2 素直なところ

 同じ年ごろの同族を見たことがない、というガイウスの境遇は、ズザナには一瞬理解し難かった。どういう人生を送ればそういうことになるのだろう。


「同じ年ごろの同族を見たことないの、なんでだろうって思ってるんだろ」


「ええ」


「……あんたのそういう素直なところ、やっぱり王都のおひいさまって感じだな」


「おひいさまではありませんわ。わたしの父は商人ですもの。それよりどうしてずっと独りでいらっしゃるの?」


「そうか。……オヤジもお袋も流行病で死んで、俺は孤児になったんだ。テクゼ村の鋼の民は俺の家族だけだったからな……この村に来たのはオヤジの仕事の都合でな」


 孤児になったあとは必死で1人で生きてきた、とガイウスは語る。


「あの司祭だけじゃなくて、この村のハーフリングとコボルトはだいたいみんな鋼の民が嫌いなんだ。だから俺に手を差し伸べたのは」


 どんどんどん、と小屋のドアがノックされた。あの司祭が追いかけてきたのでは、とズザナは体をこわばらせた。


「ちょいと! ガイウス、いるんだろ! おひいさまも!」


「……教える前に本人が来た」


 ガイウスはため息をついてドアを開けた。


「ガイウス、あんた大胆だねえ! 確かに毎日司祭館からおひいさまをいじめる声は聞こえていたけど……ほら、これ! おひいさまにバターもジャムも塗らないパン出すんじゃないよ!」


 赤毛のハーフリングの女だった。ハーフリングなので子供のような体格をしており、手にはジャムとバターの瓶が握られている。


「あの、あなたは」


「この人はカンナステラだ。俺におせっかいを焼いて大人にしてくれた人だよ」


「カンナステラ『さん』だ、ガイウス」


「ごきげんよう。ズザナと申します」


「ズザナさんね。オーケードーキー。見たとこガイウスと同じくらいの年ごろなのかね?」


「おそらくは」


 ガイウスがそう答えた。ズザナはどうしてガイウスが「おそらくは」と答えたのか考えて、同世代の鋼の民との接点がほとんどなかった、とガイウスが言っていたのと、自分ではカンナステラの年ごろがよくわからないことを考えて答えた。


「わたしは18歳ですわ。来年貴族の殿方と大きな結婚式を挙げる予定でいたのですけれど、父の会社が……倒産? して、父は贈賄の罪で捕えられて、ここに送られてきましたの」


「18って鋼の民の娘っ子がいちばんきれいな年ごろじゃないか。やるねえガイウス。こんなきれいな金髪に宝石みたいな青い目した女の子捕まえてくるなんて。あんたハタチだろ? 付き合っちまえよ」


「恐ろしいこと言わないでくれカンナステラ……さん。こんなきれいな人、俺とは釣り合わない」


「そうかい。まあ一つ屋根の下に年ごろの同族の男女がいれば最終的にそういうことになるはずだから、あたしゃニヤニヤして眺めるよ。いいかいガイウス、ズザナさんに炙っただけのパン出したらあたしが怒るからね。たっぷりバターとジャムを塗るんだよ!」


「なんで今から怒られてるんだ……」


「あの、バターとジャム、ありがとう存じます」


「いいってことよ。そのジャム、その辺のツルコケモモで作ったやつだからうまいかどうかは保証しかねるし」


「ツルコケモモ……?」


「地面の低木に生えてる果物だ。そのままだと酸っぱいからキビ砂糖ぶちこんでジャムにして食べる。花が鶴の頭に似てるからツルコケモモ」


「へえ……北にいくとずいぶんいろいろ珍しい食べ物があるんですのね。ツルコケモモ。キビ砂糖」


「食べてるうちに珍しくなくなるよ。それにしてもあの司祭、なんで18になる娘さんを小さな子供だって偽ったのかね」


 カンナステラが小さな子供がなぞなぞの答えを考えるような顔をした。

 どうやらカンナステラは居座る気なのだろうなと思ったらしいガイウスが、壁に干してある薬草を取ってヤカンに突っ込み、水を入れて沸かしはじめた。


「お茶淹れてくれんのかい? 悪いね」


「カンナステラ……さん、仕事はいいのか?」


「きょうは休業! 世話焼き休業!」


 世話焼き休業。なんだそれは。

 おかしくなってズザナはクスリと笑った。


「……!」


 ガイウスがそっぽを向く。


「へえー。同族以外の美醜はわからんもんだけど、ズザナさんはきっと恐ろしい美人なんだろうということがガイウスの顔で分かった」


 ガイウスが慌てて、沸かしたお茶を木製のカップに入れて配った。なるべくズザナの顔を見ないようにしている。


「わたしのこと、お嫌いになった?」


「い、いやその、」


「ズザナさん、こいつはね、初めて見る同世代の同族がえらい美人の女の子で、そのせいでカチコチになってるだけさね。慣れればちゃんと顔を見てくれるよ」


「カンナステラ……さん、余計なことをいろいろしゃべらんでくれ、俺は恥ずかしい」


「じゃあ『カンナステラ』と『さん』の間のビミョーな間を無くすこったね」


 カンナステラはお茶を啜った。ズザナもお茶を飲んでみる。ほんのり甘酸っぱくておいしい。


「おいしいお茶ですわね」


「ただの薬草茶だ。珍しくもなんともない」


 ガイウスがズザナと目を合わせようとしなかったので、ズザナは褒めるところを間違えてしまっただろうか、と考える。


「そうだ、ズザナさん。着るものの替えが欲しいだろ、ブラウスの背中が血まみれだし」


「この村にわたしのサイズの服ってあるのかしら?」


「うーん。コボルトの大柄なやつ向けの服なら着られるんじゃないかな? ロビンの店で売ってるんじゃないかい? なければ最悪、型紙と布地があればあたしが作れるよ。いつでも言いな」


「カンナステラさんは手先が器用なんですのね。わたくし、女学校のお裁縫の授業はからっきしで」


「そりゃハーフリングでふだん宝石を磨く仕事をしてりゃこうもなるし、おひいさまが裁縫なんてするもんじゃない。旅籠のすぐ裏に家と工房があるから、なんか困ったことがあったらすぐにおいでね」


 カンナステラは機嫌よくガイウスの小屋を出て行った。


「じゃあ、ロビンの店に行ってみるか」


 ガイウスが立ち上がり、棚の上の大きな瓶から銀貨を2枚とった。そしてズザナに、ガイウスが自分の上着を羽織らせた。(つづく)

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