追放

「言いにくい話なんだが……この仕事が終わったらこのパーティーから出ていってくれないか?」

「む?」


 男はフードを脱いで向き直った。傷だらけの顔があらわになるが、その双眸はボサボサの黒い髪に覆われて見えない。目元が隠れているというのもあるが、何を考えているのかわからない彼のこの顔が苦手だった。


「どういう事だ、ナルン」


「いや、どういう事っていうか……依頼主からのご意向なんだよ、ノラ」


 傷だらけの男、ノラの気迫にぎょっとしつつもナルンと呼ばれた男はヘラヘラと笑う。


「ほら、今回の護衛任務の依頼主いるだろ? 領主様の娘さんのさ。あの人が俺達のパーティーを気に入ったからお抱えとして引き抜きたいっていうんだよ」


「……それがどうかしたのか?」


 感情のまるで感じ取れない無機質な声。ナルンはこの声が苦手だった。人の感情の機微にはそれほど聡いというわけではないが、それにしたってこれほど何を考えているのかわからない男はいない。

 ナルンは動揺を悟られないように気丈に振る舞いながら続ける。


「そのお嬢様の出した引き抜きの条件があんたがいないことなんだよ、ノラ。パーティーは気に入ったが、お前は恐ろしすぎて一緒にいたくないんだと」


「…………?」


 ノラは小さく首を傾げた。何を言っているのか分からないといった様子だ。ともすれば可愛らしい仕草のようでもあるが、何を考えているかわからない傷だらけの顔の男。それも身の丈二メートルにも迫る大男である。その実力を痛いほど理解しているナルンからしてみれば気が気ではなかった。


「やりすぎなんだよお前は。この護衛の旅でお前が何したか覚えてんのか?」


「…………必要なこと?」


「お前そういうとこあるよな」


 はぁ……とナルンは大きくため息をついた。


「命を狙われてるって言うんで、立て続けに襲撃されたわな。そん時どうした?」


「……指揮をしていたやつと真っ先に逃げ出したやつを残して皆殺しにして、生かした二人を拷問した?」


「……なんでそんな事した?」


 げんなりとした顔でナルンは尋ねる。


「指揮をしていた男は情報を持っているかもしれないし、真っ先に逃げ出したのは報告役だろうと判断した。残りの連中に関しては、自爆覚悟で来ている者やそういった手段を「仕込まれていた」者がいた場合、下手に生かしておくと依頼人を守りきれない恐れがあっかるとはんだんして全員にとどめを刺した。二人生かして別々に拷問したのは二人から得た情報をすり合わせて虚偽が無いかを調べるためだ。現にその時得た情報のおかげで襲撃をある程度察知して動くことが出来たし、奴らの死体の首をそこらに晒してきたのも敵の戦意を挫くのに役に立ったはずだ」


 なんてことのないように語るノラに、ナルンは頭を抱えた。


「ノラ、やりすぎ」


「え?」


「やりすぎなんだって、それは」


「そうか?」


 ノラは不思議そうに首を傾げる。どれも必要だと思ったからやった事だし、現に全て上手く作用した結果こうして無事に依頼人を護衛し届けることが出来た。一体何の不満があるというのだろうか。

 そんな彼の思いが感情の読み辛い仏頂面越しにも伝わったのか、ナルンはまたため息をついた。


「あのな、今回の依頼主はまだ十歳になったばかりの娘さんだぞ? それも今回の政争で命を狙われる羽目になって精神的に参ってる女の子だ。それをお前目の前で残虐殺戮ショーをおっぱじめたり俺でも見てるだけで気絶しそうになる恐ろしい拷問を始めたり……挙げ句の果てには殺した死体をこれみよがしに辺りにぶちまけながら進んだり……もうちょっと配慮ってもんがあるだろ? 何もお嬢様の目の前でやらなくったって……」


「…………? いや、命を狙われている状況で目は離せない。おれとヴィはSランクの冒険者で、ナルンやアガリスもAランクの実力者だが、政争に絡む刺客だ。手練を送ってこられれば守りきれるかどうか分からない。せめて視界の中に収まる位置にいてもらわないと」


