『地味メガネを外したら、幼馴染が全力で止めてくる理由』

夜道に桜

第1話

 ――高校二年の春。

 新学期のざわめきがようやく落ち着いた教室で、俺はふと溜息をついた。


「彼女ほしいなぁ……」


「は?」


 その返事は隣の席から。

 声の主は、俺の幼馴染、篠原こはく。

 顔よし、成績よし、性格はちょっとキツめだけど、なんやかんや面倒見がいいやつ。

 たぶんモテる。たぶん。


「だってさ、俺この16年間、ガチで告られたことないんだぜ?」


「うん、まぁ……それは……うん」


「なんだよその微妙な返し」


「だって事実じゃん。顔も性格も中の下って感じだし……」


「やめろ、それ言われると地味に傷つくやつ!」


 そう、俺――一ノ瀬晴翔(いちのせ はると)は、地味で真面目な男子高生。

 自分で言うのもなんだけど、目立たない。

 メガネで前髪隠してて、「クラスにひとりはいる地味メガネ枠」を地で行ってる。


「てかさ、こはくって昔から言ってたよな。“お前の顔、フツメンの中の下”って」


「うん、それはもう英才教育レベルでね」


「だよな。だから俺、顔面にはまったく期待してない。性格で勝負……したい……けど、そもそも人見知りだし……」


「地味に詰んでるよね」


「うるせぇ」


 俺がもう一度ため息をついたそのとき。

 事件は起きた。


「……あれ?」


 メガネが、ずれた。

 鼻の上からスルッと滑り落ちて、机の上に――


「わぁああああああ!?!?!?!?」


 とんでもない悲鳴が、隣から上がった。


 次の瞬間、こはくがすごい勢いで俺の顔を手で隠し、反射的にメガネを拾い上げた。


「バカッ!!外すなって言ってるでしょ!!??!?!」


「え? なんで?」


「いいからッ!!はい!!メガネ!!!かけて!!!今すぐ!!!!」


「ちょ、ちょっと落ち着けって……」


「落ち着けるわけないでしょ!!顔見られるとどうなるか忘れたの!?また女子がざわつくの見たいの!?」


「いや、それは……」


「“普通の顔”でいいの!アンタは“普通”で生きていくの!いいね!!?」


 ……なぜかめちゃくちゃキレられた。


 でもこはくは俺より顔に関しては鋭いし、なんかあったのかもしれない。

 俺が昔メガネ外して小学生に泣かれた事件とか。あれ、俺の顔が“きもい”からだと思ってたんだけど――


「……それって、俺の顔……やっぱりやばいの?」


「やばいよ。いろんな意味で。だから、いい子にしてて。メガネ、絶対に外さないで」


「う、うん……」


 ――なんか思ってたのと違う意味で、

 俺の顔はやばいらしい。



 その日の放課後。


 帰り道、俺はこはくにこっそり言った。


「なあ、ほんとは俺って……そんなにひどい顔してる?」


「うーん……フツメン? いや、ブスってわけじゃないけど、うっかりすると目立つ顔……?」


「どっちだよ」


「安心して。私は好きだよ、そういう地味なとこ」


「いやそういう意味じゃなくてさ」


「……そういう意味だけど」


「え?」


「……なんでもない。さ、帰ろっか。晩メシの買い物付き合って」


 風が少しだけ強く吹いて、俺の前髪がめくれそうになる。


「危ない!」


 ピタッ。


 こはくの手が、俺の前髪をそっと押さえた。


「風が強い日は要注意、って言ってるでしょ?」


「……お前、なんか過保護だよな」


「はいはい。あんたがバカだから、私が守ってあげてんの」


 そう言いながらも、こはくの声は少しだけ、震えていた。


(――この顔は、私だけが知ってればいい)

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