第5話 ファンタジーな我が家

「ただいまー!」


「ただいま」


龍哉くんが僕を抱えたまま、玄関のドアノブを握ると。


ひとりでに鍵が開き、ドアも勝手に開いていく。


「おかえり、龍哉くん」


「おかえり、沙穂」


二人だけの時からの習慣で、ただいまもおかえりも両方言うことにしてるんだ。


ただ、今は昔と違って……。


龍哉くんに下ろしてもらった僕に、小さく駆け寄る音が聞こえてくる。


「ただいま、宵ちゃん!」


真っ黒な子狐が、僕に向かって飛びついてくる。


僕はその軽い体を抱き止めると、ふわふわの身体をぎゅっと抱きしめる。


……うん、まだちょっとかくかく動くのは慣れてないけど、可愛いからよし!


この子は、龍哉くんの従魔さんの一匹。


龍哉くんの従魔さんは基本的にみんな怖いか格好いいか不気味なんだけど。


この子だけは、ふわふわな子狐さんで可愛いんだ。


だから、子狐ちゃんじゃ変だし、この子には“宵(よい)”って名付けたんだよね。


動きが急にかくかくしたり、目がガラス玉みたいだったりするけど……。


……慣れれば可愛い、よ?


うん。


とりあえず僕としては満足してる。




視界の隅で、さっき鍵を開けてドアも開けてくれた影ちゃんが部屋に戻っていくのが見えた。


「影ちゃんありがとねー!」


影絵のように、影が僕に手を振ってくれる。


影ちゃんは、影に潜んでる従魔さんで、細かいことをしてくれる便利屋さん。


僕の影にも潜んでいて、危ないところを助けてくれたこともなんどもあるんだよね。


……本体はちゃんとあるらしいんだけど、龍哉くんが頑なに見ない方がいいって。


怖いのは駄目なので僕は見ません!


龍哉くんの従魔さんの中では一番多いから、家中で家事をしてくれてるんだよね。


うん、その影ちゃん達が全員怖くなるのは嫌だな。


絶対に見せてなんて言わない!




リビングに戻ると、カタカタ音が聞こえてくる。


ひょこっと覗き込むと、白い人影が、複数の腕で器用にタイピングしながら本を読んでた。


「司書じい、ただいまー!」


『おぉ、勇者殿。よく戻られましたな』


白い仮面のような顔に、ロボットのようなミイラのような細く硬い体をした従魔さん。


中身はほぼおじいちゃんだけどね!


従魔さんの中で唯一、僕とも会話ができる従魔さん。念話っていうのかな?


声じゃなくて、直接頭に言葉が響く感じ!


それどころか、なんと生前の人格をまるっと残してる。


一人目の僕の記憶を引き継いだことで、生前がどんな人か知ったんだけど……。




僕と龍哉くんが召喚後にすっごくお世話になった、人類側の偉い学者さんで。


ものすごく賢くて、色々詳しいし、魔法の道具を作ったり直したりもできたすごい人。


僕の義足を調整してくれたのもこの人。


二人目の僕が死んじゃった後に、龍哉くんに従魔の作り方や、自分を改造して長生きする方法を教えてくれた恩人で。


僕を救うためにその身をささげてくれた、龍哉くんの従魔さん第一号。


そう。


龍哉くんが300年戦い抜けたのは、司書じいのお陰。


一人目の僕も、すごい可愛がってもらった記憶があって、こんな形でも再会できてうれしいって気持ちが溢れてくる。


だから、精一杯恩返ししようと思ってるんだけど……。


『いやぁ、科学とやらは大変素晴らしい。すべてを知った気になっておりましたが、まだまだでしたな!』


だいぶ邪悪な方法だけど、異世界の頭がいい人の知識をほぼ網羅してる司書じいだけど。


今は地球の科学技術に興味津々らしくて、ものすごく楽しそうなんだよね!


……もう僕より詳しいからね!!


まぁ、比べる僕がへっぽこすぎるのはあるけど?


でも本当に頭がいい人って、理解が本当に早いんだなって。


僕が一人目の僕の記憶を引き継いだのも、お見通しだった。


……なんか、元々過保護だったんだけど、割増しでましましになった気がする。


「僕にはちんぷんかんぷんだよ」


『なに、苦手なことは得意なものに任せればよいのです』


「僕の得意なこととは??」


へっぽこさには自信があるよ!


『勇者殿はそのままでいいのです。その純粋さをもって、あの童を見てやってくだされ』


「純粋かはわかんないけど、龍哉くんを見るのなら得意だよ!」


それはへっぽこよりも自信満々だね!


「……童はやめろ、じじい」


荷物を片付けてくれていた龍哉くんが戻ってくるなり、司書じいをにらむ。


龍哉くんも恩義を感じてるし、小学生時代から知られてるからか頭が上がらないみたい。


司書じい相手だとちょっと子供っぽい龍哉くんが見れて地味に僕はうれしかったり。


『おぬしなんぞ、まだまだ童で十分よ』


口では勝てないとわかってるからか、龍哉くんが僕に近付いて、自然と撫でようとしてくれて。


僕の腕の中の黒子狐の宵ちゃんが伸ばした前足に、その手を叩き落とされた。


「……」


「宵ちゃん……?」


僕にすりすりと顔をこすり付けながら、龍哉くんからそっぽを向く宵ちゃん。


そっぽを向きながら、龍哉くんの手を尻尾でまた叩き落してる。


あ、龍哉くんしょんぼりしてる。


とぼとぼとキッチンに消えていく龍哉くんであった。


……ちょっと可愛いって思っちゃうのは駄目かな?




実は、龍哉くんの従魔さんは龍哉くんには塩対応。


言うことは聞くけど、それ以外はとってもしょっぱい。


司書じいが言うには当然とのこと。


一人目の僕の記憶を継いだことで、僕も従魔さんを作るやり方知ってるんだけど。


……まぁ、当然だよね!って思う。


ざっくり言うと、死体と死者の魂に、お好みの素材を材料にこねこねして作るんだけど。


龍哉くんは倒した魔族を材料にしていたわけで。


そりゃ恨まれるよね!


でもなぜか僕にはみんな懐いてるんだよね……。


なんでか聞くと、司書じいはものすごい生暖かい(気がする)視線を龍哉くんに向けるだけで答えてくれないんだよね。


でも、龍哉くんの従魔さんは龍哉くんの子供みたいなものだからね。


僕としては懐いてもらうのはうれしいからとりあえずよし!




僕は司書じいの隣に座って、キッチンで晩御飯の支度を始めた龍哉くんを眺めて。


その龍哉くんを補助するのは便利屋な影ちゃん以外にも、浮かぶ触手海月のぷにちゃんもいて。


そんな、すっかりファンタジーな我が家の日常が不思議と、落ち着くのを感じていたのでした。


……家の中に出せない従魔さんもまだまだたくさんいたりするんだけどね。

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