第四章 第四幕 そういえば、
――――――〆のネギトロ飯がテーブルに並べられる。
「もうそんな時間か。」
そう言いながら、腕時計を確認するのは政一先生。結局先生は3杯程度しか飲んでおらず、それもビール2杯、角ハイボール1杯だけだった。
その一方で、憲弘は日本酒をかなり呑んでいた。誠也は……どうだろう。あまり覚えていない。がそれなりに呑んでいた記憶がある。
「そういえば、せっかく先生に会えたのに、先生の近況はそんなに話してないじゃん。」
と思い出したかのように先生の話を促す誠也。
「俺の近況なんて大して変わらんわ。毎年卒業生を大学に導いたり、時には就職手伝ったり。それか、お前らみたいなやつと飲み会するとか。そんなことの連続だな。」
「サッカー部はどうなんですか?」
ふと思ったこと。俺がいたサッカー部は今どうなっているのだろうか。俺みたいになっていないだろうか。
「あぁ、そうだ。慎一に言わなけりゃならないことがあるんだった。」
いわなければならないこと。しかもサッカー部関連で……。もしかして、県大会に出場できた年があったとか?そうだとすれば、それはうれしい反面、悔しくもある。そんなことを想像していると、
「すまん…リーグ降格した。」
「へ?」
間抜けた声が出た。心の奥底では、そんなことを願っていなかった。現状維持ぐらいであって欲しかったのかもしれない。
「いやぁ。それがさ、お前も知ってる二個下の代まではキーパーのいい流れが続いてたんだけど、その次の代から、お前の一個下のあいつレベルすらいないぐらい、キーパー経験者がいなくてさ。」
なるほど。つまりチームの要的存在であるゴールキーパーが未経験者しか入ってきてなくて、守備面で不安が大きいということか。
「それは……どうしようもないですね。育てるしか方法はないわけですし。」
「そうなんだよな。かといって、今サッカー部の顧問は俺しかいないし、俺は進路指導で部活に行けないこともあるから、そんなに時間を割いてあげられないんだよ。」
んんー。そうなると、普段の練習メニュー自体を生徒が考えたりしているわけか…
――あのときからそうだったのか――
俺が高校生の時、今ほどではないのだろうが、先生が忙しくて来ない日もあった。その代わりといってはなんだが、俺が練習メニューを調べたり考えたりしていた。正直、チームメンバーには申し訳ないと思っていたところはある。意味のなさそうな練習になることもあった。
「いいなぁ。俺らテニス部は全然部活の話とかできないから、そういうの憧れるわー。」
「それな。帰りの時間にテニス部から連絡事項ってなったらミーティング確定だしな。」
「しかも映像見て終わりというね。」
誠也と憲弘はテニス部だった。まあ、憲弘は体が弱く、手術後はほとんど部活に行けなかったのか、行かなかったのかは知らないが。
「それで、ゴールキーパーの問題はどうするつもりなんですか?」
「この話の流れから、まあわかっているかもしれないが…」
……そういうことか。俺が人助けをしに行くと、さっき言った。つまりこれは……
「お前に、後輩のゴールキーパー育成を手伝ってほしい。」
うん…そういうことだった。まあ先生の言っている流れと俺の話、そして今回の飲み会の流れ上そうなる。だが深くは考えていない。
「じゃあ、明日からじゃなくなるじゃないですか。」
本当は明日にでも始めようと思っていた、この旅。
「記念すべき最初のサインは、俺のサインだな。」
ええと……つまりこういうことか。最初の
「俺らもサインしたいから、なんか手伝ってもらおうかな~。」
「変なこと手伝わせるなよ。」
釘をさしておく。こいつらのことだから、ふざけたことを頼んでくる可能性もなくはない。
「ただ働きたくさんしてもらお。」
「そういう目的で人助けを利用するな。」
俺らの会話を聞きながら先生は、ネギトロ飯に醤油を二回しする。
「人助けは選んでするものではないが、頼む側は無理を言わないのが大事だからな。」
なるほど。先生はまず、俺がこれから人助けをしていく上でまずは知り合いから助けると考えたのだろう。ハードルの低いものからこなせということか。
「先生の頼みはどれくらいの期間なんですか?」
たしかに。それは聞いていなかった。ゴールキーパーの育成と言っても、最初はやはり基礎を作らなければ話にならない。だから相当な期間になりかねない。
「いや、1日でいい。1日で徹底的に叩き込んでもらう。アップから練習メニューまである程度覚えてもらう。それぐらいでいい。別にプロを育成するわけじゃないからな。」
少し楽しげに政一先生がそのまま言う。
「2年後ここに帰ってきた時に、あいつらは3年だ。どれぐらい成長したか見られるだろ?人を育てる大変さと、面白さがわかるかもな。
―――ま、1日でどうにかなるなら、この世のプロ選手にコーチなんてつかないがな。」
先生の言っていることは至極真っ当なことだ。しかし、俺も少しだけ楽しみだと思う。自分が指導した生徒が上達して高校サッカーで活躍しているなんていうのを知ったらきっと、やってよかったとそう思う。活躍まではいかなくても、成長しているのが分かればきっと楽しい。
「じゃあ、徹底的に後輩を苛め抜いて、キーパーの楽しさ、カッコよさを叩き込んでやりますよ。」
そう言い、
「ちなみに現状でやっている子は、運動能力高そうな感じですか?」
政一先生が、ネギトロ飯を飲み込んで言う。
