9 宝石みたいなズザナ
ズザナは、リッキマルクとダロンから懐柔するべきで、そのためには村全体を味方につける必要がある、とガイウスに提案した。
「……でも。俺が豚小屋の分け前をもらえてたのは、オヤジが人格者だったからで……とにかく森に行くよ。そうしないといけないから」
「死の森のお仕事、止めてしまったら村が木で埋められてしまいますものね」
そこはズザナも分かっていたし、最近知ったことだがガイウスの1日働いて銀貨2枚の賃金は王都政府からじかに毎月支給されていた。つまり死の森の手入れをするのはいわば国家事業なのである。
ガイウスが出かけたあと、ズザナはガイウスの小屋の前にある小さな畑の仕事を始めた。雑草をむしって、水をやる。マメはさやが乾いたら収穫で、ニンジンは様子をみて引っこ抜いてくれと言われたがマメはどうなれば乾いているのか分からないし、ニンジンの適切な大きさがわからない。
首をかしげながら畑の世話をしていると、カンナステラがひょこひょこ近づいてきた。
「きのうの晩もお楽しみしなかったのかい」
「ええ。清潔なのがガイウスのいいところですわ」
「じれったいねあんたらは! それよりリッキマルクとダロンと話をしたんだって?」
「はい。2人とも司祭さまの意見は変えられないご様子でした」
「そうかい。あの司祭だってギヨームさんとウルスラさんの世話になっているだろうに」
「ギヨームさんとウルスラさんというのは、どなたですか?」
「ガイウスの両親だよ。ギヨームさんは王都政府から遣わされてきた人でね、死の森の管理と調査を仕事にしてたんだ。その調査の仕事で、この村の連中が『死の森に入ると迷い込んで戻れない』っていう噂をしていたのが事実無根だと分かったんだ。でもそれが証明されてすぐ流行病が広がってね。8年前のことだよ」
「8年前の流行病というと、王都では青カビのチーズが聞くと噂になりましたわね」
「そうなのかい。とにかくギヨームさんもウルスラさんも、すごくいい人で、みんなありがたがってた。それまで森との境目の木を伐って防ぐしかなかったのを、森の中に入れると証明したのがギヨームさんなんだ」
「そうでしたの……」
ズザナは空を見上げた。秋の北方は冷たい青い空をしている。グレイッシュ・ブルーだ。
「ガイウスの仕事だってただの木こりじゃないんだ。王国の守護神の元で亡くなったすべての人が木になるんだから、王国の領土が広がればガイウス1人じゃ手に負えなくなるだろうに、一所懸命に頑張ってる。……そうだ」
カンナステラは懐から貝殻を取り出した。
「これ、くちびると爪を染めるのに使える染料。これつけてガイウスをたぶらかしてはやいとこ懇ろになりな。ちゃんと相手がいるってなれば、司祭さまだってあんたを旅籠の飯盛女にして儲けようとは思わないだろ」
「司祭さまは、そんなことを考えていらっしゃるのですか!?」
「そうみたいだよ。あんたが手元に戻ってきたら、間違いなくそうするだろうってリッキマルクが言ってた。あ、このマメはそろそろ収穫のしどきじゃないかい」
マメを収穫し、ざるに入れて窓辺に干す。
「……ガイウス……」
そうか、司祭がズザナを小さな子供だと偽っていたのは、その企みを看破されないためだったのか。そして鞭で打ち据えたのは逆らう気を失わせるためか。
ズザナの中で怒りがメラメラと燃え始めた。なんとかしてあの司祭に、自分は司祭の思うとおりにはならないと教えてやらねばならない。
◇◇◇◇
ズザナは燻製のニシンを持って、ロビンの店を訪ねた。ロビンは快く、ヨダレを垂らしながらダロンの家を教えてくれた。
戸をノックしようとしたとき、ダロンが怒鳴るのが聞こえた。
「うるさい!! だまれ!!」
ズザナはびくりと体をすくませる。そうだ、ガイウスが言っていた。ダロンは戦争に行って、恐ろしい目に遭ったのだと。
王都の傷痍軍人病院を訪ねたときも、看護師や医師に理不尽に怒鳴る元軍人というのはたくさん見た。きっとそういうことなのだろう。
いったん引くべきか。
いや、ニシンを持ってきてしまったのだ。行くしかない。
「ごめんください」
ダロンが悲しい顔をして出てきた。
「ズザナさんか。司祭さまには取り継がんぞ」
「ガロンさん、これ、お近づきの印に。ご家族に怒っておられたのですか?」
ダロンは、本当に犬猫病院で手当てを待つ犬のように、鼻をピーピー鳴らした。
「違うんだ。ときどき怖いことを思い出して、その時に戻ってしまうんだよ。家族は流行病と戦争でみんな死んだ。ガイウスもいるのか?」
「いいえ。私1人ですわ」
「やはり肝の据わったお嬢さんだ。怖くないのか、おれが」
「王都の騎士団の警備犬そっくりで、かわいいと思いますわ」
「コボルトに犬そっくりって言うとたいてい怒られるから、なるべく言わないほうがいい」
「あら、存じ上げませんでしたわ。失礼いたしました」
「……あんたは、ガイウスと一緒になるのか?」
「いつかきっと」
「そうか。司祭さまに伝える方法を、考えておく」
ダロンに燻製のニシンを渡す。ロビンほど極端に好きなわけではなさそうだが、ダロンは嬉しそうにしっぽを振っていた。
◇◇◇◇
「ダロンの家に行った!? ひとりで!? あいつとんでもない雷オヤジだぞ!? 悪いことされなかったか!?」
「大丈夫でしたわ。至って紳士的に、コボルトに犬と言ってはいけないと教えてくださいました」
「それは俺が教えるべきだったな。すまん」
なぜか反省するガイウスが可愛くて、ズザナはくすりと笑う。
「……なんかきょうのズザナ、いつもよりきれいだしいい匂いがするな」
それはカンナステラのくれた化粧品のおかげだ。なんと色がつくだけでなく甘い香りまでするのだった。
「わたしはずっと美しくていい匂いがしていてよ?」
「そう、そうだな。ズザナは誰よりもきれいだ」
ズザナは嬉しくてにっこりする。ガイウスが思わず目を逸らすので、ズザナは小鼻を膨らませた。
「カンナステラさんが、司祭さまの企みを教えてくださいましたの」
司祭の企みを説明すると、ガイウスは目をむいて「はぁ!?」と大声で言った。
「それでさっさと懇ろになってしまえ、とカンナステラさんが」
「……そりゃハーフリングならそうしてもいいんだろうが、鋼の民はそうはいかないだろ」
「もう、ガイウスの頑固者」
「だって宝石みたいなズザナにそんな乱暴なことはできないよ……」
優しい。でも2人の間にはまだ溝がある。ガイウスにとってズザナは「王都のおひいさま」なのだ。
こちらから猛アタックして、もっと惚れさせてやるぞ。我慢できないくらいに。ズザナはそう思った。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます