第7話 第三京浜の幻影(前編)

 古戦場であった小机城址公園の森を、高速道路、第三京浜道路が貫いている。※

 その傍に巨大な楠があった。

 蜘蛛の半妖である夜織は、その巨木の上に、自らの糸を使い大きな「巣」を張っていた。

 布で作った2LDKのマンションのようなもの。

 人の世を味わうもいいが、この巣の中ではなにをも隠さず、妖そのままの自分でいられる。

 目覚めの曖昧な意識の中、ひとり、この地で起きた昔のことを思い出す。


 ――それは、およそ三百年前の、まだ夜織が人間の娘だった頃の記憶。

 小机城跡近くの村、神社に住まう宮司の娘、素朴な着物に身を包み、その顔立ちには、森の木漏れ日のような純粋な輝きがあった。その日、彼女は怪異を追って森に入ってきた一人の若きモノノフと出会う。

 名は、まこと。当時のモノノフとしては珍しく、人間にも妖にも分け隔てなく接する、優しさと正義感を併せ持つ青年だった。

 誠は、怪異のおこると噂の立った城跡の案内を頼んだ、夜織の純粋な心に触れる。夜織もまた、彼の温かさと、力なき者を守ろうとする強さに強く惹かれ、淡い恋心を抱くようになる。

 共に森を歩き、他愛ない会話を交わす。誠が怪異を鎮めるために使う、不思議な力に目を輝かせ、彼の隣にいるだけで心が満たされた。

 ある日、誠は一人の尼僧と共に城跡に現れる。八百比丘尼だった。自分よりもずっと年下に見えながらも、圧倒的な霊力と、全てを見通すような慈愛に満ちた瞳。夜織は、誠を通じて比丘尼と出会い、その存在に畏敬の念を抱いた。師匠は、夜織の純粋な心と、彼女が持つ微かな霊的な素質を見抜き、静かに告げた。

 「あんさんには、いずれおっきな試練訪れるかもしれへんけど、その綺麗な心があったら乗り越えられるのとちがうでっしゃろか」

 その言葉の意味を、当時の夜織は知る由もなかった。

 しかし、穏やかな日々は長くは続かなかった。誠が調査を進めていた怪異の正体である巨大な蜘蛛が現れ、人々を襲い始めた。夜織もまた、その巨大な糸に絡め取られ、囚われてしまう。

 「夜織っ!」

 誠は叫ぶ。蜘蛛の糸を掻い潜り、彼女を救おうと必死に挑んだ。だが、夜織を攻撃の卦術に巻き込むことに一瞬の迷いを生じ、蜘蛛の巨大な鎌のような肢が、誠の体を貫いた。

 「まことさま!」

 夜織の目の前で、愛する誠は蜘蛛の糸に締め上げられ、その生気を吸い尽くされていく。彼の瞳から光が失われていく様を、夜織は見つめながら、血の涙を流した。絶望と、言いようのない喪失感に、彼女の心は引き裂かれる。

 「おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、許さぬ。殺せるならば、殺せるならば、全て捧げてもかまわぬ。」

 深く、深く心に刻みながら、夜織もまた蜘蛛の巨大な口へと吸い込まれていく。彼女の誠への未練、蜘蛛への呪いが混ざり合い強烈な想子力を発しつつ、蜘蛛の体内で、次第に人間のような女性の造形が形作られていった。

 それが、三百年間、荒蜘蛛の支配下に置かれ、自我を失いかけた状態で彷徨い続けることになる、半妖・夜織の始まりだった。

 荒蜘蛛への復讐は叶わなかったが、夜織としての意識が蘇ったとき、目の前にいた男が己を蘇らせ、あの蜘蛛を滅したのだと悟る。この者ならば全てを捧げても惜しくはない。

 過ぎ去った日々を思い浮かべ、少しセンチメンタルな気持ちで目覚めを揺蕩っている時、激しい破壊音が響く。彼女の「巣」は飛び込んできた巨大な鉄塊で無惨に破壊された。


 ニュース速報が、不穏な影を落としていた。

「第三京浜道路で、またしても事故が発生しました。単独事故で、車両が壁を突き破り、小机城址公園の敷地内に転落。第三京浜での事故は今週に入って5件目です。いずれも……」

