7 ズザナは俺のものだ

 その晩もベッドの両端で、最大の距離をとりながら寝た。ガイウスもやっと眠れたようで、ズザナが目を覚ますとガイウスはしまりのない顔をしてすうすう寝ていた。

 その寝顔をしばらく観察していると、視線に気付いたらしくガイウスが目を覚ました。


「おはようさん」


「おはようございます」


 ガイウスはベッドを抜け出し、朝食を手際よく用意した。それを食べながら、きのうまるっと1日サボってしまったのでしっかり働きます、とガイウスは反省の顔をした。


「それで、だ。村の共用の豚小屋の仕事とか、畑の仕事とか、お願いしていいか?」


「豚小屋、ですか」


「嫌か?」


 ズザナは考えた。ズザナも豚小屋で働かなくては、冬のあいだの食料としての豚肉を分けてもらえなくなるのではないか。

 もとよりズザナは動物が好きだ。王都の動物園で見た子豚が可愛かったことを思い出し、「やりますわ。任せてくださいまし」と答えた。


「豚小屋の仕事はカンナステラとかロビンが教えてくれるはずだ。きょうの当番は俺だから、カンナステラやロビンはそれに合わせて当番の予定を入れているはず」


「愛されているんですのね」


「面白がられてるだけだよ」


 ガイウスは笑った。初めて見たとき、司祭のところから助けてくれたときより、ずいぶんと優しい顔だ。


「あんまり見つめないでくれよ。俺は恥ずかしい」


「だって、ガイウスの笑った顔、可愛いから」


「ズザナはもっとかわいいよ」


 またしてもズザナが赤面する番だった。


 ◇◇◇◇


「きのうもなんにもなかったのかい。あんたらどこまで清いお付き合いをしてるんだい。お触りくらいしたっていいじゃないか」


「カンナステラ、ハーフリングのチャランポランな性生活の概念を鋼の民に持ち込むほうが無理だとオレは思うよ」


 村の共用の豚小屋はガイウスの小屋からすぐ近くだ。カンナステラとロビンがいて、ブタの世話のしかたをズザナに教えてくれた。敷きわらを取り替え、豚が出したものを片付け、餌と水をやって、ブラシでゴシゴシしてやる。ブラシで体をかいてもらって、豚は気持ちがよさそうだ。

 飼われている豚はごろりと大きく、王都の動物園の子豚と比較するとそれこそリザードマンなみの驚きではあるのだが、これだけ太った豚が6匹もいたら、繁殖用に2匹残しても村じゅうの冬の備えにはなるだろうな、と思った。


「ここの豚はみんなが可愛がってるからね。きっと肉にしたらすごくおいしいよ」


「豚というのは、可愛がればおいしくなるのですか?」


「そこは諸説あります! だけど、ヒトだって赤ん坊を可愛がれば健康に育つでしょ。それと同じ理屈じゃないかな」


 ロビンが鼻をぴすぴす鳴らした。まるっきし犬である。


「ようし。きょうの当番おわり!」


 カンナステラがブラシを片付け、ズザナは餌を運んでいたバケツを用具入れにしまった。ロビンが豚小屋の鍵をかけて家畜泥棒に備える。これだけ太った豚を盗んでいくのは難しそうだが、リザードマンのように巨大なヒトなら盗めるかもしれない。


「さてと。本業本業……」


 カンナステラは機嫌よく工房に向かった。ロビンもしっぽをパタパタさせながら店に向かうようだ。ズザナは草むしりを頑張った。


 ◇◇◇◇


 さて、ズザナがガイウスの小屋で暮らし始めて少し経った。相変わらずお触りすらナシではあるのだが、ズザナとしてもいきなり接触を持つのは怖い気持ちもあったのでそれは歓迎している。


 2度目の豚小屋当番の日、ズザナは豚小屋の前に立ち尽くしていた。豚小屋の戸に、木の板が横長に、柵のように釘で打ち付けられている。

 その高さは乗り越えるのもくぐるのも、鋼の民には難しい高さだ。ハーフリングや小柄なコボルトなら簡単に潜れるし、大柄なコボルトなら高い運動能力でひょいとジャンプして入れるだろう。


 ええっと。


 ズザナが立ち尽くしていると、向こうからカンナステラが現れた。


「なんだいこりゃ」


「分かりませんわ。きょう来たらこうなっていて」


「どうしたのさ、お葬式みたいな顔して」


 ロビンがやってきてその様子を見る。そして鼻を鳴らして、「ああ、これは……」と言葉に詰まる。


「司祭さまとその取り巻きの仕業だ。きのうの夜、豚小屋の前でなにやらコソコソ話をしてたんだ。まさかズザナさんとガイウスを腹ペコにするためだけに、こんなことをするなんて」


「なんで止めなかったのさ」


「だって眠かったんだよ。燻製のニシンでお腹いっぱいだったし。夢にも燻製のニシンが出てきてね、そりゃもうおいしくて」


 またよだれをたらしはじめたロビンはともかく、どうにかしないとズザナとガイウスは冬に飢えてしまう。

 ズザナは、いつになく真剣に怒っていた。こんなに怒ったのはいつ以来だろう。司祭に折檻されていたときは怒る気持ちなど全く湧かなかったが、いまなら激怒できる。

 ズザナはえい、と板にパンチした。ゲンコツが痛いだけだった。


「ロビン、ガイウスを呼んでこれるかい?」


「もちろん呼んでくる。カンナステラ、あとで燻製のニシン奢ってくれよ」


 ロビンは『死の森』へと駆けていった。すごく足が速かった。


「豚の世話はあたしがやっとく。ズザナさんはガイウスが帰ってきたら一緒に……いや」


 司祭館に行け、と言うつもりだったのだろう。


「大丈夫ですわ。司祭さまとはいずれきっちり話をつけねばなりませんもの。わたしを虐待した対価まで払わせてやりますわ」


「……ズザナさんって、強い女なんだねえ」


 ◇◇◇◇


「ズザナ!」


「ガイウス、豚小屋が鋼の民だけ入れないようになっているんです。ロビンさんが言うには司祭さまとその取り巻きの仕業だろうと」


 ガイウスは唇に歯を立てた。小さい子供のような表情だった。


「くそっ。どこまでクズなんだよ、あの司祭!!」


「いまここで怒ってもどうにもなりませんわ。司祭さまのところに向かいましょう」


「いいのか、ズザナ。お前がつらい、怖い思いをしたところだろう」


「ガイウスがいれば地獄の火の中だってへいちゃらですわ」


「……ズザナ、俺はそこまでの信頼に応えられるだろうか? 俺はズザナが好きだけど、すべてから守れるわけじゃない」


「いいえ。ガイウスはわたしを全てから守るのですわ。これからそうなるのです」


「そうか。……そうか。そうだな、ズザナは俺のものだ」


 二人は手を繋いで、空いている手を拳に握り固めて、司祭館に向かった。(つづく)

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