3 俺と一緒に暮らすんだ
上着をかけられて、ズザナはどうしてだろうと思った。
ちらとガイウスを見ると、ガイウスは照れくさそうな顔をしていた。
「だってあんた、背中がズタボロだ」
そうだった。痛くないのですっかり忘れていた。そう言ってズザナが笑うと、ガイウスは恥ずかしそうな顔であさってのほうを向いた。
さて、ロビンの店、というところに着いた。そこは旅籠の横で、祭司館の斜向かいにある、小さな小さな商店だった。王都で主流になっている、客が自由に商品を選んでいい店ではなく、店主に声をかけて出してきてもらう古いスタイルの店のようだ。
「おーいロビン、いるか」
「いるぞ。ちょっと待て」
コボルト特有のちょっとわふわふした声が聞こえた。カウンターからひょこっと顔を出したのは、白黒ブチ模様のコボルトだった。
「お? 噂のおひいさまじゃないか。略奪愛か」
「違う。女もののブラウスはないか? 祭司に背中を鞭で打たれて血まみれのボロボロになってしまったんだ」
「うーんと。たぶんマリン婆さん用に仕入れて売れ残ったやつがあったはずだな」
「マリンおばあさんはわたしがそれを買っても困らないの?」
「死人は困らんよ。マリン婆さんはこの村でいちばん体格のでかいコボルトだったんだ。オレたちコボルトは体格がバラバラだからな」
白黒ブチ模様のコボルト、ロビンは店の奥に向かう。しっぽがぱたぱた揺れている。ズザナは、ロビンというコボルトは子供のころわがままを言って飼っていた座敷犬に少し似ているな、と思った。
店頭で注文書を突っ込んである箱に、実家の紋章が入っていることにズザナは気付いた。ミューラー家。いまでは奪われてしまったズザナの姓だ。
「あったよ。その箱が気になるかい?」
ロビンはブラウスを取り出し、毛がもじゃもじゃした手でズザナに当てる。少し大きそうだがちょっと詰めれば着られそうだ。
「この箱はなにが入っていた箱ですの?」
「ミューラー社の鉄砲用の火薬だよ。でもつい最近ミューラー社は潰れちまったらしいね。箱が丈夫で物入れにするのに便利だったんだが」
実家がかつて武器弾薬を扱っていた、ということに、ズザナは少なからずショックを受けた。
「ところでお嬢さん、名前はなんて言うんだ?」
「ズザナですわ」
「ふーん。ガイウスと一緒に暮らすのか?」
「……わかりませんわ」
「ず、ズザナはお、俺と一緒に暮らすんだ」
やや慌てているガイウスを見て、ロビンは口の片方だけちょっと吊り上げた。牙がたくさん並んでいる。
「まあせいぜい頑張ってくれ。お代はいいよ、どうせ着るヒトがいなくて余ってたんだ」
「ありがとう存じます」
「ありがとうロビン。ならセロリアックとジャガイモをくれ」
「あいよ。銅貨2枚な」
ズザナの見たことのない、ゴツゴツと石のような、ネットに入った野菜をたくさん買って、ガイウスは銀貨を一枚差し出すとお釣りに銅貨を8枚もらい、二人は小屋に戻った。
「腹が減ったろ。昼飯作るよ」
ガイウスはゴツゴツした野菜をネットから取り出し、皮をむいて、一方はスープに、もう一方は茹でて潰して、カンナステラからもらったバターを少し入れて、それを器に盛って出した。
色合いに乏しく質素な料理だったが、そこに愛情がこもっているとズザナは理解した。少なくとも、あの家の料理人が作って女中が運んでくる料理よりかは、ずっと愛を感じる。
「いただきます。神の祝福がありますよう。神に感謝を」
ズザナはスープをすすった。
鞭で打たれた痛みで忘れていた。ほとんど食事らしいものを与えられらなかった司祭館に比べて、なんていいところだろう。
「いただきます……ズザナ、いちいち神の祝福とか感謝とかなんて祈らなくていいんだぞ」
「だってそうしろと司祭様が」
「……コップ1杯の牛乳と黒パン1切れみたいな食事に、金持ちの娘が感謝を捧げているのを滑稽だと思って、腹の底でゲラゲラ笑ってたんだ、あの司祭は。少なくとも俺は神というものを信じない」
「そうでしたの。ごめんなさい」
「い、い、いや、祈りたいなら祈ればいい。好きなようにやってくれ。俺が神を信じないのもあんたが神を信じるのも自由だからな。謝らないでくれ」
「わかりましたわ。……蓄えがあるようでいらっしゃるけど、ガイウスさんはなんのお仕事をしていらっしゃるの?」
「木こりだよ。向こうに見える『死の森』で、生えてくる木を適宜切るという仕事をしてる」
「木こり。おとぎ話でしか存じませんわ」
ハハハ、とガイウスは笑う。
「まあ普通の木こりとは少々違うな。あの森は、ヒトが死ぬと木が生えてくるんだ。どんな種族でも、男でも女でも、年寄りでも赤ん坊でも……」
「それなら毎日大忙しなのではなくて?」
「木は最初は芽なんだよ。ほとんどはそれ以上大きくならない。動物が食べたり、俺が踏んづけたりするからな。若木が生えているのに気付いたら切る。うっかり木になっちまったら切り倒して材木にする。それを親父の代からやってた。賃金は1日働いて銀貨2枚だ」
「まあ、大変そうなお仕事……」
ガイウスは寂しげに、窓の外に広がる森を見た。赤や黄色に色づいた森は、秋であることを示している。
「だれかがやんなくちゃいけないことだ。それにこの村には娯楽がないから、金は溜まる一方だ。賭博でスッカラカンになるなんてこともない」
「それはそれでもったいない感じもしますわね」
「そうか? うん……あんたのために使うよ。ロビンの店で好きな服の布地でも買って、カンナステラに仕立ててもらうといい」
そんな話をしながら、セロリアックのスープとマッシュポテトを食べる。セロリアックは芋のように見えたがセロリの味がする不思議な野菜だし、マッシュポテトはじんわりとうま味がある。
ガイウスは仕事をする、と言って、斧をかついで出ていった。
ガイウスの小屋に残されたズザナは、言いようのない寂しさを感じた。
ガイウスが働いている「死の森」は、紅葉して美しい。ズザナはとても軽い気持ちで、ガイウスを探しに家を出た。(つづく)
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