 アナウンサーの声が、TVから流れる。画面には、無残な姿で横転した車と、その奥に広がる小机城址公園の木々が映し出されていた。

 窓を叩く音、夜織の姿。

「この事故だよ、この事故。これであたしンとこの……巣が……」

 夜織が、静かに、しかし怒りを滲ませた廓言葉で訴えかける。この事故で破壊されたという。ひとまず乗っていた二名は、操糸術で車両が地面に激突する前に救出でき、安全なエリアに寝かせておいたとのこと。

「これは、ただの事故じゃないな」

 陽介は事故情報をネットで収集しながら言う。連続で発生した5つの事故は通常の事故ではありえない状況を示していた。スポーツカーでもない車両が出せるはずもない速度で側壁や中央分離帯に衝突している。


「今からすぐ、車で第三京浜のここに一緒に行ってくれねえかねえ、なんだか気になるんでありんすよ」

 夜織が言った。陽介は困った顔をする。

「ふつうの高校生は車持ってないんだよ……」

「ふうん、なんかありんせんのかい、タクシーかなんか使うしか?」

「これでもいい?」

 陽介がアパートの前に置いていたのは、愛車のヤマハRZ250Rだった。黒いフレームに白いタンク、赤いストライプが映える、250ccのスポーツバイクだ。

「空気を感じられるなら、こっちの方がより良いさね」

 夜織はバイクを検分するように眺め、満足げに頷いた。


「よし、じゃあ準備する……っと、ああヘルメットが二個ないや、どうしようか」

 陽介が自分のヘルメットを被りバイクにまたがりながら。夜織に語りかける。

「かぶるものかえ? 形だけでいいなら、ちょいと待っておくんなんしえ」

 夜織がそう言うと、次の瞬間、陽介の目の前で、彼女の服がまるで生き物のようにスルスルと解け始めた。艶やかな黒髪が夜空に溶け込む中、一瞬、夜織の肢体が完全に露わになる。

(お、おっぱいチラ見)

 ポーカーフェイスの陽介に、不謹慎な感情がよぎる。


 だが、束の間、蜘蛛の半妖たる夜織の糸が再び高速で編み上げられていく。黒い糸が瞬く間に彼女の身体を覆い、艶やかなライダースーツと、それに合わせたコンパクトなヘルメットを作り上げた。

「すげえ……」

 陽介が呆然と呟く間に、夜織はバイクの後部座席にひらりと跨った。

「さあ、いっておくんなんし、陽介さん」

 彼女の声にハッと我に返り、陽介はバイクを発進させた。加速する車体と共に、陽介の背中に、ぎゅっとしがみつく夜織の柔らかいふくらみがぴたりと密着する。

 冷静な顔を保ちつつも、童貞心がざわめき頬が赤らむ。

(っひゃー!昔からずっと夢見続けてた女子とタンデム!背中のこの感触を体験できるなんてー)

 陽介は内心不埒な思いを爆裂させつつ、夜の第三京浜道路へと向かった。


 港北インターチェンジから第三京浜へと進入する。複雑な立体交差の道が渦巻くように続き、夜織はまるで遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように、陽介の背中で小さく身を揺らした。

「面白い道さねぇ、陽介」

 その声に陽介も少し笑みがこぼれる。


 陽介は、以前作った「簡易デバイス」を胸ポケットで稼働させ、本線に走り込み、事故現場までの道の状況を録画し始めた。このデバイスは、FUMのプロトタイプで、特定の想子力場の変異で発生する可視光線外の痕跡を可視化できる。ディスプレイには、路面にうっすらとわだちのように残る、想子力場の残滓が映し出される。


 間もなく、二人は事故の現場に差し掛かった。そこは、まさに車が壁を突き破り、小机城址公園敷地内に転落した地点だ。事故処理は既に終わっていたが、規制線が張られ、まだ生々しい痕跡が残っている。陽介は路肩にバイクを停め、降りて事故現場を観察する。

