第3話 神を信頼する者は失望させられることはない

 聖書は目に見える永遠の書物だが、目には見えない神をどうやって信じろというの?

 千尋は、ときおりお地蔵さんに手を合わせる人を見て、敬虔な印象を受けたものだが、同時にお笑いコントのような滑稽なものを感じる。

 いわしの頭も信心次第という言葉があるが、人間がつくった石像を拝んで何になるのだろう。

 いや、やはり溺れる者はワラをもつかむというが、なにかすがる対象が欲しかった違いない。

 人にガミガミ正論を説教しても届かないから、自分のどうしようもない悲願を、叶えてくれる何かが欲しいのだろうか。

 ときどき、動かない人を地蔵と揶揄したり、意味不明の読経をわけのわからん唱えなどと皮肉ったりするが、結局効果が見られないからであろう。

 しかし現代は、墓じまいと同様、地蔵じまいが進んできて、商店街にある地蔵もいつのまにか閉鎖されている。

 昔の地蔵盆踊りも、今は開催されていない。


 沢崎牧師は、まことの神を信じて変えられたという。

「私は神のみに仕えようと祈り、また同級生の助けを受けて神学校を三年で卒業しました。学院長や先輩牧師から牧師になるための按手を受け、自宅の倉庫を改造して、自ら教会を興しました。最初は誰も訪れませんでしたので、家族五人で毎週礼拝を捧げるだけで、まさに開店休業状態でした」

 まあ、そうだろうなあ。

 日本は神道の国であるので、牧師は社会的には非常に低い立場でしかないという。

「でも、私はこの世で一人しかいない唯一の存在である。神は人を誰かのコピー版としてつくったのではない。

 人の真似ごとではなく、私にしかできないことがある筈だという言葉を信じ、祈り続けました」

 失礼ながら、沢崎牧師は元反社という看板を背負っているので、世間には頼るものはなく、神のみにすがって生きるしかない。

「そうしているうちに、ホームレスや麻薬中毒で悩んでいる家族を持った人が集まってきました。ホームレスには、風呂を与えてやり、麻薬中毒の人は私の体験を活かし、祈ることによって、なんとか解決できました」

 教会には牧師と似た人が集まってくるというが、まさにその通りだなあ。

「その次は、元暴走族少年院二度収容歴の青年がやってきました。

 彼は、暴走族時代、ナイフで人を刺すという凶暴なことをしでかし、人刺し男、ナイフ使いの名人と呼ばれ、得意になっていましたが、

 彼は、私と同じ神学校を卒業して牧師になり、今は自ら教会を興しています。

 まさに奇跡ですね」

「イエスキリストを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」(聖書)


 沢崎牧師は話を続けた。

「彼は暴走族時代、シンナーに酔っ払い、ナイフで人を刺すという凶暴なことをしでかし、人刺し男、ナイフ使いの名人と呼ばれ、得意になっていましたが、ある日、刺した相手がなんと反社組長の息子だったのです。

 当然ながら、組長は怒り組員を総動員させ、彼を殺すように命じましたが、幸いにもグッドタイミングで、彼はそのとき少年院に送られたのです。

 彼はそれまで、宗教を一切信じていませんでした。

 世に神がいるなら、なぜこんなに不公平なんだ。なぜ、オレの家庭は恵まれないんだろうと悲観していました。

 しかし、少年院で聖書を読み、希望をもつようになり、変わっていったんです」

 まさに

「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」(ヘブル4:12)


 沢崎牧師は話を続けた。

「彼は、そういったことが原因で私が牧会している教会に訪れたんです。

 彼は初めは、元暴走族であることを隠し、オーバーオールのジーンズを履いて礼儀正しい青年としてふるまっていましたが、やはり目つきが違うんですね。

 ワルにはワルの匂いがわかるというもの、私はすぐ彼が元ワルであったことを見抜くと、彼はそれまでの話をしてくれました。

 彼は元反社ならではの私だから、彼のヘビーな話にも恐怖にビビることなく納得して受け入れてくれたと喜んでくれました。

 そののち、彼は私の勧めもあり、私と同じ神学校を卒業し、現在は教会を興し、彼と同じ立場にあった少年たちの更生活動をしています。

 しかし、時代が変わっても覚醒剤問題は難しいですね」

 千尋はまたまた、ヘエッと驚嘆した。

 やはり、聖書によって人生が変わる人は多いんだなあ。

 千尋も一度、読んでみよう、いや読んでみる必要があると痛感した。

 

