23 2人っきりだ
ハヴォクは次々と、燻製のニシンやらイカの干物やら、食べ方がすぐわかるものからさっぱりわからないものまで、次々と海産物の加工品を取り出してみせた。
「この干したイカは炙って食うと最高だ。ぐるぐる回る魔道機械にぶら下げて干してるから虫がつくこともない」
「お、おう、ありがとう。イカって食えるのか。ズザナは食べたことは?」
「ありませんわね。イカと言われると巨大なイカが船を沈める有名な絵画の印象ですわ」
「がっはっは。そんな恐ろしいもんじゃないぞ。イカは本当は生がいちばんうまいんだ。細切りにして食べるとねっとりと甘い」
「オエッ。それ腹下さないか」
「たしかにちょっと気持ち悪いですわね……」
そんな話をして、とにかくハヴォクにストーブに当たってもらう。
「前にお会いしたときより少し白っぽくなっておられますね」
「ああ、じきに脱皮するんだ。皮をぺろんと剥がせばヤケドも傷もぜんぶ治るし気分爽快だ!」
「お、おう……なんで押しかけてきた。いやわかるけど、この家にはお前の寝るところ、ないぞ?」
「そうか! 新婚さんの家だったな! わっはっは!」
ガイウスは頭痛を催した顔をしていた。たぶんズザナも同じ顔だと思う。
「まだ結婚したわけじゃないからいいけど」
「ガイウスとズザナさんは同じ布団で寝てるんだろ? それを新婚さんと呼ばずに何と呼ぶ」
とにかく、ハイドランジア卿からズザナを守るために来てくれたのは間違いないので、邪険に追い払うわけにいかないとガイウスは言った。なによりおいしそうな魚の加工品をたくさん持ってきてくれたのだ。いいお客さんと言えるだろう。
ズザナは閉めたままになっている村のほうに向いた窓のカーテンを開いてみた。村人たちはおっかなびっくりの顔でガイウスの家を取り囲んでいる。
「ハヴォク、どうせなら村そのものを守る気はないか。『赤鰐』の実力があれば、畑を踏み荒らす王都軍なんて怖くないだろ」
「おう! それはいいな! そうしよう!」
「ハヴォクさん、それならば村の皆さんにもご挨拶をなさったらいかが? ちょうど吹雪も止んだところですし」
ズザナに促されて、ハヴォクは家をのしのしと出ていく。木の床が軽く凹むような体の重さであったが、これでも家の中なので気を使って静かに歩いているようだった。
ガイウスとズザナはハヴォクの様子を見にいった。村の人たちは最初、めったに見ないリザードマンに驚いているようだったが、匂いでハヴォクの明るい人柄を把握したコボルトの子供たちが群がり、たかいたかいをしてもらったり肩に乗せてもらったりしている。それを見てハーフリングの子供たちもハヴォクと遊び始め、大人も近づいてきて挨拶をし、本当にあっという間にハヴォクはテクゼ村の人たちと馴染んでしまった。
なんたる人心掌握力。ズザナはアホの顔をしてハヴォクと遊ぶ子供たちを見ていた。ふとガイウスのほうを見るとやっぱりアホの顔をしていた。
さて、ハヴォクが村人と仲良くなるなか、ガイウスはいつも通り森から木材の運び出しを始めた。
ズザナは掃除をして、ハヴォクをどこに泊めたものか考える。ガイウスの家は基本的に小屋なので、2人で寝られるベッド以外に人が寝るスペースはない。
ズザナはふと、王都でペットとして大流行した、南方の小さなワニのことを思い出していた。あれは確か水がないと脱皮できないのではなかったか。ガイウスの家にもバスタブはあるが、ハヴォクを入れるにはいささか、いやだいぶ小さい。
ちょっとそこはハヴォクに聞かないとわからないので、ズザナはとりあえず昼ごはんにイカの干したやつを炙ってみることにした。
確かにとても香ばしい匂いがする。お腹が減る匂いだ。
そう思っているとハヴォクが戻ってきた。やっと村の子供たちから解放されたらしい。
「おっ、イカを焼いてるようだな」
「イカって焼くといい匂いがいたしますのね」
「そうだ! 海産物は焼くといい匂いがする! しかし自分の暮らしている村の隣村で作られる、秘伝のタレに漬けてから干す魚は異様な匂いがするから家の中で焼いてはならんのだ。食べるとめちゃめちゃにおいしいのだが」
「そんなのがあるんですの。ところでハヴォクさん、リザードマンというのはその……脱皮? なさるときにお風呂は必要?」
「特にいらないが。そもそもガイウスの家の風呂場では狭すぎて自分は入れないだろう」
「そうでしたの。それは安心いたしましたわ」
「わっはっは。心配をかけてしまったな!」
そんなことを話していると、ガイウスが戻ってきた。汗みずくである。お湯で絞った手拭いを渡し、焼いたイカを並べる。
「うまそうな匂いがするな」
「イカはうまいぞおー!」
というわけで3人してイカを食べる。
「ところでハヴォク、どこに泊まるつもりだ?」
「ガイウスは新婚さんだから村の旅籠に泊まろうと思っているが」
「旅籠って、ハーフリングの飯盛女がいるっていう」
「ハヴォクとハーフリングじゃ体格が違いすぎるからそういうのは無理だろう」
「別に飯盛女と寝る気はないぞ! 泊めてもらえればそれでヨシだ。朝食がつくのだろう?」
「昼と夕食は俺の家で食う気か」
「はっはっは」
笑ってごまかしたぞ。
というわけでハヴォクはノシノシと旅籠に向かった。これでよかったようだ。
「やっと邪魔なのがいなくなったな。これで2人っきりだ」
「邪魔なんて言ってはいけませんわ」
「でもハヴォクの前で俺にチューできるか?」
「……それは」
「な? せめて朝のチューくらいは欲しいぞ」
「もう、ガイウスのばか!」
ズザナは言葉とは裏腹にとても明るく笑っていた。ガイウスはキヒヒと笑ってみせた。
◇◇◇◇
村の男たちは馬防柵の建築を急いでいた。ハヴォクも手伝って、王都軍の職業軍人が乗っている大型の馬でも突破できないような高い馬防柵ができた。
ハヴォクがガイウスの家の食料を食べ尽くすのでは、というのは杞憂に終わった。村じゅうの人が、ハヴォクにこれ食えあれ食えと食事をご馳走してくれている。盛りがコボルトやハーフリングなので足りているかはちょっとわからないが、ハヴォクは満足しているようなので大丈夫だろう。
連日続いた吹雪が少し収まった、春の足音のような風が吹くころ、南の村からのろしが上がった。ロビンが商品の仕入れのついでに、王都軍が来たらのろしを上げてほしいとお願いしておいたのだ。
村じゅうに緊張が走った。その二日後、王都軍がテクゼ村に到達した。(つづく)
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