13 ズザナは頑張り屋だな
雑誌の占いでメソメソした3日後、村じゅう総出で豚を屠殺する「肉の祝祭」が行われた。
豚を屠殺して解体するところは割愛するとして(ガイウスはズザナにその様子を見せなかった)、次々とハムだの燻製肉だのソーセージだのが拵えられた。皮も捨てずになめし革にして、生活用品の材料にする。
「まあ、あの豚さんがこんなふうになるなんて」
ズザナは次々と作られて運ばれてくる加工肉を見て目を丸くしていた。ガイウスはにっと笑った。
「すごいよな。死んで人間を養ってくれる。きょうはちょっとぜいたくをしてステーキを焼こうか。豚肉だけど」
「そんなぜいたくをして、春まで持つの?」
「持つと思う。いままで、春になれば村じゅうで余った肉をどうするか悩んでいたからな。食べりゃいいんだが豚肉の保存食は冬のものという印象が強くて、春にはウンザリしてるんだよ」
「まあ。ウンザリするほどの肉って素敵な言葉ね」
分けてもらった肉を、ガイウスは床下の貯蔵庫にしまった。ハムはしばらく待たねば食べられないらしく、小さめの樽に塩水とハーブを入れたものに漬けられてもらってきた。ある程度浸かったら水気を取って干すのだそうだ。
「初雪はいつ降るか……だな」
「ここはずいぶん北の土地だけれど、雪はたくさん積もるの?」
「いや。海が近いから積もる量は大したことはない。ただしキリキリに冷える」
「まあ……冬の間も木こりのお仕事はあるの?」
「もちろんだ。人はいつでも死ぬからな」
「じゃああったかくして森に行かなくちゃいけないのね。肌着とか……」
「おう……気にしなくていいよ。洗濯は自分でやるし」
「いつかわたしがガイウスのお嫁さんになるのですもの、わたしがやりますわ」
「いいっていいって。汗の染みこんだ靴下なんて洗いたくないだろ?」
ガイウスは明らかに遠慮している。そうなのだ、ガイウスはいままで、ズザナに気を遣って、自分の洗濯物は自分で洗って、ズザナには洗濯のしかたを教えていた。洗濯は別々に洗っていたのだ。
「汗の一滴一滴までガイウスだと思えば、苦ではありませんわ」
「お、おう……でもいいよ。これから水も冷たくなるし、ズザナにそんな苦労かけられないよ」
「何度でも言いますけどわたしはおひいさまではありませんわ。どんな仕事でもしますし、いずれこの家の中にある仕事はわたしが全てやるのです」
「……そこまで言うなら。洗濯せっけんの節約にもなるだろうし……」
というわけで、ズザナはガイウスの服を洗濯する権利を手に入れたのだった。一歩前進、である。
「ズザナ、そのかっこうは寒くないか?」
「ぜんぜん気にしていなかったけれど、寒いですわね」
秋にこの村に連れてこられたときとほとんど変わり映えのしないかっこうをしているズザナを、ガイウスは心配しているようだった。ロビンにお願いして、鋼の民サイズの女ものコートを売ってもらうことにし、普段家の中で寒いのはセーターを編んでなんとかすることになった。
なんとガイウスは編み物がとても得意だった。作業手袋も靴下もセーターも編める。しかし木こりの仕事を優先してもらうべく、ズザナは編み物を自力で覚えることにした。
ガイウスは洗濯はともかく編み物という複雑な作業をうまく教えられなかったので、ズザナはカンナステラの元に向かった。カンナステラは二つ返事で、編み物のやり方を教えてくれた。
「わかんなくなったら聞きにきな。教えてやるからさ」
「ありがとう存じます」
カンナステラの書いてくれた正確な図の編み方のメモを受け取り、ズザナはガイウスの小屋、もはや家に戻った。ガイウスが楽しそうに豚肉のステーキをこさえている。
「お、カンナステラが教えてくれたのか」
「これでセーターも編めましてよ」
「……最初は靴下とか膝かけから始めるといいぞ。あんまり難しいものを作ろうと思っちゃいけない」
「そうなんですの? でもガイウスの靴下がだいぶ薄くなってきているから、そうしますわ」
豚肉のステーキを夕飯に食べ、2人は早めに寝た。やっぱりちょっと寒かったのでひっついて寝た。これが最近、ズザナがいちばん楽しみにしていることだ。
◇◇◇◇
次の日手早く朝食を摂り、ズザナといってらっしゃいのキスをして、ガイウスは方位磁石と斧を持って森に向かった。
ズザナは家の中を掃除し、さっそく編み物に取りかかることにした。靴下を編もう。
編んでも編んでもなかなか進まずじれったく思いつつも、とりあえず左側はガイウスが帰ってくる昼には出来上がった。
「ズザナは編み物に向いてるんじゃないか? 簡単な作りとはいえこれだけの時間で靴下を編むなんて」
「褒めても靴下しかできなくてよ」
「そうだな。いってらっしゃいのキスは?」
「いってらっしゃい」
またキスをして、ガイウスは森に向かう。
ストーブで沸かした薬草茶を飲みながら、ズザナは夕方まで編み物を続けた。陽が短くなったので、顔を上げるともう薄暗い。
灯りをつけていると、誰かがドアをノックした。開けてみるとロビンだった。
「ごきげんよう。どうなさったのですか?」
「いや、どうもしないけど……いっつも燻製のニシンくれるお礼をしようと思って」
ロビンは毛糸玉をたくさんくれた。ズザナがありがとう、と言うと、ロビンはにっと笑った。そして呟く。
「肉の祝祭の日にだれも礼拝堂に行かなくて、司祭さま相当こたえてるみたいだ」
「まあ……なんだかひどいことをしてしまったみたい」
「ズザナさんはなんでそんなに優しいんだい? ギヨームさんやウルスラさんみたいだ」
編み物をしながら、司祭もそのうちめげるんじゃないか、みたいなことを話した。それからロビンは帰っていき、ガイウスが帰ってくる前に右側の靴下が編み上がった。
「ただいま。おっ、靴下が完成してる!」
「やればできるんですのよ」
「ちょっといいか。えい」
ガイウスはズザナの肩を掴んだ。肩こりが凄まじくて「きゃっ」と悲鳴が出る。
「肩ガチガチじゃないか。こんなになるまで頑張らなくていいんだぞ」
「ちょ、ガイウス、くすぐったい……!」
「お〜? それならこうしてやる! えいえい」
「キャハハ! い、痛い痛い! くすぐったい!」
「ズザナは頑張り屋だな、初心者が1日で1組靴下を作るって大変なんだぞ。その証拠がこれだ。えいえい!」
「あはは、はあ、イタタタ……!」
しばらくガイウスはズザナの肩を揉み続けた。村側の窓がカーテンまで閉まっていてよかったとズザナは思った。(つづく)
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