最弱攻撃力スキルが実は最兇だったところで俺が戦いたくないのは変わらない

だんぞう

#1 ことごとく全裸スタート

 この「壁」を超えるときはいつも緊張する。

 装備は全て外して隠した。

 念の為に股間は両手で隠してあるが、背後丸出しの心細さったらない。

 誰も居ませんように――そう祈りながら息を止め、一歩を踏み出した。

 視界が暗転する。

 プールに潜ったみたいに全身に軽い圧力がかかる。

 呼吸が全くできないのも水の中に似ている。

 何度通過しても慣れない。

 だが、その重たい空間の中でもう一歩を踏み出せば、いつものリビングへと戻れる。ほら――と踏み出してすぐに前言撤回。

 いつもの見慣れたリビングではない。

詩真しまか?」

 姉貴が居やがった。

 朝練に行ったはずとか、いやこんな事態なら帰ってきててもおかしくないかとか、股間隠しておいてよかったとか、でも角度的にカウンターキッチンで股間は隠れてるのかとか、一瞬のうちに回転した思考がルーレットのように止まったのは、よりにもよって女子を二人も引き連れてやがる、ってとこ。

 しかも一人は小うるさいたま。俺の顔を見れば憎まれ口を叩く腐れ幼馴染。いやもう引っ越したから幼馴染じゃないけど。

 もう一人は見知らぬ眼鏡美人。姉貴の学校の人か?

 とにかく三人揃って俺の裸をジロジロと見つめるのを止めない。特に後ろの二人。他人の家でそこの家の人が裸で居たら、普通「すみません」とか謝って退出するだろ?

「ガン見かよ」

 と言い終わらぬうちに俺の声がかき消された。クソ珠の叫び声に。

「バカ! 痴漢! 変態! 詩真ってやっぱり最低!」

 俺の家に上がり込んで俺の裸を勝手に見た挙げ句にこの暴言か。

 イラッとしたその感情がつい、不快感の表明につながった。

『見るな』

 発動してから気づいた。

 スキルを使ってしまったと。「壁」の中あちらでは頻繁に使っていたから、つい。

「きゃっ!」

「くっ」

「静電気?」

 珠は大げさにわめき、姉貴は相変わらず動じず、眼鏡さんは冷静に分析している――というか、このスキル、現実こっち側でも使えるのか――ということをメモりたい気持ちをぐっと抑える。

 それは後でもいい。

 まずは姉貴たちに出て行ってもらいたい。

「その家の住人が全裸で居る部屋に踏み込んだ他人って、悪態をつくのが正しい行動だと思うか?」

 珠の目を見て言う。

 もちろん、こいつに理屈が通じないのはわかってる。

 俺がこの家でシャワーを浴びようと風呂場につながる洗面所のドアを開けたとき、なぜか下着姿でそこに居た珠が、ここが俺の家であるにもかかわらずまず俺を殴ってから散々な罵詈雑言を浴びせてきたのは、数ヶ月前のこと。

 姉貴の許可はもらってるとか言ってたが、だとしたらそれは姉貴が俺に知らせるべき――と反論したら「そのくらい察しなさいよ」とさらに激昂。

「変態詩真! さっ、先にこの部屋に入ったの、私たちなんだからねっ!」

「そうだ。詩真、今その壁から出てきたように見えたが」

 姉貴の奴、自分の弟の裸が見られている事実よりもそっちの方が気になっちゃってるんかい。

 三人が出てゆく気配は全くない。

 唯一、眼鏡さんは俺から視線を外してくれはしたけれど。

 珠とは相変わらず会話にならないし、こんな状況で姉貴の探究心を満たしてあげる気にもならない。

 もうらちが明かないここは撤退あるのみ。

「なんでも自分の理屈が通用するなんて思うなよ? この壁を抜けると原理はわらかねぇが全裸になるんだよ。俺の貴重な体験談、教えてやったからな? 試したけりゃ自己責任でな。ただ全裸になる覚悟はしておけよ。もう一度言うけど自己責任だからな!」

 それだけ言い捨てて、俺は背中から再び「壁」へと飛び退すさった。

 視界が暗転する。

 水中のような「壁」を後ろへもう一歩。

 後ろ向きということに不安があったが、ちゃんとさっきまでいた場所に戻れた。

 まるで森の中のように見える、「壁」の中の世界に。

 さて、時間はきっとあまりない。

 隠しておいた装備を急いで着直す。

 装備とは言っても、こちら側で見つけた素材で作った有り合わせの――細長くて肌触りが良くて丈夫な雑草の茎を潰してから編んだ「草布」と、丈夫で柔軟なツタっぽい植物とで作った粗末な衣服だが。

 一つは、草布を幅広バスタオル縦二枚分サイズに作って、真ん中に頭を出す穴を作ったいわゆる貫頭衣かんとうい

 貫頭衣だけだと下半身が心許ないので、もう一つは、いわゆるふんどしも作ってある。

 この草布の材料となる植物は、ススキに似ているので「ヌノススキ」と勝手に呼んでいる。

 腰紐はそこいらの樹によく張り付いている蔦っぽいやつ。こっちは「ヒモツタ」と勝手に呼んでいる。

 よし、装着。

 股間が落ち着くと、気持ちもちょっと落ち着くから不思議。

 あとは、樹から履いだ皮を靴底代わりにヒモツタで足に巻き付けた雑サンダル。

 ここまで身に着け終わったタイミングで、姉貴が「壁」を抜けて現れた。

 予想通り全裸で。

 だよな。誰でも全裸になるんだよな。

 俺だけじゃなかったことに妙な安心感を覚える。

「ここは……」

 つーか、いくら弟相手でも、ちょっとは隠せよ。

 十七歳女子とは思えない恥じらいのなさっぷりに、こっちの方が恥ずかしくなってくる。

「姉貴、これで隠せよ」

 予備の服用に編みかけていた草布を渡す。

 まだハンドタオルサイズなので姉貴の育ちすぎてご立派な胸は片方しか隠せないけど、ないよりはマシだろ。

「えっ、なっ」

 その直後に珠と眼鏡さんも続けて全裸で登場――眼鏡さんの眼鏡は当然、消えているが。

 思いっきり俺の頬を叩こうとする珠。こいつはいつもこうやってすぐ人のせいにする――予想ができていた俺は当然後ろへ下がって回避する。

「馬鹿っ! 変態っ! 見るなっ!」

 珠が叫んだその瞬間、俺の視界が闇に閉ざされた。

 そうか。そういう可能性もあったのか。




### 簡易人物紹介 ###


詩真しま

主人公。「壁」の中あちらの探索に夢中だった。


・姉貴

羞恥心<探究心な姉。ご立派。


たま

元幼馴染。話が通じない。すぐに変態呼ばわりしてくる。


・眼鏡さん

姉貴の学校の人っぽい。珠に比べて良識があるっぽい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る