27 新婚旅行だ!

 ガイウスが木こりの仕事に出かけてから、ズザナはロビンの店に向かった。

 ロビンはなにやら忙しそうにしていて、ズザナに気づいていない。ズザナが「ロビンさん?」と声をかけてやっと気づいたようだった。


「やあズザナさん。ちゃんとそういうことになってよかった」


 周りの人に夫婦生活を把握されるのは正直変な感じがするが、まあ公爵の御曹司、いまは伯爵だそうだが、そういうところに嫁いだら性周期まで把握管理されると思うので、それよりはマシだろうと思うことにした。


「ジャガイモをください」


「はーい。銅貨1枚ね。それからこれ、ガイウスに渡してもらえる?」


「ガイウスに?」


 ロビンは戸棚から手紙を取り出した。王都軍の印章が透かしで入った封筒に、ハイドランジア家の印章の蝋封がされている。差し出し人にはハイドランジア卿の名前が書かれていた。


「なんだろうね、赤い封筒じゃないから召集令状ではないと思うけど、胸騒ぎがするんだ」


「そうですわね……いい知らせであることを願いましょう」


 ズザナは家に帰って、手紙をテーブルに置き、ジャガイモを床下収納にしまい、洗濯をして一息ついた。畑の仕事もしなくてはならない。耕す、なんてやったことがないのだが、できるのだろうか。


 クワを持ってどうしたものか考えていると、カンナステラが来た。ロビンから話を聞いたらしくニコニコしている。ズザナはちょっと恥ずかしいと思った。そのうち燻製のニシンをダシにして、村の人たちに話さないようお願いしよう、と考える。まあそうしたところでコボルトの村人には全てバレているのだが。


「よかったねえ、本当にお嫁さんになれたね」


「ありがとう存じます。ところで耕すというのはどうやるんですの?」


「あんた、新婚さんなのに畑やるのかい!?」


「ええ。ガイウスの畑ですもの。お野菜を植えないと」


「ガイウスに耕せって言われたのかい?」


「いいえ? やったらガイウスが喜ぶかと思って」


 カンナステラは腕組みして考えた。


「思うにガイウスはあんたが宝石みたいにきれいで、心までキラキラにきれいなところを好いてるんだと思うんだ。そりゃもうギヨームさんやウルスラさんみたいに、優しくて賢くて、いやなところがないのがあんたのいいところさね」


「そうでしょうか?」


「そうだよ。だから無理に慣れないことするもんじゃない。どうせなら『畑のやり方を教えてほしい』ってちょっと甘えてみな。ガイウスなら喜んで教えてくれるよ。それならあたしに教わるよりずっといい」


「分かりました。あとでガイウスに聞いてみますわ」


「その意気だ。頑張りな!」


 カンナステラはヒョコヒョコと戻っていった。なんだったんだ。でもありがたいアドバイスだった。


 ◇◇◇◇


 さて、昼食を摂りにガイウスが戻ってきた。

 ガイウスは手早くマッシュポテトを作り、そこにハヴォクからもらったタラの卵の唐辛子漬けを入れる。

 それとパンを食べる。ガイウスの料理は大正解優勝であった。タラの卵はこうして食べるのがいちばんおいしいのだそうだ。


「で、百人隊長から手紙……と。なんの用だろうな、いまさら」


 ガイウスは蝋封をぺりっとはがして、中の手紙を開いてみた。


「……王都に来いって書いてあるな……」


「お、王都?」


「ズザナと一緒に、って書いてある。きっとズザナを取り返すつもりだ」


「それはいけませんわ。もうわたしはガイウスのものなのですから。わたしの所有権はガイウスにあります」


「ヒトに所有権があるかはともかく、ハッキリ言ってやるいい機会なんじゃないか? お飾りになる気はない、って。言えなかったろ、冬に百人隊長が来たとき。その場の流れと爆弾発言でぜんぶ吹っ飛んじまった」


「でもガイウスのお嫁さんになった、と言いましたわ」


「結婚できないとは言ったけど、結婚したくないとは言ってないだろ。俺に無理やり略奪されたと思ってるんじゃないか?」


「ええ……きっとまだ勘違いしているんじゃないかしら。もう焚き付けにしてしまったのですけど、ハイドランジア卿から何度か、未練たらたらの手紙が来ていて。そうですわね……勘違い野郎のハイドランジア卿を、ぎゃふんと言わせる必要がありますわ」


「よし。旅行計画を立てよう。王都へ新婚旅行だ!」


 ◇◇◇◇


 ズザナとガイウスは、春の雨がぱらぱらと降るころ、王都に旅行に行くことにした。

 畑の草むしりや水やり、森の仕事はダロンが引き受けてくれた。ダロンは退役軍人年金を受け取って暮らしていて、鳥撃ちや山菜採りやキノコ採りは趣味でやっているだけで、ふだん日中はずっと家にいて考え事をしているという。

 村の墓地に迫る木を切るだけでいいから、とズザナがお願いすると、それならばと森の仕事も引き受けてくれたのである。


 乗り合い馬車のなかで、ガイウスは似合わない軍服を、ズザナは王都から持ってきたとびきりお気に入りのワンピースを着ている。ちょっと寒かったが仕方がない。


「寒そうだな」


 ガイウスは軍服の上着を脱いでズザナにかけた。ガイウスは「これで涼しくなった」と笑っている。


「2人で分け合えば2倍になるのですね」


「おっ、いいこと言う。その通りだ!」


「さすが新婚さん。全てがお熱い」


 乗り合い馬車にはロビンも乗っていて、村から少しいった大きな町に商品の仕入れに行くのだという。

 さすがに恥ずかしくなって2人ともぼっと赤くなって俯く。ロビンはへへへと笑った。


「新婚さんが照れてどうするの。お熱いのが新婚さんなんだからどんどんお熱くしていいんだよ。なんなら夜は寝たふりしてあげるから営んでいいんだよ」


「さすがに馬車の中でそういうことをする趣味はないな」


「ロビンさん、あんまりじゃなくて?」


「ちょっと面白そうじゃん、新婚さんの生活。オレはいつになったら所帯を持てるのかねえ」


「あのお嬢さんと一緒になったら? 結婚式で花冠を取ったお嬢さん」


「うーん……あの子はかわいいけど、あの子の叔父がダロンなんだよ……近しい親戚に雷オヤジはちょっと。花冠を取ったら言いよる男も増えるんだろうし」


「新婚生活はいいぞ。出かけるたび帰るたびチュッチュできるからな」


「それは結婚する前からやっていたし、ちょっと恥ずかしいことではなくて?」


 ズザナは笑った。ガイウスも笑った。ロビンも笑った。王都は遠い。(つづく)

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