28 やっと来られた

 乗り合い馬車で南に向かい、途中の大きな街でロビンが降りた。ロビンはこの街でよく仕入れをしており、仕入れるだけなら王都まで行かなくても充分なのだという。


「まあ近くで済ませられるぶん、王都では時代遅れになったものが一気に余って出てきたのを持ち帰ってるだけなんだけどね」


 ロビンは鼻をスンスン鳴らした。ロビンが降りたあと、馬車はまた南に向かって街道を進み始めた。


「最初にテクゼ村に鉄馬車で来たとき、まさかこんなに幸せになるなんて思いもしませんでしたわ」


「そうか。俺は嬉しいよ。ズザナと結婚してよかった」


「もう。照れくさいわ」


 王都へは馬車で、春の最短ルートで6日の道のりだ。乗り合い馬車なら道中で引いている馬を入れ替えるので比較的速度が出る。

 ハイドランジア卿の軍勢が到達するのに時間がかかったのは真冬だったからに他ならない。真冬だったからハヴォクが間に合ったことを思うと、魔族も出るタイミングを考えているのかしら、とズザナは思う。

 それを素直に言うと、ガイウスはキヒヒと笑った。


「魔族は世界の意思だとオヤジが言っていた。ヒトのでしゃばりすぎを諌めてくれているのだ、と。元来ヒトは魔族のエサだったが、団結して、魔法を覚えて、武器を作って、対抗できるようになった、と。俺たちが『鋼の民』なのはそれが由来だ」


「世界の意思……」


「3年前の魔族との戦争は、つまり人間が強くなりすぎたんだ、ってことなんだと思うんだよ。ハイドランジア公爵家がミューラー商会と組んで他国相手のドンパチをやろうとしていた、という噂を聞いたことがある」


「ぜんぜん存じ上げませんわ……父がそんなことを……でもあり得ますわね……人間同士の戦争が、武器商人にはいちばん儲かるでしょうから」


「だから俺は、ハイドランジア家が持っていた王侯なみの権力が家格の引き下げとともになくなって、ミューラー商会が武器商人から食品事業に切り替えたのはすごくいいことだと思うんだ。そのせいでズザナはテクゼ村に連れてこられたわけだが」


「あら。これは天の巡り合わせだとわたしは思いますわ。ガイウスと結婚できたんですもの」


「……そんなに俺が好きか? まともな宝石も買ってやれないのに」


「宝石なんて虚飾ですわ。きれいなだけで、お腹が膨れるわけでも病気が治るわけでもないですもの」


「ズザナは金持ちの暮らしが嫌いなのか?」


「……なんていうか、生きている実感が薄い生活でしたわね。この料理を作った人がいる、とか、愛されている、とか……」


 そんな話をしているうちに夜になり、タイミングよく近くに小さな村があったので、ハイドランジア卿にツケてもらえるだろうと馬車の車中泊でなく旅籠に泊まれることになった。

 旅籠にはどうやら鋼の民の飯盛女がいるようだったので、ズザナとガイウスは分かりやすく、ガイウスの腕にズザナがもたれかかる形で中に入った。飯盛女たちも了解したらしく、食事を持ってくるだけだった。


 通された部屋は角部屋で、隣に宿泊客はいないようだった。大きなベッドがどんと置かれていて、2人で寝るのにはジャストサイズだ。


 食堂の夕飯のあと温泉の浴場があるというので、ズザナは体をきれいにして温まり、髪をほどいて洗った。生活魔法の洗濯物をすぐに乾かす魔法を応用して、髪をざっと乾かす。

 用意されていたバスローブを着て部屋に戻ると、ガイウスが湿った髪を手拭いでがしがししていたので、ズザナが魔法で乾かしてやった。


「ありがと。あのとき痛み止めの魔法をかけた人に、髪を乾かす魔法をかけてもらえるなんてな」


「あら。この魔法はもともと洗濯物用ですわ。ガイウス、帰ったらリッキマルクさんのところで散髪なさったら?」


「それもそうか。すっかり伸びちまった」


 2人でばったりとベッドに寝転がる。


「馬車の旅、『おいどが痛うおます』になるな」


「なんですのそれ」


「古語だ。お袋と隣村まで馬車で移動するたびお袋が古典文学から引いてきて言っていた」


「ガイウスのお母様は知恵のある方でしたのね」


「それこそ女学校を出ていたらしい。主席で」


「まあ! 先輩なのかもしれないのですわね」


「……死んじまった人の話はよそうか。生きてるヒトにしかできないことをしよう」


 ◇◇◇◇


 朝起きてくると飯盛女たちがニコニコしている。どうしたのだろうと尋ねると、意味としては「正式な夫婦関係での性交渉は声を聞いているだけで幸せな気分になる」とのことで、新婚さん2人は自分たちで営んでおきながら恥ずかしくて爆発しそうになったのだった。

 朝食をとり、宿泊代金はハイドランジア卿にツケてください、とお願いして宿を出る。また馬車の旅だ。


「新婚さん、いってらっしゃーい」


 飯盛女が洗濯をしながら馬車に声をかけた。

 また2人して、カエデの木の紅葉みたいな顔になる。


「さすがにこれであと5日か……しんどいな」


「そうかしら。わたし、毎年避暑で湖水地方に旅行していましたけれど、あれは片道7日でしたわ」


「どうせ豪華なクッションフカフカの馬車で行くんだろ? これは見ればわかる通り乗り合い馬車だ。そんな素敵な旅行じゃないさ」


「もう。新婚旅行なのですからもっと楽しまないと。ほら、窓の外に大きな山が見えますわ。きれいな鳥も飛んでいるわ」


「どっちもテクゼ村でも見られるぞ?」


「もう、ガイウスのいじわる!」


 ◇◇◇◇


 そんな調子で2人の旅は続き、ついに王都に到着した。

 さすがに2人とも長旅でくたびれていた。でもズザナはガイウスと一緒だったのでなにも辛いとは思わなかった。


「ここがズザナの育ったところ……やっと来られた」


「そうですわ。ガイウスのお父様お母様もここで育ったのでしょう?」


「どっちを見ても建物だ。気が変になりそうだな」


「大丈夫。すぐ慣れますわ。まずはおいしい食事をしましょう、ハイドランジア卿のツケで」


 2人でレストランに入り、ふわふわの白いパンに牛肉のステーキと生野菜のサラダを食べた。デザートにはアイスクリームが出た。ガイウスは目をまん丸くして、豪華な料理にびっくりしている。


「ズザナはすごいな……こんな豪華な食事をビビらないで食べられるなんて」


「でもテクゼ村のセロリアックのスープのほうが好きですわ。ガイウスがよく作ってくれる」


「そうか? それならよかった。このアイスクリームってのは食べると頭がキーンとするな。うまいけど」


 ガイウスの田舎っぽいセリフをかわいいと思いながら、ズザナは会計をしにきたウェイターに「ハイドランジア卿にツケてくださる?」とお願いした。(つづく)

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