12 恋はもうしてるんだよ

 司祭は戦争に行き、そこで鋼の民の上官にいじめられたというが、それだけであそこまで鋼の民を恨むものだろうか、とズザナは思う。

 もっとなにか、大きな原因があるのではないか。それがズザナの考えであった。


 それはともかくとして、村人を懐柔して豚の世話を手伝わせてもらわねばならない。そんなふうに考えつつ、畑の枯れた植物を引っこ抜こうとズザナがガイウスの小屋を出ると、カンナステラが心配そうな顔をして立っていた。


「ごきげんよう、カンナステラさん」


「ごきげんよう……なのかい? ズザナさん、村のハーフリングとコボルトで集まって話したことがあって」


 カンナステラはやっと心配そうな顔をいつもの陽気な顔に戻した。


「豚小屋、司祭さまの言いつけをぶっちぎって、あんたらにも手伝ってもらうと村じゅうで決めた」


「まあ!」


 ズザナは嬉しくなり、顔をほころばせた。カンナステラはさらに小声で言う。


「司祭さまはそれをご存知ない。そして村じゅうの、毎週司祭さまのお話を聞きに通っていた連中が、もう休みの日も司祭さまのところにはいかない、と決めた」


「……それでは司祭さまがお腹を減らしてしまうのでは? 司祭さまは村人からの献金で暮らしておられるのでしょう?」


「なんであんな目に遭わされたのに司祭さまの心配をしてるんだい?」


「だって……きっとなにか理由があってわたしをあんな目に遭わせたのだと思うと、それは……知って理解すべきことですわ」


「王都のヒトはちゃんとしてるね。王都の教団に連絡して、司祭さまを取り替えてもらおうか、って話も出てるんだけどさ、この村のヒトの大半は読み書きが不得手なんだ。読めても書けないというひとが大半。書ける人も正式な書状なんて書いたことがないし書きかたもわからない」


 カンナステラは鼻の下を小さな手でこすった。


「そうでしたの。でも司祭さまは長くこの村で働いているのでしょう? たくさんのヒトが、結婚式やお葬式を執り行なっていただいたのでは?」


「そうだね……ギヨームさんやウルスラさんなら、司祭さまを追い出さなくていい方法を考えるだろうけど……あ、畑の仕事をするところだったんだね。手伝うよ」


「ありがとう存じます」


 ◇◇◇◇


 昼食をとりながら、ズザナはガイウスにカンナステラと話したことを説明した。


「まあ……カンナステラの言う通り、確かに俺のオヤジやお袋なら、坊さんを追い出さないで済む方法を考えるだろうが……」


 ガイウスは明らかに顔をしかめている。まあ仕方のないことではある。


「それでいいのか、ズザナ。坊さんの顔を見るだけで怖くなるんだろ。結婚式で誓いをするとき、あの坊さんだったら怖くて誓いの言葉なんて出てこないんじゃないのか?」


「まあ。ガイウスも結婚に乗り気でしたのね」


「そこじゃないんだ。まあそこも大事だけどな。俺はズザナが安心して暮らせるようにしたいんだ。坊さんに怯えていちゃお話にならない」


「でも、いまリッキマルクさんやダロンさんを怖く感じないように、司祭さまの恐れているものや鋼の民を恨んでいる理由が分かれば、怖くなくなるんじゃないかしら、と思うの」


「ズザナは聡いな。俺とは違う人種みたいだ」


「同じヒト、同じ鋼の民でしてよ」


「……そうだな。だから好きになったんだ」


 ズザナがぼっと顔を赤くするのを見て、ガイウスはくひひ、と笑った。

 豚小屋を手伝えることになった話をすると、ガイウスは「これで冬の心配をしないで済む」と穏やかな顔をした。


「さて。メシも食ったしそろそろ午後の仕事にかかるよ」


「いってらっしゃい」


 ズザナはガイウスにキスをした。ガイウスは照れたような顔をして、森に向かった。

 さて、やることがなくなってしまった。ズザナは掃除をして、それからロビンの店になにか面白いものはないか見にいき、女学生が読むような雑誌を売れ残っているからとタダでもらってきた。だいぶ古いもののようだったが薄暗い倉庫に仕舞われていたので新品同様だ。

 開いてみると「いま流行のおしゃれな髪型」というページがある。編み込みにはすっかり慣れていたが、新しい髪型にしてみればガイウスも喜ぶのではないか、と思い、ちょっとそのページを真面目に見てみる。しかしその髪型はコテや髪飾りが必要で、ちょっとここでやるのは難しそうだ。


 そのまま、なにか有益な情報はないか、とペラペラとめくってみる。王都ではずいぶん前に流行って、いまは時代遅れになっている服の型紙だとか、ちょっと材料がなくて作れそうにないお菓子の作り方、ここではおそらく手に入らない化粧品のうまい使い方などが載っている。なるほど、売れ残るわけである。

 それでもめくっていくと「恋占い 貴女の髪の色と目の色、相手の殿方の髪の色と目の色で相性がわかります」というのを見つけた。どれどれ、とニヤニヤしながら、ズザナは金髪碧眼の女と灰髪灰目の男で線を辿ってみた。


「この組み合わせは相性が悪いです きっと別れるでしょう 次の恋を探しなさい」


 占い師の先生の手厳しいメッセージに、ズザナはうっと涙がわいて、胃のあたりが苦しくなった。

 ズザナはそのまま、シクシクと泣き続けた。シクシクシクシク泣いていると、夕暮れ前になってガイウスが帰ってきた。


「どうした、目が真っ赤じゃないか。坊さんになにかされたのか!?」


「違いますわ。これ」


 雑誌を差し出すと、ガイウスはそのページをざっと眺めて、それからアハハハと明るく笑い始めた。


「なんで笑うの!?」


「だって。王都の女学校を出てるヒトが、こんなちゃっちい、本当に占い師が書いたのかもわからないような幼稚な占いでシクシク泣いてたなんて、ちょっと面白くて。しかもこの雑誌、3年前の雑誌じゃないか」


 ズザナはむうーっと膨れた。ガイウスはページをめくり、「ほら、相性が悪いときのおまじないが載ってるぞ」と言ってきた。部屋の中にドライフラワーを吊るすと恋の運気が高まるという。


「ドライフラワー。薬草なら吊るしていますわね」


「な? それに占いとかおまじないとかは事実無根だから信じるな、ってこの村のヒトなら言うぜ。おまじないに振り回されてバカなことをするのは時間の無駄だ。それに」


 ガイウスはズザナの向かいの椅子に座り、ズザナの顔を覗き込んだ。


「俺たちは愛を育てなきゃいけないんだぜ。恋はもうしてるんだよ」


「もう……もう! ガイウスのいじわる!」


 ズザナは泣き笑いで答えた。雑誌は夕飯をつくるカマドの焚き付けにした。(つづく)

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