ」

「有益な情報をありがとうございます、カリナさん」

「新しい街に着いたら、まずはコーリちゃんとギルドに行ってみるね」


 荷物を整え、街の門に向かう。

 いよいよ、ベル=グリナスを発つ瞬間が来てしまった。

 カリナさんや"紅牙団"のメンバーの他、たくさんの住民もわざわざ見送りに来てくれた。

 俺とリゼリアは手を振りながら街の門を出る。


「本当にお世話になりました! みなさんもお元気でー! 俺たちを受け入れてくれてありがとうございました!」

「またねー! 今度来るときはお土産持ってくるからー!」

「「絶対、また会いに来なよー!」」

 

 晴れ渡った空が門出を祝してくれているようだ。

 歓声を背に、俺とリゼリアは次なる目的地――魔法都市アストラ=メーアに向かう。

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