第2話
「……メガネは、絶対外したらダメ」
新学期の空気って、なんか浮ついてて苦手だ。
うるさいし、みんな妙にテンション高いし。
私はさっさと席について、教科書に名前を書いてる。
隣の席の晴翔が、盛大にため息をついた。
「彼女ほしいなぁ……」
あー、また始まった。
「は?」
反射的に返事したけど、もう慣れてる。
このバカ、定期的に彼女ほしい病を発症するんだよな。
振り向くと、メガネかけて前髪で半分顔隠してる、いつもの地味モードの晴翔がいた。
――そのくらいでいいんだって。
それ以上は、誰にも見せなくていいの。
「だってさ、俺この16年間、ガチで告られたことないんだぜ?」
うん、まぁ……それは……うん。
“自称・地味メガネ男子”の割に、整った顔してるくせに。
「なんだよその微妙な返し」
「だって事実じゃん。顔も性格も中の下って感じだし……」
あえてそう言う。
言っておく。
誰にも気づかれないように、ちゃんと“普通”に見せておく。
だってメガネ外すと――
*
「はー……詰んでるわ俺」
またため息ついてる。
まったく。
ため息つく暇あるなら、メガネの位置直しなさいっての。
――あ。
その瞬間、メガネがスルッとずれて、机に落ちた。
「わぁああああああ!?!?!?!?」
反射的に叫んでた。
自分でもビビるくらい、声出た。
とっさに晴翔の顔を隠す。
手のひらで。
絶対に、誰にも見せないように。
無意識に、拾ったメガネを押し当てる。
「バカッ!!外すなって言ってるでしょ!!??!?!」
「え? なんで?」
なんでって、こっちが聞きたい。
「いいからッ!!はい!!メガネ!!!かけて!!!今すぐ!!!!」
早く、いつもの“安全な顔”に戻って。
あんたの素顔が、他の女子に見られたら、
……絶対、めんどくさくなる。
「普通」でいい。
ずっと「普通」でいてくれれば、それでいいのに。
*
放課後、いつもの帰り道。
私の問いかけに、晴翔がぽつりと呟いた。
「なあ、ほんとは俺って……そんなにひどい顔してる?」
――ああ、またその話か。
「うーん……フツメン? いや、ブスってわけじゃないけど、うっかりすると目立つ顔……?」
ほんとは、“目立つ”どころじゃない。
あの顔で無意識に笑われたら、正直、私でもちょっと心臓にくる。
他の女がその顔見て、何も感じないわけないじゃん。
「安心して。私は好きだよ、そういう地味なとこ」
「いやそういう意味じゃなくてさ」
「……そういう意味だけど」
あ、まずい。
ちょっと、口が滑った。
「……なんでもない。さ、帰ろっか。晩メシの買い物付き合って」
少し強めに言って誤魔化す。
こんな感じで、ずっと隣にいられたら、それでいい。
風が吹いた。
晴翔の前髪がふわりとめくれかける。
「危ない!」
思わず、手が出た。
ピタッと前髪を押さえて、そっと元に戻す。
「風が強い日は要注意、って言ってるでしょ?」
我ながら、よく覚えてるよな。
いつメガネがずれてもおかしくないタイミングとか。
「……お前、なんか過保護だよな」
「はいはい。あんたがバカだから、私が守ってあげてんの」
――言えるわけないじゃん。
(この顔は、私だけが知ってればいい)
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