「これ……ブレーキ痕がない」

 陽介が地面を指差した。通常の事故なら必ず残るはずのタイヤ痕がないことに、異様な雰囲気が漂う。

 夜織も陽介の隣で、事故現場をじっと見つめている。彼女の人間離れした目には、紫外線とは異なる、何かしらの怪異が絡んでいるであろう、霊的な痕跡が見えているようだった。

「事故現場のずっと前の道から、歪みをひきずっておりんすね……」

 夜織の言葉に、陽介は頷くしかなかった。この情報では怪異の特定はでない。

 調査を終え、二人は保土ヶ谷PAに立ち寄った。夜景が美しいテラス席で、陽介はホットコーヒーを、夜織はソフトクリームを手にしている。

(うーん、綺麗なお姉さんとナイトツーリングのデートしてるみたいだな……)

 陽介は、隣でソフトクリームを上品に舐める夜織を見て、密かな優越感を味わっていた。

「やっぱり、おれだけじゃ調べきれない。自爆事故ばかりだっていうから、何かしらの、精神に干渉するタイプの怪異だろうけど、それが何なのか特定できない。朽木さんに、一度見てもらいたいな」

 陽介は、手元のデバイスの録画データを見せながら、夜織に意見を求めた。夜織はコーンの先まで食べ終えると、陽介の顔を見た。

「こねえだ言ってた元モノノフという御仁でありんすか?」

 夜織の言葉に、陽介はうなずく。


 夜が明け、陽介は夜織とタンデムで新横浜駅に向かう。

「ちょいとこの乗り物、預かっていいかえ、使い方は見ててわかったきがするのさ、なかなか爽快じゃありんせんか」

「いいけど、免許は?」

「住民票もありんせん妖怪がとれるのかい?」

 陽介と夜織が笑う。ひとまず、鶴見川の河川敷で試しに乗っててもらうことにした。

 駅の開発室で、朽木に状況を説明する。陽介の簡易デバイスで録画した映像を流しながら、第三京浜での異様な連続事故、ブレーキ痕の欠如、そして検出された想子力場の残滓について報告する。

「精神に干渉する何かが原因なのは間違いないと思います。ただ僕には特定できません……朽木さん、一度現場を見てもらえませんか?」

 陽介の言葉に、車椅子に座った朽木は、じっと考え込んだ。

「なるほど……。霊的な干渉であれば、この私にも感知できるかもしれん」

 朽木さんの顔に、久々の「仕事」に対する緊張と期待が浮かぶ。


「では、私が運転していく。」

 朽木は、自身が通勤にも使っているという、身障者用の手動運転装置付きプリウスの鍵を手に取った。

 「FUMバージョン2を持っていきましょう。」

 朽木と陽介が共同で修繕、改良したFUMの改良版があった。

 観測珠を光学的に3次元撮影し、コンピュータで解析するのは同様の構造であるが、撮影用のCCDがプロユースのものになり、ダイナミックレンジが広がり、さらに深いデータを取得できるものに改良されていた、さらには筐体が金属の強固なものとなり、そう簡単には破壊されない、さらに車のシガーソケットの直流12Vからでも電源供給ができるように改良されていた。


 朽木の運転する車で、ひとまず夜織のいる鶴見川河川敷へ。

「この方が、夜織さんです」

 陽介が紹介すると、朽木さんの目が僅かに見開かれた。夜織の持つ、人間とは異なる、しかし敵意のない、不思議な雰囲気に、彼は驚きを隠せないようだった。

「……半妖、か。だが、その想子力場に、穢れはないな」

 朽木さんは、夜織をじっと見つめ、やがて静かに頷いた。彼の霊的な感覚が、夜織の本質を見抜いたのだろう、微笑んで会釈する。

 夜織もまた、朽木さんの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく会釈した。


 夜織はRZ-250Rをギクシャクさせながらもそれなりに運転できるようになっていた。

 朽木と陽介はプリウスで再び第三京浜道路へ。夜織は追走する。

 FUMの電源をいれ観測。事故現場に差し掛かり、路肩に車を停める、バイクもその後ろだ。陽介がプリウスを降りて、車椅子を出し、朽木を移動させ、押しながら現場を確認する。

