第2話 ライラ:種族人間?。


 血抜きなどの作業は獲物を狩ってすぐやるのが望ましい。とはいえ人肉の血抜きをしているところを目撃されても困る──セーラとの約束があるので、目撃者を始末して口封じできないので。


 そこでまずは汎用スキルの《収納》を使って、素早く死体を回収する。


《収納》では、生き物以外の物体を異空間に収納できる。つまり死体を運ぶには適しているが、難点もある。あいにく《収納》で保管中も劣化は避けられない。だからできるだけ早く、自前の冷凍室に運搬する必要があるわけだ。


 さて。トマスの人体を、《収納》──しようとして、失敗する。『生命体は保管できない』に引っかかったようだ。


「あれ。まだ虫の息だったんだ。てっきり死んだかと。これは失礼したね」


 トマスがかすれた声でなにやら言葉を発しようとする。飽きずに命乞いだろう。


 ライラは、「あー、いいから、いいから無理しないで」と、当人としては親切で言って、トマスの喉の肉を引きちぎった。新鮮な生肉をぺろりと舐めとってから、今度こそ息絶えたトマスを《収納》する。


 それからトマスの犠牲者の死骸を見やる。ここで放っておいても、ゴブリンか動物の餌になるだけ。ならば、ライラのご馳走に化けたほうが、この死んだ女のためでもあるのでは? とも思うが、セーラとの約束は絶対だ。


 喰べていいのは、『生きる価値のない冒険者』だけ。


 ところでライラは、朝からトマスを監視していた。だからこの犠牲者が襲われようとしたとき、助けに入ることもできた。

 だが、それはライラの役割ではない。なにも被害にあう者たちのために、外道に落ちた冒険者を食らっているのではないのだから。


 セーラもライラに『正義の味方』になることまでは求めていない。種族の生き方に反することまで求めないのが、セーラの美徳なのだ。


「さ、帰ろっと」


 ※※※※


 歓楽都市〈キャッスル〉。推計人口は約12万。〈無為〉の王国では、王都に次ぐ第二の都市。


 また歓楽都市の名に恥じぬ娯楽要素──ギャンブル、闘技場、ぴんきからきりまでの娼館の数々──などなどで、国内外からの年間観光客は50万をこえる。

 かくして都市の犯罪率も、二位をぐんと引き離しての第一位。


 そして魔物とは、人間の悪業に引き寄せられるところがある。そのために〈キャッスル〉周辺の魔物の生息率もとびぬけて高い。


 よって──ここからが重要なのだが──魔物を討伐する者たち、すなわち冒険者数も国内断トツ。母数が多ければ、それだけ『生きる価値のない外道な冒険者』の数も増えるわけだ。


 ただし、ライラが〈キャッスル〉一帯を狩場にしているのは、そのことが理由ではない。もっと単純な理由。大好きなセーラ、彼女が司祭として配属されているのが、この都市内の教会というだけのことで。


〈キャッスル〉に戻ってライラが向かったのは、小さな貸し倉庫がずらりと並んでいる一画。

 ライラも手狭な倉庫をひとつ借りていて、『ライラ・ハメット』としての私物が保管されている。


 ところでライラは、正しくは『ライラ・ハメット』ではない。かつては『人類を絶滅するまで食べる』と恐れられ、≪絶滅喰い≫などという風評被害的な通り名を冒険者協会から頂戴していた。ただもちろん、それもライラの真の名ではない。


 とにかく『ライラ・ハメット』とは、もらい受けたものだ。本物の『ライラ・ハメット』は、16年前、僻地の村で家族ともども死んでいる。ライラが食らったわけではなく、流行り病で。


 セーラのため人間に『化けて』いくことにしたとき、容姿は問題ではなかった。人食い鬼グールとして202歳のライラだが、姿かたちは人間の十代後半の少女と同じ。


 そもそも人食い鬼グールは、餌である人間に警戒心を抱かせぬよう、魔物のなかでも、もっとも人間と似た姿をしている。たとえば、気取った種族のエルフ以上に。


 そう、外見は問題ないが、身元がひとつの問題ではあった。〈無為〉の王国は戸籍制度があるので、小さな村とかならともかく、大都市で暮らすには国民としての身分証が不可欠。


 そこで、16年前に病死した『ライラ・ハメット』に復活ねがうことにしたわけだ。彼女の故郷の村は流行り病で全滅に近く、そこで唯一『ライラ・ハメット』だけが生き延びていた──という偽装。見破られる心配は、ほぼあるまい。


 あとは『ライラ・ハメット』にふさわしい市民証を再発行してもらい、税の未払い分を収めただけで、晴れて彼女はライラ・ハメットとなっていた。

 ガド村出身、現在16歳──種族は、人間。


 そう、見破られることはない。 ≪絶滅食い≫として活動していたころ、妹の助言に従い、仮面をつけて顔を隠していたのもよかった。仮にライラの顔を見たものがいたとしても、それらは『餌』となって食い散らかされたあとだ。

 あのころは、目に映る人間はまず喰らった。人喰い鬼の魔物的な消化効率によって。動く人間は、女も子供も餌食にしたのだ。


 さて。

 このライラ名義の貸し倉庫内には、秘密の入り口がある。魔錠が設置されていて、開錠するためにはライラの遺伝子情報が必要となる。


 秘密の入り口を通ると、ライラ自慢の作業スペースがある。解体と厨房、そして冷凍室。冷凍室には常時発動の環境魔法で温度を調整している。


 ライラは口笛を吹きながら、トマスの死体を取り出した。普段はまず四肢を切り落とすが、今回は殺す前に千切ったので省略(もちろん千切った手足も《収納》しててきた)。


 トマスを逆さづり用のフックにかけて、頸動脈を切り、あとは重力の仕事。血抜きを終えたところで、独自に編み出した洗浄魔法をかける。これは人体の排泄物などを事前に排除するための大事な工程。それから脊髄を取り除き、つづいて内臓を取り出す。白物(胃や腸)と赤物(心臓や肝臓)。

 

 それから皮を剥ぐ。

 ライラの持論だが、人の皮をどこから剝ぐかで、その人食い鬼グールの性格がわかる。ライラは、首筋に一本切り傷をつけて、そこからぺろりといく。性格判定は、平和主義。

 皮剥ぎも慣れてくると、途中で千切れることなく、要所で切りこみをいれつつ、くるくると綺麗に一枚を剝ぎ取っていくことができる。


 解体作業は無心になれるから、けっこう好きだ。ただ残念ながら、これから仕事なので、じっくり料理して食べている時間はない。そこでまずは解体作業を終えた肉を小分けにして、冷凍室に保管していく。


 最後に、厨房に残しておいたトマスの人体部位、大好物のハラミ横隔膜を焼いて、冷蔵スペースから取り出した作り置きのタレをかけていただく。

 ハラミは人肉の味が濃く、旨味がたっぷり。ほどよく弾力がありながらも、乳房のようにやわらかい食感がある。


(トマスくん、君はなかなかに良い味をしているね。いい子だ)


 ひとまず堪能してから、ライラは貸し倉庫を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る