26 もう永遠に離さない

 ガイウスとズザナの、結婚式の日がきた。

 いつものみんなが祝ってくれてせいぜいだろうと思っていたが、村じゅうの人が礼拝堂に詰めかけた。ハヴォクも来た。

 その日はとても暖かい日で、花冠がしおれないか心配したが、なんとか式の最後まで持ってくれた。最後に花冠を年ごろの乙女たちに投げて、拾った人が次の花嫁になる、という言い伝えがテクゼ村にはあり、試しに花冠を放ってみるとコボルトの女の子がそれをジャンプしてキャッチした。

 周りのみんなが、ズザナとガイウスを祝福してくれた。

 そしてどうやらそれは、ガイウスの両親が善意の人であったことと、ガイウスがきちんと毎日働いていたことが理由のようだった。


「おめでとう。本当におめでとう。ずっとヤキモキしてたんだよ、あんたら本当に愛し合ってるくせになかなか関係が進まないから」


 カンナステラはすでに涙目である。リッキマルクはちょっと呆れた調子で、カンナステラにハンカチを差し出している。


「ありがとう存じます。これで本物の新婚さんですわ」


「おめでとう! きょうは宴会をやるんだよね!? ハヴォクさんが来てるってことは燻製のニシンがあるんだよね!?」


 ロビンが変なところでワクワクしてヨダレとしっぽが止まらなくなっている。ますますもってズザナの実家の座敷犬にしか見えなくなってきた。


「ありがとう存じます、ロビンさん。ありますわよ、とびっきり脂の乗った燻製のニシンが」


「ウワー!!!! ヤッター!!!!」


 そんなに嬉しいものなのだろうか、燻製のニシン。


「おめでとうさん、灰狗……いや、ガイウス。お前さんは最高の嫁さんを手に入れたんだ。世界中に自慢しろ。そして伝説になれ」


 ハヴォクがよくわからないことを言っている。冬に来たときはげかかっていた皮はきれいに脱皮してツヤツヤの真紅だ。


「ありがとな、ハヴォク。さあ、宴会にかかるぞ」


 宴会は村の人を呼びたかったが、そういう大きな集まりをする場所がないので、結局いつものメンバーでガイウスの家に集まることになった。ダロンの家から椅子を運んできて、みんなでテーブルを囲んで乾杯する。ズザナはまだ20歳にならないのでお茶だ。


「かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 みんなでごくごくと、貴重なお酒を飲む。ズザナはちょっと羨ましく思いつつ、冷やしたお茶を飲み干した。

 このテクゼ村ではお酒は基本的に麦で作る泡立つものだ。ゴキュゴキュと上下するガイウスの喉を、ズザナはしみじみと見た。美しいと思った。


 乾杯するなりロビンが燻製のニシンを焼いたものを頬張り始めた。骨をぺっぺと出しながら、夢中で燻製のニシンを食べている。

 ハヴォクが持ってきてくれた魚の保存食や、カンナステラの焼いた簡単なパン菓子、春に余った肉料理が中心なのだが、中にはダロンが村の近くで採ってきた山菜の料理もあり、ズザナはいままで食べたことのない山菜の、独特の苦味とうまみに舌鼓を打った。


 カンナステラは立派なケーキを焼いてきてくれた。ケーキといっても王都で食べるような派手なものではなく、ほとんどパンなのだが、ありがたく食べる。かじってみると甘くきび砂糖とバターで煮たニンジンがフルーツの代わりに入っていた。とてもおいしかった。


「あんたらがギヨームさんとウルスラさんみたいに、死ぬまで愛し合って暮らせることを祈るよ」


 リッキマルクが顔を赤くして笑う。どうやらわりとすぐ酔っ払う体質らしい。


「リッキ、違うよ。あの世でも愛し合うんだ」


 カンナステラがそう突っ込むと、リッキマルクはハハハと笑った。カンナステラもだいぶ酔っているようだ。

 一方ロビンとダロンはうまそうに酒を飲んでおり、酔っ払う気配はない。ついでに言うとハヴォクはかぱかぱかぱかぱと酒を流しこんでいるのだが、酔っていない。この3人は酔うというより機嫌がよくなった感じだ。

 ガイウスもさほど酔っていない。宴会は昼から夕方まで続いた。さすがにお腹いっぱいになって、白いドレスは元の持ち主であるウルスラが細かったのか、ちょっときつくなってきた。


 夕方、カンナステラとリッキマルクが完全に潰れた。そろそろごちそうが尽きそうだ。


「じゃあそろそろおいとましようかな。どうだい、ダロン」


「構わんぞ。新婚さんの家に長くいちゃいけない。しかもきょう祝言を挙げたばかりの新婚さんだ」


「ガハハハ! 自分もそろそろ村に向けて帰らんと明日の漁に間に合わんな!」


「また燻製のニシン持ってきてね、ハヴォクさん!」


「もちろんだ! こんなに喜んでもらえるとは漁師冥利に尽きる!」


 ロビンとハヴォクに謎の協定が結ばれ、ぐったりしているカンナステラとリッキマルクをダロンが小脇に抱えて、宴会はお開きになった。


「本当に、結婚したのですのね」


 ズザナは左手の薬指に永住することになった、桃色の石の指輪をみる。


「そうだ。今晩は寝かさないぞ」


 どうやら酔った勢いでやっと言えたらしい。ガイウスというのはズザナの気持ちを尊重して、自分自身も奥手だったから、いままでそういうことを言わなかったのだろう。


 2人はその夜、同じ夢の中に沈んでいった。


 ◇◇◇◇


 ガイウスの寝顔を見る。

 なんというか「やり遂げた」顔をしていて、ズザナはくすっと笑った。

 まだ関係は始まったばかりだというのに、ここまで満足されてしまってはズザナとしてはこの先が不安だ。だれでも1発で子を授かるわけではないのだ、と実家で家庭教師に春画を見せられながら言われたことを思い出す。

 なんとかして、ガイウスという優しい人の血をこの世界に残そうとズザナは心の中で誓った。それがどんなに大変であっても。


「……んん。あったまいってぇ……」


 ガイウスがうめいた。どうやら二日酔いらしい。自分で痛み止めの呪文を詠唱して頭痛を打ち消すと、ガイウスは不意にズザナを抱きしめて口づけしてきた。


「もう永遠に離さない。俺たちは2人でひとつとなった」


「それは素敵」


「痛くないか? ……その」


「大丈夫。噂に聞いていたほどではありませんわ」


「王都の女ってそういう噂するのか」


「ええ。わりと誰でも。王都の女学生の話なんて、下ネタか俳優の話か婚約者の自慢ですわ」


「ズザナってさ、わりとストレートな物言いするよな……」


 ガイウスはクヒヒ、と笑った。起きて気まずく服を着る。朝食をガイウスが用意した。


「いっけね、ジャガイモがラス1だ。ズザナ、買ってきてもらえるか?」


「もちろんですわ。さぞかしロビンさんにからかわれるのでしょうね」


 ガイウスは「だろうなあ」と笑った。(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る