「FUMにしか検知できない想視力の残滓が事故現場の先にも見える。ここまでは、事故車両と並走しているな。どこまで続くか、残滓を追跡しよう」

 夜織が感心したようにいう。

「言われてようやっと見えんした、ようこんなものがわかりんすね」

 助手席で、陽介がFUMをオペレーションしつつ反応を追う。微かな残滓は保土ヶ谷インターを抜けジャンクションを介し小田原方面へ、横浜新道に続いている。

 横浜新道は吉田茂首相の指示で建設された「ワンマン道路」の俗称もある道路である。夜織のバイクも追走する。

 残滓は、横浜新道の終点、戸塚ICを抜け、国道1号、東海道と合流したところで途切れる。そのまま国道1号を先に進み、コンビニの駐車場で、情報を共有。

 少し考え朽木は陽介と夜織に問うた。

「この件の報告をしたい方がいるのだが、寄り道をして良いかな」

「……大船、ですね」

 国道1号の原宿交差点を左に曲がる。

 復帰の報告のため、そして比丘尼師匠に意見を伺うためだ。


 大船観音の小庵には、比丘尼師匠が静かに座していた。その存在感は、周囲の空気をすら変えるかのようだ。

 その眼前に琴音が正座している。

「卦符が全く刻められへんくなったちゅうのんどすなぁ、そら困ったこっとす」

 琴音はひとり大船の庵に訪れていた。

 あのとき、役禍角やくかかくの問いに勢いで反論したが、己が言葉に矛盾を感じていた。人だけのために戦うということが正しいのかと。人のために管狐くだぎつねを何も悼まず、残酷に焼き殺した。それは正しかったのか。

あやかしにも、生きてきた理由や、何かを求める心があるのなら、それを力ずくで打ち消してしまうことが、本当に正しいことなのか、分からなくなってしまって……」

 琴音の声には、深い迷いが滲んでいた。

あやかしをしばくのんが辛なったちゅうのんどすなぁ……」


 陽介が朽木の車椅子を押し、庵の外から近づく。

 気づいた比丘尼師匠はゆっくりと立ち上がり、引き戸を開いた。

「朽木さん、陽介くん……」

 驚く琴音。

 庵の中の琴音に気づき、陽介も少し驚いた顔をする。朽木は静かに琴音の様子を見守る。


「朽木はん。久しぶりどすなぁ」

「師匠……お変わりなく」

 朽木は、右手の義手を組み、左足の義肢が収まる車椅子の上で深々と頭を下げた。師匠は、彼の義肢に視線を向けたが、何も言わず、ただ静かに頷いた。

「あんたの霊力は、以前にも増して澄んでる。苦難を乗り越え、より高みへと至ったか」

 師匠の言葉に、朽木の表情が僅かに緩む。


 比丘尼師匠が、琴音に向き直り、慈愛に満ちた眼差しを向ける。

「さて、琴音はん。あんさんの優しい心は、モノノフとして尊いもんや。けどな、『しばく』ことだけが、解決やないちゅうこと、わかってはるやろ?」

 琴音は顔を上げる。

「はい……でも、どうすれば……」

「そうや。あんさんが迷うんは、相手の『心』を見ようとしてるからや。見えへんもんに手を差し伸べようとする優しさが、あんさんの強みや」

 師匠は優しく語りかける。

「けどな、あやかしっちゅうもんは、人の歪んだ想いから生まれることもあれば、自然の摂理から外れて暴走することもある。そんで、その存在が、周りのもんを苦しめてる時は、どうする?」


 そこで朽木が口を開く。彼の声は、静かだが力強かった。

「琴音、お前の迷いは理解できる。だがな、我々モノノフの役目は、ただ怪異を『消す』ことだけじゃない。世界の『理』が歪み、多くのものが苦しむ時、それを元の正しい状態に戻すことだ」