 沢崎牧師は、神妙な顔で話を続けた。

「私は、神にこの身を使って下さいと祈ったのです。

 いろんな人に福音を伝えるためには、頭も鍛えておかなければなりません。

 そして、もっと神学を学びたく、高いレベルの神学校で今、勉強中です。

 以前通っていた寮制度の神学校の学院長からは、私が決して点数の高い優等生ではなかったに関わらず、推薦状をかいて頂きました。

 今は高学歴者の信者に向かって、英語どころか、まったく慣れないへブル語やギリシャ語もうんうん言いながら覚えていっています。

 日本語と似た部分もあるんですよ。たとえば第三者を示すとき「アンダー」というが、日本語でもあんたと言うでしょう。

 まあ、日本の文化ーお神輿や神主の衣装はユダヤ文化から生じたといいますがね」

 元反社が、牧師として高学歴者を相手に福音を伝えるとは、なんだか前代未聞の快進撃を始まりそうである。

 

 沢崎牧師は話を続けた。

「反社の世界では、親分の言いつけは絶対です。

 親分から白いカラスが飛ぶというと、ブラックな状況でも白、いわゆる有罪であっても、むりやり無罪とするのです。

 でも、そこで良心の呵責を感じ、麻薬中毒になってしまうんですね。

 反社と麻薬、これは切っても切れない関係です」

 やはり反社の世界は、生易しいものではないが、どこまでも負の世界である。

 借主のことを負債者というが、どこまでも罪の負債から逃れることはできない。

 沢崎牧師曰く

「昔は、反社の代紋は水戸黄門の代紋の如く、振りかざすだけで相手が頭を下げたものですが、現代は警察に通報されれば一貫の終わり。

『私は反社ではありませんが、反社と関係のある人物です』と発言した時点で、営業停止。これは冗談でも、酔っ払った上の言葉でも、かわりはありません。

 また企業の場合は、反社と関係があるという噂がたった一か月後、倒産という悲劇に見舞われます。

 現実に芸能人でも、反社と関係があるとスキャンダルのたったタレントは、みな干されているでしょう。

 山城新〇、板東英〇、吉幾〇、いちばん著名な例は島田紳○ですがね。

 私のような元反社でも、神に用いられることができるとは、まさに

「すべてのことはイエスキリストに働いて益となる」(ローマ8:28)の御言葉を実感しています」

 危険なこともありますが

「あなたの主である神の私が、あなたを支え、

『恐れるな。私があなたを助ける』と言っているのだから」(イザヤ41:13)

「イエス様がいるから大丈夫です」

 あっ、この言葉は麻薬中毒で医療少年院に入院したとき、イエス様にめぐりあった当時十九歳の女性の言葉ですがね。

 彼女は、少年院を退院したのち、神学校に通い始めました。

 フラッシュバックなど覚醒剤の後遺症もあったが、紆余曲折を経て神学校を卒業しました。

 なんとその女性の力で、反社の組が解散したという例もあるんですよ。

 二十歳やそこらの一見おとなしめの女性の影響で反社の組が解散するとは、やはりイエスキリストの御力ですよ」


 沢崎牧師は、晴れやかな表情で話を続けた。

「私は今、麻薬中毒と少年院や少年鑑別所などの強制施設出身者のケアをしています。よくそういった子の母親がいらっしゃいます。

 こういうときこそ、親の度量が問われます。

 わが子を変えようと思えば、親である自分が変わらなければいけないですね」

 子は親の鏡というが、やはり親の生きざまが子に現れるのかもしれない。


 千尋はある意味、自由である。

 女性は誰でもセックスしたり、妊娠したりすると、それに縛られてしまう。

 女性が好きになるタイプはただ一つ、老若男女問わず自分の話を聞き、どんなにやましいことを話しても嫌な顔ひとつせず、見放さすことなく、親切にしてくれる人である。

 例えば、水商売のホストやキャストは、芸人の如く自分が相手に面白い話をするのではなく、相手から話させるように仕向けるのである。

「この人は私をわかってくれる、世界で唯一の理解者に違いない」と思った時点から、相手が信頼するにふさわしい善人に見えてくる。

 心にやましさのある人ほど「私にはこの人しかいない」と相手に依存し、言いなりになってシャンパンなどを入れ、極めつけに百万円以上もするシャンパンタワーを注文し、気が付くと借金だらけになり、風堕ち(風俗堕ち)泡まみれ(ソープ行き)になってしまうのである。

 相手が素人だと、やはり肩を抱かれ誘われるままに腕を組み、ホテルに行ってしまい、お互い予期せぬ妊娠を迎える。

 中絶を迫られることが多いのは、周知の事実であり、古今東西、心身共に傷つき、対外的にも社会的にも損をするのは女性である。

 刑務所に服役する女性刑務者は、全員が男絡み、半数が既婚者である。

 このことは、学歴や職歴のキャリアなどは無関係である。

 現在は、麻薬中毒で余剰人員が一割以上もでてきているほどである。

 そのなかでも、高学歴のインテリ女性や、礼儀正しく敬語をキチンとつかえる女性刑務者は、異端者扱いされ妬みを買われるようである。


 

 

 


 

 


 

 



 

 



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