誰とも居たくない
小狸
短編
私は、駄目な人間である。
何も証拠無しに言っているという訳ではない。
精神疾患で、生活保護で、障害年金を受給して、仕事もせずに生きている。
そういう私が、高い自己肯定感を持って生きているという事実を、世の中は許さないのである。
精神病に理解のない人たちからは「本当に病気なんですか?」と疑われたことがある。
だから私は、自己紹介する際は接頭語のように、駄目人間です、と言うようにしている。
そうすることで、自己肯定感の低いままの自分で、いることができるから。ようやっと、世の中に存在することを許されるから。
家族とは縁を切った。
最近は毒親という言葉が人口に膾炙してきたけれど、もうそれどころではない親だった。
教育虐待、暴力、暴言、夫婦間の不仲。
そういったものが当然のように飛び交う家庭で、少なくとも「ただいま」なんて心から言える場所ではなかった。
この人達と一緒にいたら、自分は確実に不幸になる。
そう思って、社会人数年目で、縁を切った。
友達や、頼れる人は、いない。
社会人数年目、私が精神疾患になるきっかけになった――ある男性上司からの性的暴行を受けて、私は人を信用するということができなくなってしまった。
他人は基本、私に嘘を吐いている。
他人は基本、私を誑かそうとしている。
他人は基本、私を貶めようとしている。
他人は基本、私を害しようとしている。
そんな風な固定観念が、べっとりと私の脳裏にこびり付いて離れない。
もう私は、一人で電車に乗ることもできない。
大学時代、社会人数年目までは、何とか普通でいようと努力したものだった。
普通の、どこにでもいる社会人の女として、生きていけるはずだった。
いや、どうだろうか。
一説には、環境が人を作るのだ、と論ずる人もいる。
既に私という個は壊れきっていて、もう秒読みの段階だったのかもしれない。
そこで性被害に遭い、私という個は、完全に崩壊した。
こんなことを言うと、誰しもが、「誰かに相談しなかったのか」とか「誰かに助けを求めなかったのか」とか、定型句のように言ってくるけれど、それはお門違いも甚だしい。
だって、私の苦痛なんて、悲劇なんて、被害なんて、感情なんて、誰も聞きたくないじゃないか。
積極的に負の感情や相談を聞きたい人なんて、いる訳がない。
それを聞き入れ、解決に導くのは、それこそ専門医の仕事である。
一応、週に一回、精神科に通っていて、薬も処方されているけれど、医師と話すのだって、たったの数十分である。それで全てが解決すれば、この世にはここまでメンタルクリニックが開設されてはいないだろう。
皆はきちんと仕事をしているのである。世の中のために働いているのである。そんな人々の邪魔をして、貴重な時間を割いて、私の話を聞いてくれる人なんて、いると思えない。それに、言われる言葉なんて、大抵分かっている。「可哀想だね」「辛いね」「苦しいね」「しんどいね」。共感できないのに無理して共感をしていることくらい、朴念仁の私にも分かっている。
話せば楽になることと同様に、話せば辛くなることもあると、私は思っている。
私の場合は後者だ。
あの時何もできなかった、誰にも助けを求められなかった、結果として誰も裁くことができなかった、そんな弱い自分が、悔しくて悔しくてたまらない。
同時に、憎いとも思う。
私に性加害をした輩は、まるで至極当然のように、当たり前のように生きている。どうして死なないのか? 私を精神的にも社会的にも滅茶苦茶にしたというのに、当然のように仕事を続けて、昇進もして、皆から賞賛されて、平然と生きている。
憎くないはずがない。
殺してやりたい。
死ねばいいんだ。
皆、死ねば良いんだ。
それを思い出して、そんなことを思う自分が嫌になって、また自己嫌悪のループに陥る。
そんな私に、誰かと一緒にいる資格があるとは、到底思えない。
私は、独りだ。
(「誰とも居たくない」――了)
誰とも居たくない 小狸 @segen_gen
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