34 絶対に手を放さない

 黙り込んだズザナの両親を見て、ハヴォクはハッハッハと笑った。


「おおかた百人隊長のことであるから、ガイウスのために身を引いたのだろう? そういう妙なところでいくじがないのが百人隊長だからな。それに戦場でガイウスをビンタしたのをきっと申し訳なく思っているに違いない!」


「き、貴族の御曹司が、貧しい木こりの子をビンタしたのを申し訳なく思うものなのか?」


 ズザナの父親が呟く。


「貴族とて人間ですからな! 百人隊長はとても大人しい人なのに無理して軍人貴族をやっている。本当は戦場になど行きたくなかったに違いないし、人をビンタするときも、いつだって腰が引けていましたからな! だろう、ガイウス」


「いや……俺にはわからん。軍隊ではとかくしょっちゅうビンタされたが、百人隊長のビンタはそんなに痛くなかったとしか」


「そうだろうと思いますわ。エヴァレットは優しいもの。趣味の花に毛虫がついたのを見て震えあがるような人ですわ。人をビンタするところなんて想像できない」


「その優しい貴族の御曹司を捨て置いても、この木こりがいいの?」


 ズザナの母親が穏やかに問う。


「ええ。ガイウスと暮らすなら、跡取りを産むことだとか、お金をもっともっと集めることだとか、王陛下から与えられる権力だとか、そういったこととは無縁ですもの。家族で生きていくためのお金を得られて、それを使って平和に暮らすことができれば、それでじゅうぶんでしょう」


「お前はずいぶんしっかりしたんだな」


 ズザナの父親がため息混じりにそう言った。


「ズザナさんのお父様、お母様、どうかガイウスのことを認めてください。ガイウスはひとかどの男です。オレたちテクゼ村の人間が全員で保証します」


 ロビンがいたって明るくそう笑った。完全なる座敷犬の顔だった。


「そうだよ。ガイウスは村の連中にはぶっきらぼうだけど、ズザナさんを心の底から愛してるのはみんな知ってる。こんなにいい関係なかなかないよ」


 カンナステラが唇を尖らせる。


「ガイウスはちゃんとした人ですよ。真面目で冷静で、しっかり者で。それに結婚するまでズザナさんと契らなかったんだ、鋼の民のルールに従って。村のみんながヤキモキしたぐらい清潔な男ですよ。これからもズザナさんを大事にすると思います」


 リッキマルクが肩をすくめた。


「ガイウスはズザナさんを深く愛している。どうか許してやってはくれまいか」


 ダロンが鼻を鳴らす。


「ガイウスがちゃんとした男なのは戦友の自分が保証するぞ!」


 ハヴォクが胸をどんと叩く。


「なにより、私が村の者にズザナさんを幼い子供と偽って鞭を打っていたとき、ガイウスは自分の立場をかえりみずズザナさんを助けようとしました。本当に幼い子供であったなら、絵本を読み聞かせたり菓子を作ってやったりして、自分の子のようにかわいがったことでしょう。これだけで、ガイウスが真っ当な人間だと伝わるのでは?」


「……どうする」


「……どうするって言われても」


「ズザナさんは必ず幸せにします。俺も、もっと稼ぎがもらえるように頑張ります。だから、結婚を認めてください。ズザナさんを俺に守らせてください。その子供も」


「……私たちには、ズザナしか子供がない」


 ズザナの父親がそう話し始めた。


「だからズザナがハイドランジア卿に嫁いで、子供を作って親となったら、その孫が初等学校に通うときに革のカバンをあつらえてやるつもりだった。大きくなったら礼服や晴れ着をあつらえてやるつもりだった」


「じゃあなにかい、ハイドランジアとかいう貴族の子ならかわいくて、ガイウスの子はかわいくないのかい?」


「そうではない。だから、ズザナとガイウスくんに、子供が生まれたなら……その子にもそうしてやりたい。生まれたなら顔を見たい。しかしこの村は王都から遠すぎるし、初等学校だって手習場では革のカバンはおかしかろう」


「お金より愛情をかけてやりゃいいんじゃないかい? 手紙を書いてやるとか、小包で本を送るとか」


「たしかにこのお嬢さんの言うとおりだなあ……」


「あの、ズザナさんのお父様。このハーフリングは鋼の民の子供に見えますけれど、中身は子持ちのおばさんですよ。自分だって男やもめだったのを本物のやもめのこいつと結婚したわけで……」


 リッキマルクがそう言うと、ズザナの両親は目をむいた。


「こんなに子供に見えるのに!? これは失礼した」


「てっきりお二人ともとびきりマセた子供なのかと思っておりました」


 礼拝堂はどっと笑いに包まれた。


 ◇◇◇◇


 ズザナの両親は、ズザナの腹をよく撫でてから、その日のうちに馬車で帰っていった。

 どうやら、ガイウスとの結婚は認めざるを得ない、と認識したようだった。ハイドランジア卿が諦めている、というのと、ガイウスが村じゅうの認めるきちんとした男だというので、折れたようだった。


 その日の夜は、みんなでハヴォクの持ってきた燻製のニシンを焼いて食べることにした。ロビンはすでにヨダレだらだら鼻ピーピーである。


「ガイウスとズザナさんの、本当の結婚にかんぱーい!」


 カンナステラが乾杯の音頭をとる。2人をダシに酒を飲み始めたいつものメンバーに、ズザナはちょっと呆れつつも、こういう平和な暮らしもいいな、と思う。

 生きている実感というものを感じながら生きるのは幸せなことだな、とズザナは思った。


 みんなが帰ってから、ズザナはガイウスに抱きついた。


「ガイウスと一緒でよかった」


「俺もズザナと一緒でよかったよ」


「ガイウスは、わたしがおばさんになっても、おばあさんになっても、好きでいてくれる?」


「もちろんだ。絶対に手を放さない」


 ズザナはガイウスを上目遣いで見上げた。

 なにを欲しているのかガイウスも分かったようで、ズザナにそっと口付けをした。


 ◇◇◇◇


 ズザナの両親が帰って1週間。春がだんだん暖かくなって、日が長くなってきた。


 王都から手紙が届いている、と商店でロビンに手紙を渡された。ハイドランジア家の家紋の蝋封がされている。開いてみるとハイドランジア卿からの手紙であった。


 腹の子はどうか。ズザナとガイウスは元気か。ガイウスに戦場でビンタをしたことを謝りたい。そんなことがつらつらと書かれていた。

 ちょうど気分転換がしたかったので、ズザナは返事を書くことにした。(つづく)

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