 朽木は、琴音の目を見据える。

「怪異の中には、既に理性も、求める心も失い、ただ歪んだ現象と化したものがいる。あるいは、自らの存在によって周囲を無差別に害してしまうものもな。そのような時、お前の『一撃』は、その存在を消滅させるのではなく、歪んだ『理』を正し、苦しむ魂を解放し、あるいはその怪異によって苦しめられている者たちを救うためのものとなる」

「歪みを、ただ放置することは、お前の言う『優しさ』とは違うだろう。お前の『拳』は、時に病巣をえぐり出す外科医のメスのようなものだ。痛みを伴っても、それが必要な救済となる場合がある」


 比丘尼師匠が、朽木の言葉に続く。

「そうや。あんさんが、相手の心を慮ることは、大切なことや。せやけど、その慈悲の心があるからこそ、本当に救うべきは何か、どこまでが許されて、どこからが止めるべき歪みなのか、あんさんには見極められるはずや」

「その見極めができた時、あんさんの『しばく』は、単なる暴力やない。苦しみを終わらせ、安寧をもたらすための『浄化の一撃』となるんや」

 琴音は、二人の言葉をゆっくりと噛みしめるように聞いていた。比丘尼師匠の慈愛と、朽木の厳しくも深い「理」の言葉が、彼女の胸のモヤを晴らしていくようだった。

「浄化の……一撃……」

 琴音は小さく呟き、顔を上げた。その目に宿る迷いは消え、新たな決意の光が灯っていた。

「ありがとうございます、本堂をお借りしてよろしいでしょうか、いまなら、卦符を刻めそう。」

 琴音は陽介にも微笑んで、本堂のほうにゆっくりと歩いて行った。

 琴音は本堂の静寂の中で、墨を磨り、筆を執った。迷いは消えたはずだったが、手が止まる。

(「浄化」……)

 彼女の脳裏に、管狐を焼き殺した時の光景がよぎる。あの時とは違う。今度は、誰かの苦しみを終わらせるための一撃。

(私は、誰かを傷つけるために戦うのではない。世界を、そして彼らの魂を、正しい「理」へと導くために……)

 琴音は深く息を吸い込み、心を落ち着かせた。筆先から放たれる霊力が、清らかな光となって符に吸い込まれていく。彼女の刻む卦符は、これまでとは比べ物にならないほど澄み渡り、強い輝きを放っていた。


「縁あって、二人のサポートをすることになりました」

 朽木が報告すると、比丘尼師匠は微笑む。

 さらに第三京浜で発生している連続事故について報告する。

「なるほど……あの道には、求不得苦もとむるもえられずの強い執着を持つ影が潜んでます。早急に鎮めるのんがよいとおもう」

 比丘尼師匠は、既に今回の事件の異変を感じ取っていたようだった。


 そこへ、ヘルメットを脱いだ夜織がやってくる。

「なんとも神聖で清浄な空気が満ちていることでありんすね」

 夜織の廓言葉が響き渡る。比丘尼師匠の視線が、夜織に向けられた。その瞳が、一瞬、大きく見開かれた。

「……おお。なんとも、まあ、生きて。あの時の娘、こないな姿に……」

 師匠の言葉に、夜織の表情が固まる。彼女もまた、師匠の顔を見て、記憶の糸を手繰り寄せる。

 夜織は比丘尼師匠を真っ直ぐに見つめた。

「……あんたは、あの時のままさね」

 比丘尼師匠は静かに頷いた。

「あなたの想いは、まだあの者と共に、あるんどすか」

 師匠の問いかけに、夜織は何も答えず、ただ静かに目を伏せた。

「あなたは、人と妖のあいさに立つ者として、進むべき道を見つけるのんがええ思う」

 師匠の言葉は、三百年前と同じように、夜織の心に深く響いた。


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※ 第三京浜は小机城址を貫いています。

https://maps.app.goo.gl/5NtnKegXzG5g26Gm9

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