『静謀日和』

@chika1116

プロローグ「サングラスとポケカと7歳児」

「パパ、それ、死体じゃん」


助手席の詩乃が、ポケカのファイルを開いたまま、道路脇のブルーシートを指さした。


「ちょっと、そういうこと言うな」


「でも絶対そうでしょ。警察いっぱいいるし。なんか、サングラスかけてたし」


「見えたの?」


「うん。顔半分だけ見えた。サングラスだけ浮いて見えた。なんか映画みたいだった。……ていうか、あれって殺されたっぽくない?」


「やめなさい、“殺されたっぽい”とか。小2の言うことじゃない」


「じゃあ“お亡くなりになられた感ある”でいい?」


「もっとダメだよ」


信号が青に変わって、車を走らせながら、俺はちらりとバックミラーを見た。詩乃の目はまっすぐだった。

怖いとか、不安とか、そういう感情は見えなかった。ただ――ちょっと、楽しんでいるようにも見えた。


「てか、サングラスかけたまま死ぬって、なんか変じゃない?」


詩乃がポツリと言った。


俺も、それは思っていた。



「見て、今日のMVP」


詩乃がスリーブごと差し出してきたのは、真っ白な1枚のカードだった。

レシラムのBWR。背景もフレームも白で、ポケモンの輪郭だけが銀色に浮かび上がる。

派手さは一切ない。ただ、白くて、静かで、綺麗だった。


「これ、持ってきちゃったのか」


「は?“持ってきちゃった”とか言わないでくれる?これは“常に持ってるもの”なの。汚い大人にはわかんないかもだけど」


「……すみませんでした」


「ちゃんと反省して。レシラムに謝って。あと私にも」


助手席の7歳児に説教されながら、俺は苦笑いする。


朝から、なかなかにハードだ。



たしかに、あのサングラスはどこかで見たことがあった。

でも、それが“誰の”ものだったのか、まだ思い出せなかった。


ただ、胸の奥に何かひっかかっていた。


“お前、覚えてる?”


昔、誰かにそう言われた気がした。

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