エピローグ ようやくわかった

 登場人物たちのその後と、最後に少しだけふたりの様子に触れてから、物語の結びとしたい。


 カンナステラはリッキマルクとの間に子供は作らなかったが、幸せに最後まで添い遂げた。リッキマルクにとってカンナステラはずっと自慢の妻で、カンナステラにとってリッキマルクは自慢の夫であった。

 2人は老いても仲がよく、よくリッキマルクの理髪店の店先で薬草茶を飲むようになった。カンナステラは死の2日前まで宝石を磨く仕事を続け、リッキマルクは最晩年、老いて体が立ち仕事に耐えられなくなるまで理髪店を続けた。2人ともとても幸せな生涯を送った。


 ロビンはダロンの姪カノンと結婚し、たくさんの子供をもうけた。ダロンとは家族ぐるみの付き合いをし、ダロンを招いた食事をよく行った。

 歳をとっても相変わらず燻製のニシンが大好物で、ロビンが死の床で食べたいと願ったのはハヴォクの作った燻製のニシンだった。

 ロビンは家族に囲まれ、最期の食事としてパンがゆに燻製のニシンを少し乗せたものを食べてから3日頑張って生きた。ぜんぜん最期の食事ではなかったのだった。

 ハヴォクとは長きに渡って友情をもち、互いに村の名産品を渡しあう関係を続けた。


 ダロンは長生きはしなかったが、ロビンが甥になってからは2人で鳥撃ちに出かけたり山菜を摘んだりして、幸福な人生を送った。

 ロビンとカノンの食卓に招かれ、ダロンは恥ずかしくて鼻をピーピー鳴らしながら燻製のニシンを食べたという。


 司祭はズザナとガイウスの間に子供が生まれてすぐに、王都政府から新しい司祭が送られてくるのを見ることなく亡くなった。死後見つかった彼の日記帳には、後悔がせつせつと綴られ、その心の痛みに村じゅうのものが悲しんだ。

 直接の死因は、ハーフリングが若いころに栄養不足だとかかることのある、体が縮んでいく病気であった。あるいは彼は司祭をやめたころには、死期を悟っていたのかもしれなかった。


 ハヴォクはリザードマンで、鋼の民より長生きするので、この物語の登場人物でいちばん長く生きたことになる。

 ズザナとガイウスの死後も、ハヴォクは村を訪れ、気前よく燻製のニシンや魚の干物を振る舞ったという。ズザナとガイウスの子供にも懐かれ、ハヴォクはテクゼ村のだれからも愛された。


 ハイドランジア卿ことエヴァレット・ハイドランジアは、行き遅れと罵られていた、同い年のメガネをかけた貴族令嬢アンゼリカとゆっくり愛を育み、30歳で結婚した。晩婚だったが嫡男が生まれ、ハイドランジア家は無事に公爵の身分まで地位を回復したのだった。

 嫡男は性格の穏やかな子供で、軍人にはならず、戦争は極力避けるべきであるという思想を持ち、世界平和に貢献した。


 ズザナの両親は親戚の家から男児を養子として引き入れ、たいそう可愛がって教育し、ミューラー家の跡取りとした。跡取りは長じて大きな生鮮食品店を経営し、素晴らしい儲けをあげて、ズザナの両親を安心させたという。

 ズザナの両親は武器商人になることを諦め、生鮮食品店を営み、「ミューラー食品」として王都だけでなく王国内の至るところでその看板を見るようになった。

 テクゼ村の隣村にもミューラー食品は出店し、ズザナとガイウスはたまにそこで珍しい食べ物を買うのを楽しんだという。

 そしてズザナとガイウスの間に生まれた子供たちに、たくさんの本や文房具を送って、たまに会いに来ては王都に戻らないかとずっと言っていたようだ。


 ズザナとガイウスの間には無事に長女が生まれ、2人は長女をとても可愛がった。2人はその後も仲睦まじく、長女ののちに男子を2人もうけ、合計3人の子供に恵まれた。

 出産してのちのズザナは厳しい母親であったが、ガイウスが子供を猫かわいがりしてしまったので、しょっちゅうガイウスはズザナに叱られていたようだ。

 娘は19で祖父母の勧める王都の男性と結婚し、ズザナとガイウスに孫を見せた。息子ふたりは王都の高等学校から大学に進学し、学問を納めたのちに結婚、妻を連れてテクゼ村に戻ってきて、長男も次男も死の森の木こりの仕事を継いだのであった。


 ズザナとガイウスの人生は、とても幸せなものであった。

 互いに互いを愛し、尊重し、心の底から互いの幸せを願い続けた。

 ズザナは78歳で病没し、残されたガイウスは悲嘆にくれたが、子供や孫の応援、ハヴォクやロビンの子供たちの励ましもあり、83歳まで死の森の木こりを続けた。

 ガイウスはズザナが亡くなったときに、「これでよかった。俺が先に死んでズザナが悲しむよりずっといい」と言ったという。


 ◇◇◇◇


 ズザナは少し怖いと思いつつ、ガイウスに手をひかれて森のなかを進む。

 森は静かな空気で満たされていて、高い空は青い。ズザナの腹を内側から赤ん坊が蹴る。


「あ、いま蹴ったわ」


「そんなこともわかるのか。不思議だな」


「体の一部が近いうちに外に出る、というのは変な感じがしますわね……」


 森のなかを進んでいくと、小さな小屋が見えてきた。ガラス窓でなく板のはまった窓で、それに蔦が絡んでいる。

 ドアは建て付けがよくないようで、ガイウスが頑張って引っ張ってどうにか開いた。


 この小屋はガイウスの父親が使っていた小屋で、ガイウスもときおり休憩しに立ち寄るらしい。清らかな湧き水を石やタイルで囲った水飲み場があり、簡単な保存食の置き場があり、一休みしたり昼寝したりするのにちょうどいいように思われた。


 つわりが落ち着いて、長距離を歩けるギリギリの日を選んで、2人は森のなかのこの小屋を目指したのだった。


「すてきなところね」


「俺もそう思う。そうだ、子供が生まれて大きくなったら、夏にここに来て少し野良暮らしをしてみようか。子供のころオヤジやお袋とそういうことをよくしたよ。村と違って太陽が遮られて涼しいからな」


「うふふ。すてき!」


「ありがとうな、ズザナ」


「なにがですか?」


「人を愛するって、幸せなことなんだなって、ズザナに出逢ってようやくわかった」


 ガイウスは照れている。ズザナは微笑んだ。


「わたしも『生きている実感』を、ガイウスと出逢ってやっと手に入れました。それは幸せなことです」


「これからも、ずっとずっと幸せでいような」


「もちろんですわ。ガイウス、ちょっと触ってみて」


 ズザナはガイウスの手を自分のお腹に当てた。


「うお! 本当に蹴ってるって分かるんだ!」


「面白いですわね、生きているということは」


「ああ。生きていることは感謝することだ」


 2人は小屋の椅子にかけて、かんたんな昼食を摂った。

 これが、歳をとってもずっとずっと続く。

 そう思っただけで、ズザナはとても幸せだった。(これでおわりです。ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました!)

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死の森の木こりと追放令嬢 〜権力やお金に煩わされない、最高のスローライフ溺愛関係〜 金澤流都 @kanezya

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