第4話 実はあの時

「――直くん、ほんと昔から変わらないよね」


 咲良がそう言ったのは、いつもの帰り道だった。

 駅前のコンビニに寄ったあと、俺たちは自販機の前で缶コーヒーを片手に話していた。

 春とはいえ、夕方はまだちょっと肌寒くて、咲良はジャケットの袖から両手を引っ込めて小さくなってる。


「変わらないって、どういう意味だよ?」


「うーん……何でもかんでも“いつも通り”で済ませようとするとこ? ちょっと鈍感なとことか」


「鈍感て言うな」


「事実でしょ。こないだの練習だって、三本目までいったし」


「ぐ……!」


 いちいち引き合いに出してこなくていいだろ。あれは事故だ、事故。


「でも、たぶん、私はそこが好きなんだろうな」


 ふいに、咲良が呟く。


「……お、おう」


 まだ慣れない。“好き”を向けられることに。

 ましてや、何気ない口調でさらっと言われるのは、心臓に悪い。


「私、いつから直くんのこと好きだったか覚えてる?」


「は? そんなの俺が知るわけ——」


「小学三年の時」


 即答された。


「え……?」


「たぶん、最初はゲーム感覚だったと思う。でも、ある日、直くんが風邪ひいて学校休んでさ。私、一日中そわそわして落ち着かなかったの」


 咲良は、空を見上げながら続けた。


「“なんでだろう?”って思った。でも、その日の帰り道、家の前で直くんが顔真っ赤にして出てきて、“元気出たわ”って笑ったの見て……あ、好きなんだって、思った」


 言葉が出なかった。

 なんでそんな話、今まで一回も聞いたことなかったんだよ。

 ずっと隣にいたのに。


「でもさ、言えなかった。ゲームだから。負けるの嫌だったし。怖かったし」


 咲良の声がほんの少しだけ震えていた。


「それからずっと、“好きじゃない”って言い続けて……気づいたら八年も経ってて。バカみたいだよね」


「……バカじゃない」


 やっと、出た言葉はそれだけだった。


「そう……なんだね」


 俺は知らなかった。

 咲良がそんなふうに俺を見てたなんて。

 いつだって“対等”だと思ってた。

 ふざけあって、からかいあって、同じ歩幅で生きてると思ってた。


 でも——違ったんだ。


 咲良は、俺の知らない時間を、俺への想いで埋めてた。

 俺より先に、ずっと前に、ちゃんと“好き”を持ってた。


「ずるいな、お前」


「えっ?」


「そんなの、勝てるわけないじゃんかよ」


 言ってから、自分でも驚いた。

 悔しい、って思ったんだ。


 俺は、ずっと“ゲーム”の中で咲良を見てた。

 でも咲良は、ちゃんと恋をしてた。

 何枚も、何年分も、先を行ってた。


「ごめん、直くん」


「なんで謝んだよ」


「ううん、わかんない。ただ……ずっと言えなかったこと言えて、すっきりしたけど、なんか寂しいなって」


 咲良の声は、夕焼けに溶けていくみたいに小さくて、切なくて。

 俺の胸に、じわっと刺さった。


 


 ******


 


 その夜、俺はベッドに寝転がりながら、スマホのメモ帳を開いていた。


 何してんだ、俺。

 でも、こうでもしないと気持ちの整理がつかない。


 画面には、一行だけ。


「咲良、俺も、好きだ」


 打っては消し、打っては消す。

 結局、何も送れない。


 俺の“好き”は、まだ途中だ。

 ちゃんと追いついて、追い越した時に言いたい。

 そうじゃないと、あの咲良の“好き”に失礼だと思った。


 今までと同じ“好きじゃない”じゃ、もう通用しない。

 中途半端な好きじゃ、あの子に届かない。


 だから今は、まだ言わない。

 でも——


(咲良のこと、もっと知りたい)


 そう思った時、ようやく気づいた。


 この想いは、“好き”の始まりなんかじゃなかった。

 きっとずっと前から、始まってた。


 気づいてなかっただけで、

 俺もとっくに、“咲良が好きだった”。


 その気持ちに、今ようやく、ちゃんと向き合おうとしてるだけなんだ。



 

 ******



 


 次の日。


 いつも通り、咲良が俺の家の前で待ってた。


「おはよう、直くん」


「……おう」


「今日も“好き”って言わないんだ?」


「うるせぇ、朝から急かすな」


「ふふ、じゃあせめて、今日一日で“好きポイント”貯めてってね」


「なんだよそれ」


「私が“キュン”ってなった回数でカウントしてるの。今んとこ、昨日までで3ポイントだよ?」


「少なっ!」


「私の好きポイントの基準はハードモードなんで♡」


 そう言って笑う咲良に、なんか救われた気がした。


 俺は、咲良に勝ちたいわけじゃない。

 ただ、ちゃんと向き合って言いたいだけなんだ。


「――じゃあ今日の目標、5ポイントで」


「お、直くんなんかやる気出てきたじゃん」


「その代わり、お前もちゃんと覚悟しとけよ。今度は俺のターンだからな」


「……楽しみにしてる」


 春の風が吹いて、制服の裾がふわっと揺れる。

 その瞬間、咲良が俺の横で、少しだけ頬を赤らめた気がした。

 

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