第2話


「……メガネは、絶対外したらダメ」


 新学期の空気って、なんか浮ついてて苦手だ。

 うるさいし、みんな妙にテンション高いし。

 私はさっさと席について、教科書に名前を書いてる。


 隣の席の晴翔が、盛大にため息をついた。


「彼女ほしいなぁ……」


 あー、また始まった。


「は?」


 反射的に返事したけど、もう慣れてる。

 このバカ、定期的に彼女ほしい病を発症するんだよな。


 振り向くと、メガネかけて前髪で半分顔隠してる、いつもの地味モードの晴翔がいた。


 ――そのくらいでいいんだって。

 それ以上は、誰にも見せなくていいの。


「だってさ、俺この16年間、ガチで告られたことないんだぜ?」


 うん、まぁ……それは……うん。

 “自称・地味メガネ男子”の割に、整った顔してるくせに。


「なんだよその微妙な返し」


「だって事実じゃん。顔も性格も中の下って感じだし……」


 あえてそう言う。

 言っておく。

 誰にも気づかれないように、ちゃんと“普通”に見せておく。


 だってメガネ外すと――



 「はー……詰んでるわ俺」


 またため息ついてる。

 まったく。

 ため息つく暇あるなら、メガネの位置直しなさいっての。


 ――あ。


 その瞬間、メガネがスルッとずれて、机に落ちた。


「わぁああああああ!?!?!?!?」


 反射的に叫んでた。

 自分でもビビるくらい、声出た。


 とっさに晴翔の顔を隠す。

 手のひらで。

 絶対に、誰にも見せないように。


 無意識に、拾ったメガネを押し当てる。


「バカッ!!外すなって言ってるでしょ!!??!?!」


「え? なんで?」


 なんでって、こっちが聞きたい。


「いいからッ!!はい!!メガネ!!!かけて!!!今すぐ!!!!」


 早く、いつもの“安全な顔”に戻って。


 あんたの素顔が、他の女子に見られたら、

 ……絶対、めんどくさくなる。


 「普通」でいい。

 ずっと「普通」でいてくれれば、それでいいのに。



 放課後、いつもの帰り道。


 私の問いかけに、晴翔がぽつりと呟いた。


「なあ、ほんとは俺って……そんなにひどい顔してる?」


 ――ああ、またその話か。


「うーん……フツメン? いや、ブスってわけじゃないけど、うっかりすると目立つ顔……?」


 ほんとは、“目立つ”どころじゃない。

 あの顔で無意識に笑われたら、正直、私でもちょっと心臓にくる。

 他の女がその顔見て、何も感じないわけないじゃん。


「安心して。私は好きだよ、そういう地味なとこ」


「いやそういう意味じゃなくてさ」


「……そういう意味だけど」


 あ、まずい。

 ちょっと、口が滑った。


「……なんでもない。さ、帰ろっか。晩メシの買い物付き合って」


 少し強めに言って誤魔化す。

 こんな感じで、ずっと隣にいられたら、それでいい。


 風が吹いた。

 晴翔の前髪がふわりとめくれかける。


「危ない!」


 思わず、手が出た。


 ピタッと前髪を押さえて、そっと元に戻す。


 「風が強い日は要注意、って言ってるでしょ?」


 我ながら、よく覚えてるよな。

 いつメガネがずれてもおかしくないタイミングとか。


「……お前、なんか過保護だよな」


「はいはい。あんたがバカだから、私が守ってあげてんの」


 ――言えるわけないじゃん。


 (この顔は、私だけが知ってればいい)

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