凪5
翌日、夕方。インターホンが鳴った。
「おはよう」
「え、先輩…?なんでうち知ってるんですか?もしかしてまた」
「盗聴じゃないから!……その、今日学校来てなかったみたいだから……まあ無理もない、昨日の…」
心配してきてくれたのだろうか。
「いやでもなんで住所知ってるんですか」
「心配で~って担任に聞いてきた」
それで教えるってどうなの…
「それで、昨日のことだけどね――」
死んでる。なんで?首吊り、自殺……?
「――ナギちゃん…!」
先輩の声で我に返った。
「先輩、これって……」
「そっか……」
先輩は俯いていて顔が見えない。
「ナギちゃん、警察」
「あ、はい」
スマホで通報をする。救急は……
「ねえ、ナギちゃん」
「……なんですか」
「昨日…昨日はさ、いたよね。生きてたよね、元気だったよね」
「…そうですね」
先輩は石田先生とどんな関係なんだろうか。いま、どんなことを思っているのだろうか。どうなふうに接するのが正解なんだろう。
「あの、先輩…」
声をかけようとしたが、先輩は鞄からビニール手袋を出して、部屋の中を、すでに殺人現場と呼ばれるようになったその書斎を、隈なく調べ始めた。その様子はとても手馴れているようだった。
「先輩、先輩、大丈夫ですか?…その」
「…………」
呼びかけてみても反応はない。慣れた手つきで現場の物を調べては、何かをメモ帳に書き記す。それは数分間の間にわたって続いたが、その手が止まったころ、警察が現場に駆けつけた。
駆けつけた警察官に、先輩はいたって冷静に、なんならいつもよりも落ち着いて、昨日の印刷会社のこと、彼が高校の教師であることなど、状況を説明していた。地下室での研究内容については言っていなかった。私は、なにもできずに先輩たちの話が終わるのを待っていた。
先輩がしっかりと説明してくれたおかげで、そのあとは私と先輩は帰ることができた。外に出たところで、パトカーが家の前に停まった。降りてきたのは二人の警察官で一人は男性、もうひとりは女性だ。私たちは以前、その人たちに会ったことがあった。
「…やあ。その、こんなことになるとはな…………」
男性のほうは、見た目こそ明るそうな印象だが、今は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。名前はたしか九条徹といったはずだ。女性のほう、那須野留美は何も喋らない。
「…事件については他のひとに話したから。あとはよろしく、九条刑事」
「ああ、わかった」
それから、先輩はやることがあるからと言って、私は一人で家に帰った。家についてからはあまり覚えていない。疲れていたから。
「エイジの、死体ね。首吊りの自殺って話になってるみたい……警察ではね」
たぶん、昨日の九条刑事に聞いたのだろう。先輩は彼らと知り合いで、先輩は彼らに手伝って、いくつかの事件を解決したことがあると言っていた。
「その言い方だと、先輩は違うと思ってるんですか?」
「うん、戸棚のティーカップが二つ無くなってた」
と、いうことは………
「…つまり、どういうことですか?」
「あ、ごめん。とりあえず順を追って説明するね」
どうやら、先輩は何かをつかんでいるようだ。
「まずさ、あたしがエイジと――石田先生と友達っていうのは言ったよね」
「ええ、そうですね」
まあ、友達っていうだけだとどんな関係なのかあんまりわからないけども。
「友達って言っても、知り合いの従弟って感じ。もう八年くらいの付き合いになるかな」
かなり長い付き合いみたいだ。だって先輩今17、18?(そういえば誕生日知らないや)だから、人生の半分、とはいかずとも、相当長い。
「それでね、あの家にも何回もいったことあるから、物がどこにあるかとかはわかるの」
なるほど。
「だから、まずティーカップが二個無くなってたことに気づいたと」
「そうそう、それからね…」
先輩は胸ポケットからメモ帳を取り出して、ページをめくっていく。
「これ、あの部屋のカレンダーに書いてあったことなんだけど…」
開いたメモ帳のページには、時間と名前が書かれていた。
「『13:00永谷先生、15:30松岡先生、16:00リツカさん』……これって、この人に会う~って言う感じの予定書いてた、ってことですか?」
「うん、内容からして、三人以上には会ってたってことになるね」
以上、というのは、予定にない訪問客や、書いてある人物に着いてきた人なんかも含めるともっと多い可能性があるからだろうか。
「でも、普通に首、吊ってたんですよね…その、まさしく自殺って感じで…………」
「おそらく、死因はそれじゃないと思う。もうすぐ解剖の結果とかが出るとは思うけど――」
直後、ヴー、ヴーと振動音が鳴って、先輩はポケットからスマホを取り出した。
「はい、もしもし、つむぎだけど。……うん、そうだね。………やっぱり。…分かった。………ありあがと。じゃあね…………っと。今電話で、遺体から毒薬が検出されたって」
なるほど、つまり無くなったティーカップは…
「エイジが淹れた紅茶かなんかに毒薬を含ませて、それを飲ませてってこと。ティーカップから毒が検出されないように、持ち出したんだろうね」
「なるほど、毒殺じゃなくて自殺だって思わせるように、って……あれ、でも結局遺体のほうに残ってたのでばれてません?てかばれてますよね」
なにかおかしい……?
「そう、そこだよね。薬品を使っている以上、衝動的ではなくて計画的な犯行だと思うんだけど、ならどうしてティーカップなんて持って行ったんだろう。なにか別の意味があるのかもしれない」
先輩もまだその意味には見当がついていないようだ。
「とりあえず、あたしは、カレンダーに書いてあった人をあたってみることにするよ」
「あの、先輩。先輩が頭がキレるのはすごくわかってるんですが、その、今回は危険じゃないですか…その、死人もでてますし――」
「そんなのわかってるッ!!」
先輩が急に立ち上がった。
「でも、絶対、絶対にほうっておけない!もう誰も失いたくないって、絶対守るって思ってたのに………」
また。
「…わかりました。でも、それだけ必死な理由を教えてください。それから、私も絶対協力しますので」
「ええと、必死ってそれはまあ、友達が殺されてたらさすがに必死になるよ~……って、さすがにあれだよね、『もう誰も失いたくない』ってのは………うん、そうだね」
先輩はゆっくりと腰を下ろした。
「さすがの私でも気づきます。前、何があったんですか?」
先輩は少し迷ったが、おもむろに口を開いた。
「ナギちゃんになら、話してもいいかな。あたしの『先生』の話。あたしが『名探偵』になったわけを…」
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