第1章:あの夏、君がいた場所



高校二年の夏。澪と遥が出会ったのは、誰も訪れない図書室だった。


文化祭準備が騒がしくなる放課後。澪はその喧騒を避けるようにして、静かな図書室の隅で文庫本を読んでいた。


「それ、好きなんだ」


声をかけてきたのが遥だった。

白く透き通るような肌に、淡い藤色のヘアピン。涼やかな瞳をした、どこか浮世離れした少女。


「……読んだこと、あるの?」


「うん。何度も。悲しいけど、静かで、きれいな物語だよね」


その日から、二人は何も約束しないまま、毎日図書室で顔を合わせるようになった。ときには本の話を、ときには取り留めのないことを。


秋の風が吹きはじめた頃、遥は一通の手紙を澪に渡した。


「これはね、未来の澪に宛てた手紙。開けるのは、いつか、忘れた頃でいい」


内容は、何でもない言葉だった。ただ「またね」と、「さようならは言わないよ」とだけ書かれていた。


澪は、微笑んでそれを鞄にしまった。


でもその直後、遥は――いなくなった。


突然転校した、とだけ聞かされた。誰もそれ以上、彼女について話そうとはしなかった。


澪は一度だけ、校庭のベンチで遥を見かけた気がした。


でもそれは、本当にいたのか、自分の願望だったのか、今ではわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る