14 俺はズザナを尊重する

 ズザナがガイウスに肩揉みをしてもらった次の日の朝、カンナステラが訪ねてきた。ガイウスが宝石を磨く仕事はいいのか、と尋ねると、それはこれからやるのだ、とカンナステラは答えて、ロビンの店で売れ残っていたという牛乳をふた瓶、ズザナとガイウスに渡した。


「あんたらきのうの夜、ずいぶん楽しそうだったけど……そういうことなのかい?」


 2人とも顔を赤くしつつ、あれはズザナが編み物をしたあとガイウスに肩を揉んでもらったのだ、と説明した。ハーフリングは耳がいいんだなあ、とズザナは感心した。


「なんだ。ワクワクして損したじゃないか」


「ワクワクしないでくださいまし。でもどうして牛乳を持ってきてくださったの?」


「ロビンに頼まれたんだよ。司祭さまが牛乳を買いにこないものだから、牛乳が余るんだーって。あたしは牛乳を飲むと腹を下すから、あんたらに持ってきたんだ」


「司祭さま、そうとう追い詰められておられるみたいね」


「そうだな……まあ、もうちょっと様子を見るしかないな」


 そういうわけで、その日の夕飯にはホワイトシチューを作ろう、とガイウスは言い、牛乳瓶はとりあえず床下の貯蔵庫にしまうことになった。


 ホワイトシチューにワクワクしつつ、ズザナはガイウスの用意した朝ご飯を食べ、いってらっしゃいのキスをして、その日の仕事を始めた。

 編み物は息抜きにやる程度にしないと肩こりしてしんどいことがわかったので、床の雑巾がけをする。体を動かせばいくらか肩こりも和らぐ。徹底的に揉んでもらったとはいえまだ少し凝っているので、1日編み物をするのがいかに危険なのかよくわかった。


 雑巾がけのあと、ズザナはロビンの店に向かい、仕入れてもらった鋼の民サイズのコートを出してもらう。ぴったりジャストサイズの可愛らしいボレロ風のコートだ。王都で流行っているデザインだそうで、ちょっと王都を思い出してしまった。


「王都ってどんなところなんだい?」


 ロビンはそう尋ねてきた。


「素敵な庭のあるお屋敷がいっぱい並んだお金持ちの街と、木造の3階建ての古い集合住宅が並んだ普通のひとの街と、板でできたスラムでできていますわ」


「へえー。格差社会じゃないか。コートは銀貨1枚だよ」


「思ったほど高くないんですのね」


「そりゃそうだ。既製品だもん」


 ロビンはキャンディのような目をズザナに向けた。


「王都に帰りたくなること、ある?」


「いまのところありませんわ。この村にはガイウスがいるんですもの」


「ウソじゃない。お熱いねえ」


 ロビンはしっぽを振って笑った。


「よう。新聞をくれ。あと散弾はあるか?」


「散弾と新聞ね、ちょっと待ってね」


 ダロンがロビンに声をかける。ロビンはカウンターを降りて商品を探しにいった。


「ズザナさん。そのコート、よく似合うな」


「ありがとう存じます。ダロンさんは鉄砲を使われるのですか?」


「いまの時期は渡り鳥がくるからな。豚肉に飽きたら渡り鳥の肉を焼いて食べるとうまいんだ」


 ダロンはハンターであるらしかった。渡り鳥ならズザナも王都で食べたことがある。ハイドランジア家の晩餐会に招かれた折の話だ。それを話す。


「そうか、王都のヒトには渡り鳥は珍しいんだな」


「はい、新聞と散弾! 散弾はミューラー社のやつ。これで最後だよ」


「そうか。ミューラー社の散弾は質が良くて好きだったんだが。魔族もこいつなら簡単に仕留められた」


 ……弾丸や銃器というのは、決してヒトの命を奪うだけでなく、ヒトを養う糧を作ったり、悪いものからヒトを守る力もあるのだな。

 ズザナはちょっとだけ、なくなってしまった実家も決して純粋な悪そのものでないのだな、と思った。


「ズザナさん、ガイウスは元気かい」


「ええ。……司祭さま、牛乳を買いにお見えにならないんだそうですね」


「ああ、やはりか。貯金を切り崩す生活になったら、牛乳なんて買えないものな……」


 この村で手に入る牛乳は、少し南の草原にある牧場で飼われた牛のものだ。ガラスの瓶に厚紙でびっちりフタをしたものを、ロビンの店で売っている。だから村で作られる食べ物と違って、ちょっと高級品なのだ。バターやチーズのような加工品は日もちするので牛乳ほど高くはない。

 しかしそれを思うと、ガイウスと暮らし始めたときに、カンナステラがバターをひと瓶くれたのは、どれだけの心配がこもっていたのかと苦しくなる。


 コートと、ガイウスに頼まれたセロリアックとジャガイモを買って、ズザナはガイウスの家に戻った。小屋という印象は薄れていた。村の他の家も、住んでいるのがハーフリングかコボルトなので、概ね小さいのである。

 洗濯して干していた服をとりこみ、丁寧に畳む。ガイウスのシャツは古びて襟がシミになっている。木こりの仕事というのはハードな仕事なのだろう。

 切り出した材木は冬にまとめてソリで村まで運ぶらしい。ガイウスの仕事がもうすぐ見られるのを、ズザナは楽しみにしていた。


 ◇◇◇◇


「よし。じゃあシチューを作ろうか」


 ガイウスは台所のかまどに火をつける。

 セロリアックやジャガイモ、ニンジンやタマネギといった野菜を手際よく刻み、豚の燻製肉も刻む。それらを鍋で煮える牛乳に入れ、小麦粉も少し入れて、ぐつぐつと煮込む。

 しばらく煮込めばアツアツのシチューの出来上がりだ。


「あっついから気をつけて食べな」


「ありがとう。いただきます」


「いただきます。……ズザナ、本当に坊さんを追い出さなくていいのか?」


「もちろん憎いですわ。顔も合わせたくない。でも、この村のたくさんのヒトがあの司祭さまに助けられたはずですわ。それになにか、司祭さまにも鋼の民を恨む事情があると思うの」


「なるほど。ズザナは俺の両親みたいなことを言うんだな」


「ごめんなさい」


「謝ることはないよ。ズザナがそう思うんなら俺はズザナを尊重する。ズザナが好きだから」


「ガイウス……」


「シチューが覚めちまうぞ」


「ありがとう。いただきます……あっつい!」


「気をつけて食べないとダメだよ」


 ガイウスは唇を尖らせてそう言うと、一口シチューを食べ、「あっつっ!!」と叫んだ。


「ガイウスこそ気をつけて食べてくださいまし」


「あはは。そうだな。舌をヤケドしちまった」


 笑うガイウスを見ると、ズザナは自分が幸せなんだな、と思う。薪ストーブの上げる暖かな火の匂いに、ズザナは幸せを重ね合わせた。(つづく)

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