19 好きだ、大好きだ

 ズザナとガイウスが婚約した、という話はもちろんあっという間に村じゅうに広がり、性に奔放なハーフリングたちや婚約したら関係を持っていいと考えるコボルトたちはなかなか進展しない2人の関係を不思議がっていた。


 ある日、ガイウスが森に出かけて、ズザナが1人で頑張ってガイウスのシャツを繕っていると、ダロンがやってきた。なにやら干したキノコを、目の荒い網の袋に入れたものを持っている。


「ごきげんよう。いまお茶を沸かしますわ」


「いい、いい。そんな長話はしないよ」


 ダロンは干したキノコをテーブルの上に置いた。


「このキノコはだし汁に使ってスープをつくるといい。この村では昔から、キノコは精がつくという」


「わたしたちは鋼の民ですわ。婚約しても、正式に結婚するまではそういうことをいたしませんの」


「本当に? 同じ家に2人で暮らして、一緒に寝ているのにか?」


 ダロンは黒っぽい毛並みの奥に隠れた銀色の目を、あめ玉のように輝かせている。


「……双方の合意があればその限りではありませんけれど……」


「そうか。とにかくこのキノコはふつうに食べてもおいしいから、ガイウスに料理させるといい。確かに鋼の民は孕んでしまうと婚礼の衣装は着られないだろうからな」


 すごく直接的な物言いだなあと思いつつ、ありがたくキノコを分けてもらった。


「司祭さまはどうなさっておいでなのですか?」


「司祭さまなら最近はときどき村人の懺悔を聞いたり礼拝を導いたりなさっているよ。村人が献金をするようになって、また牛乳を飲めるようになった。司祭さまは病気だからな……」


 司祭が病気だなんて初めて聞いて、ズザナは驚いた。ダロンにどんな病気か尋ねると、「ハーフリングが若いころにちゃんと食べられないとかかる病気で、体がどんどん縮んでいく。牛乳を飲めばある程度防げる」とのことだった。


「リッキマルクのかかあも同じ病気で亡くなった。可哀想にな……女髪結いをやっていて、村じゅうの女の子がかわいい髪を結ってもらうためにリッキマルクのかかあのところに通っていた。そりゃあ繁盛していたんだよ、リッキマルクの理髪店は」


「そうでしたの……」


「まあリッキマルクもいまじゃカンナステラと仲良くやってるし、人別帳も書き換えてもらったから元やもめ同士仲良くやってるだろうさ」


「もう書き換えたのですか!?」


「そのようだ。なんでもテキパキ済ませるのがハーフリングのやり方だからな」


 ダロンはにっと笑った。


 ◇◇◇◇


「これ、精力剤の材料にするキノコだぞ。ダロンめ……こんなの夕飯のスープにしたら……その」


 ダロンからもらったキノコはガイウスが言い淀むくらい効果があるらしかった。


「なら食べてみませんこと? どんな味か気になるわ」


「ズザナも面白がるなよ。まだ式を挙げていないどころか人別帳だって書きかわってないんだぞ!」


「そんなことを気にしているのは鋼の民だけでしょう。ハーフリングもコボルトも、もう関係を持ってもおかしくないタイミングではないの?」


「俺たちは鋼の民なの! ハーフリングでもコボルトでもないの!」


「まだわたしをおひいさまかなにかだとお思いなの? わたしはガイウスが好きなのに」


「好きだから、そういうことをしたくないんだよ。ズザナが好きだ、大好きだ。愛してる。でもズザナに触ったら、この関係を壊してしまう気がするんだ」


「まるで役者に惚れるような惚れかたをしてしまった、ということ?」


「役者ねえ。役者か……そうかもしれないな。俺なんかじゃ手の届かない、きれいな宝物……」


 ガイウスはそんなふうに言いながら、セロリアックとジャガイモとソーセージのスープをグツグツと煮はじめた。いい匂いが家に広がる。


「わたしはここにいてよ、ガイウス。ガイウスが触って愛そうと思えばいくらでもなんでもできるのですわ。きれいな宝物扱いはいやなの。エヴァレットがまさにわたしをお飾りにしようとしていたのだから」


「愛のない白い結婚、というやつか。王都は怖いところだな」


「ガイウス、わたしはきれいな飾りものじゃない。わたしは1人の女なのです。きれいな細工だからってコップをありがたく飾りますか? コップであれば水や牛乳を入れて飲むでしょう?」


「……そこまで言うのか。ハグより一歩進んでみるか?」


 ズザナは自分で言い出しておいてぼっと赤面した。

 結局キノコは結婚したあとにとっておくことにして、2人はさんざんイチャイチャとキスしたり互いの体に触ったりしてその晩を過ごした。


 ◇◇◇◇


「ゆうべはおたのしみでしたね」


 ロビンの商店でシャツの材料にする布を買っていると、ふいにロビンがそんなことを言い出した。


「お楽しみというほど楽しんではいませんわ。Bですわね」


「Bねえ。ガイウスは本当に奥手だなあ。ダロンがキノコを持って行ったんでしょ? 食べればよかったのに」


「キノコは結婚したあとにとっておくことにしましたの」


「そっか。布地はこんなもんでいい?」


「ええ。その長さで切ってくださいまし」


 ロビンは布地にハサミを入れながら、白黒の座敷犬のような顔を笑顔にした。


「ま、ガイウスは本気だってみんな知ってるから、しかるべきときが来たらもっとお楽しみするだろうっていうのはみんな想像してるよ。ズザナさんは娘時代の最後を楽しむといいよ」


「そうですわね」


「それと人を招いて結婚式を挙げるならドレスがいるんじゃないの? オレが仕入れる吊るしのドレスなんかじゃダメだよ、一点ものじゃないと。ガイウス、礼装持ってるのかな」


「あの家を見るかぎり見つかりませんけれど」


「うーん。ギヨームさんやウルスラさんの亡き骸と一緒に、礼装やドレスは埋めちゃったんだっけか。ガイウスに聞いてみるといいよ」


 布地を畳んでもらい、銅貨3枚を支払う。家に帰って、カンナステラに引いてもらった型紙のとおり裁断し、チクチクチクチク縫っていく。


 しばらく裁縫に集中していたら昼ごはんを食べにガイウスが帰ってきた。ガイウスが昼ごはんを用意して、それを食べながら礼装とドレスの話をする。


「あるぞ? 一生着る機会なんてないと思って、畳んで袋に詰めて床下にしまってた」


「出してみませんこと?」


「そうだな。もうすぐ新年だ。新年になったらすぐ春がくる……」


 2人で床下の貯蔵庫を開けて、ガイウスははしごで地下に降りる。出してきたドレスと礼服は、少しカビ臭かったがたいへん好ましいものだった。(つづく)

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