第37話 龍の背に乗って

 風を切る音が穏やかになった。

 飛ぶ速度を落としたのだろうか。


 下を覗けば点々と灯が付いていて綺麗だった。


『灯ちゃん…乗り心地はどう?』

「とてもいいとは言えませんね、鱗がツルツルしすぎて掴まり辛いです」

『わー…正直だ』


 悪口を言われているのに大翔は嬉しそうだった。


「なんで嬉しそうなんですか?」

『この正直なところが灯ちゃんの良いところだよなぁ、と思ってね』


 うんうん、と龍の頭が上下に動いている。


「…なんだか褒められている気がしないんですが」


 苦笑している灯は、忘れないうちに、と龍の目を見ながら話す。


「大翔様…助けに来てくれてありがとうございます。それと……」

『それと…?』


 今、言わなきゃ駄目だ。


 勢いだ──灯。

 

「好きです…大翔様」


 ──いきなり視界が変わった。


 ひゅーん、と高度が下がったのだ。


「……ど、どうしたのですか!?」


 必死に掴まりながら灯は叫ぶ。


 風圧で呼吸が苦しい。


 ──数秒後、大翔はまた平行飛行に戻る。


『びっくりした…』

「それはこっちのセリフです…」

『だって…』


 大翔はなんだかくすぐったそうに言った。


『そうだったら良いなって…思ってたから』


 鱗から伝わってくる体温が、ほんの少しだけ熱くなった気する。


「…そうですか」

『うん…正確には嬉しいのと、安心したのと半々だなぁ」

「安心…ですか?」


 そうだね、と大翔は続けた。


『もし灯ちゃんが俺のこと好きじゃないなら、ここまで無茶した意味がないからね』

「…確かに『何しに来たの?』ってなりますね」


 納得した灯はふふふ、と笑う。


『そしたら地獄だよ』

「好きでもない人に家を壊されたのなら、屋敷の修理費⋯請求しますからね」

『うげー』


 大翔は『容赦ないね』と言って飛び続けている。


「でも…本当にありがとうございます」

『いいって…それより昨日は突き放したようなこと言ってごめんね』

「昨日のって…」


 灯は髪をなびかせながら思案する。


「ああ…『帰るべきだ』って言ったことですか」

『そうそう』

「でもあれは大翔様が私を思ってのことですよね?それなら全然大丈夫ですよ」


 むしろ大翔らしいとも言える。

 家族を大切にしている彼だからこその答えなのだから。


「けど…大翔様は少し鈍感過ぎると思います」

『…また言われた』


 一拍置いて二人して笑う。

 

 ああ。


 心が暖まる。


 灯が微笑んでいると大翔は質問してくる。


『ところで俺はいつまで飛んでいればいいの?』

「…もうちょっとだけ駄目ですか?」


 灯は頬を首元に押し付ける。


 何処かに着陸して、私の転移術で唐水家に戻るのが定石だろう。

 

 でも──。


「このまま二人だけで話をしていたい」


 誰にも邪魔されず。

 家とか契約とか関係なく。

 ただ二人でいたい。


 何も返事が返ってこないので灯は意地悪な顔をして聞く。


「…照れてるんですか?」

『…別に』


 ぶっきらぼうな感じが怪しい。


 この位置では顔が見れない。


 …そもそも龍になったら表情とか顔色とかわからないか。


 それにしても、と灯は思ったことを口にする。


「大翔様は嫌そうですけど、私はいつか見た『カレンダーの白い龍』より、大翔様の黒い龍の姿のほうが好きですよ」

『そ、そう〜』


 明らかに声色が変わった。


 龍になっても嬉しそうな顔をするのかな、と思って、灯はできる限り身体を前に出して大翔の顔を伺おうとするも全く見えなかった。


 残念です、と落胆していると、後ろで微かな音が発生していることに気づく。


 首だけを器用に捻って後方に目をやると、尻尾がブンブンと振られていた。


「…大翔様はやっぱり犬ですか」

『え、龍だけど』

「どうだか」


 嬉しそうで何よりだ。


 ふふ、と微笑む灯に大翔が提案してきた。


『…灯ちゃん、もう五分くらいしたら着陸していい?』

「私と一緒に飛んでるのが嫌なんですか?」

『そうじゃないよ〜。ただ…』

「ただ?」

『すっごく眠いんだ』


 確かにさっきから声のハリがない。


『昨日寝不足だったし、龍になってるのも結構疲れるんだよね』

「じゃあもう少しだけ」


 仕方ないですね、と苦笑いすると、大翔が「欠伸」をした。


 『ふぁ〜』


 すると口から出た炎が風に乗って灯に向かってきた。


「あっつ!!」

『ご、ごめん!』

「ぜ、前言撤回ですっ。今すぐ降りましょう!」

『そ、そうだね』


 大翔も慌てて降りれそうな場所を探し始めた。


 灯の心臓はバクバクしている。


 死因が旦那の「欠伸」は、流石に嫌だ──。

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