「そこは心配ない。慎一がそう言うだろうとも思ってたしな。あと、単純に、お前にもともと頼もうと思ってたからな。」
もともとか……。だとすれば、俺に直接連絡をくれなかったのはなぜだろう。
「そういえば、先生は情報の科目もまだやってるんですか?」
政一先生は数学の先生でありながら情報科目も担当していた。俺らの代からカリキュラムにぶち込まれ、俺らの3個下からは情報も共通試験の科目に追加されたのだ。
「いや、情報については新しく入ってきた先生にやってもらってるよ。さすがに俺一人で進路指導、数学、情報、部活の顧問はハードすぎるってことで、情報専門の先生に入ってもらったんだ。」
「政一先生の情報の授業、結構好きだったんですけどね~。」
誠也が懐かしむように言う。すごくわかる気がする。
「だってさ。あれだけ受験勉強頑張ってた時期で、体育以外で唯一、入試と関係ない授業でさ~。」
そうだ……殺伐とした受験競争内で、一瞬だけ得られた安らぎの時間……
「GIF画像作ったり、ウェブサイト作ったりするの結構おもろかったよな。」
憲弘もやっぱりそうだったのか。すげーよくわかる。
「なんかさ、担任の先生が担当科目で、しかも受験と関係ないとさ、ほんわかしてるというか、みんな表情柔らかかった気がするんだよね。」
「めっちゃわかる。あの時間、あの空間好きだったなぁ。」
本心だ。心の底から、あの授業が好きだったと思っている。
「そう言われるのは初めてだな…。今となっては情報の授業も受験科目だから、そういう雰囲気の科目はもう体育ぐらいしかないな。」
最近の高校生は本当に大変だな。けれど、俺の代は、共通試験の過去問が3年分しかなくて、それはそれで大変だったけど。
「お前らが作ったやつ、一応残ってはいるんだよな。」
「えっ?残ってるんですか?」
学校のアカウントは毎年更新されて新しいのが貸与されるはずだから、本来考えにくい。
「一応お前らの著作物だからな。お前らが使ってたアカウント自体はもうないけど、管理だけしてる状態だな。」
「あれって勝手に削除されるんじゃないんですか?」
誠也が問いかける。
「俺の傑作残してもらって感謝です。」
憲弘が割り込む。
「いや、憲弘のは消したかもしれん。」
――そう笑って言うと、
「後輩たちに、先輩がどんなものを作ったのか見てもらったりするために、お前らの代だけ残してるんだよ。」
意外な事実に驚かされる。
「やっぱり俺みたいな傑作が多かったからですかね。」
と鼻高々に言う憲弘だが、
「ちょっと憲弘が傑作かはわからんが、ある意味ではお手本のような作品つまり、GIF画像ならちゃんとループしている作品と、ループ概念をガン無視してる作品とが色々あって、参考になるから残しておいたって感じだな。」
「俺ってループしてたっけ?」
憲弘が誠也に聞く。
「いや、お前は確か……。目玉焼き焼いてなかった?」
当時、みんなの作品で先生が気になったものは、コンピューター室の前のスクリーンに公開処刑されていた。
「ぁあ!なんか、フライパンで目玉焼き焼いてたら落とすみたいなのだったわ。」
「どこにループ要素あるんだよ。」
ということは、
「憲弘のやつは、ループ概念無視の方にファイル入れてある。」
先生がすっぱり切る。
「俺はそれで、人間は同じ過ちを繰り返すことを表したかったんだけどなー。」
「いや、その時思いつかなかったから適当に作って、今意味を後付けしただけだろ?」
憲弘は誠也に図星を突かれたようだ。
「慎一ってどんなやつだったっけ?」
たしか……
「地球にでかい隕石が衝突して、地球がバラバラになって、万有引力でまた地球が再生されてくやつ。」
「よく覚えてるな。」
政一先生が驚きながら感心している。
「ちなみに、破壊と再創生が繰り返されることを表したかったんだよ。」
と後付けな意味を加える。
「なんか慎一がそうやって言うとさ、説得力あるから後付けかどうかわからんのよな。」
「それはわかる。」
「しかも高校の時のお前とか、ガチでそういうこと考えたうえで作ってそうだしな。」
まあ。振り返ればそういうことを考えていなかったわけではない。
―――ネギトロ飯がなくなる……。
「料理結構うまかったよな。」
「しかも個室だし、雰囲気もいいよな。ここは先生と次呑むときも候補だなぁ。」
そういっていると、
―――スゥーートッ
「失礼いたします。こちらお会計になります。お時間は決まりありませんので、ごゆっくりお過ごしください。」
―――店員さんが見事な一礼をして戻っていく。
「先生は払わなくても大丈夫ですよ。」
誠也が陣頭指揮を執るように言う。
「だって、俺らみたいな生徒と飲みに行ったときに払ったりしているでしょうし、たまには僕らが払いますよ。」
「いやあ。流石にそれは俺のプライドってもんがなくなるから、自分の分だけでも払わせてくれ。」
俺は大学時代に溜めていたお金があったので大丈夫だ。
「じゃあ、普通にそれぞれ5000円やな。」
―――そうして会計を済ませる。
「またみんなで集まりたいね。」
「二年後だがな。」
そういって笑いあって、店の扉を開ける。
――――――2024年6月4日20時12分28秒
外のぬるい空気に触れた肌が、違和感を覚えた。
―――見たことのある茶髪が、橋の欄干に揺れていた。
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