「いや、そりゃあ、まあ、わかるんだけどよ……」


 真顔で淡々と説明されると何も言えなくなってしまう。

 実際、ノラの取った行動はあまりにも乱暴であったが間違いではなかった。


 最初の襲撃、三十人を超える物量で攻めてきた際、戦闘の指揮を取っていた男。それと劣勢になったと見るや踵を返し走り出した女。この二人だけが計画について詳しく知る人物であり、残りは腕に覚えのある無法者を金で雇っただけだろうと瞬時に判断し、二人を生け捕りにして残りを皆殺しにした。

 拷問の手並みも鮮やかなもので、足の爪先から少しずつ、死なないように調整しながら刻んでいき情報を最大限に引き出した上、二人分の情報を突き合わせて真偽を確かめた。

 その後は二人から聞き出した襲撃計画を元にルートを再選択し、雇われの者たちが戦意を失うようわざと目茶苦茶にした死体をそこらにばら撒き、その上で血と死体で行き先を撹乱さえした。

 命乞いをしようが男だろうが女だろうが襲撃者は皆容赦なく殺すか拷問し、依頼主が生き残るためにあらゆる手を尽くして降りかかる火の粉を払っただけだ。


 ナルンとて、彼のその苛烈さを恐れてこそいるが、彼の理念そのものを否定しようとまでは思わない。彼のやり方は光さす正道を征くものではないにしろ、確かな一つの方式ではある。だからこそこうしてパーティーを組んで長年冒険者稼業に勤しんできたのだ。

 しかし、今は状況が違う。


「俺達は確かに冒険者としては破格の地位に上り詰めてきた。だが所詮冒険者なんだよ。この国じゃ貴族ほどの地位には預かれない。でも、お嬢様が俺達をお付きの専属として取り立ててくれるんなら俺達は栄誉騎士の仲間入りだ! 成り上がれるんだよ!」


 力強くナルンは叫ぶ。その瞳には懇願にも似た色が浮かんでいた。


「お前が敵を葬ってる間ヴィルトゥはずっとお嬢様の側でお嬢様を守りながら精神面もフォローしてたんだ。アガリスもな。二人はお嬢様とは女同士だし、安心したんだろう。パーティーごと引き抜きたいって言ってくれてるんだ。お前さえ抜けてくれれば俺達三人は勝ち組になれるんだよ! 分かってくれ!」


「分かってくれと、言われてもな」


 ノラは黒髪に隠れた瞳を閉じた。


「おれ達はうまくやって来ただろう。それよりも、か?」


「それよりも……だ」


 ナルンは、苦しそうに顔をしかめる。


「お前は強いよ。ノラ」


「……………」


「強いんだよ、お前は。それこそどこででもやっていけるだろうぜ。でも俺は! 俺やアガリスは、違う……。お前ら程強くはないし、Aランクになれたのだって、運が良かっただけだ! その上俺はもう年齢的にも厳しい、この後どんどん身体は弱くなってくる。いつ死ぬか知れない冒険者稼業から足を洗って、安定した宮仕えの栄誉騎士に成り上がりたいんだ。もう落ち着いちまいたいんだよ……頼むよ……」


「……………」


「このチャンスを、逃したくないんだ……」


 ノラは正直驚いていた。

 ナルンという男はお調子者で、いつも冗談ばかり言う男だったが、ここまで自分の弱さをさらけ出す男ではなかった。それほどまでに、魅力的な誘いだったのだろう。


「おまえ達二人が引き抜かれる、というわけにはいかないのか」


「……お嬢様が引き抜きたいのは、ぶっちゃけちまうとヴィルトゥの奴だ。俺達は、上手いことおこぼれに預かりたいってだけだ」


「そうか……」


 ノラは椅子の背に体を預け、窓の外を眺めた。

 お嬢様を護衛してこの街に着いてから、ヴィ――ヴィルトゥとアガリスは二人で現地の従者たちと共に館へと向かった。

 ノラとナルンは、パーティーがこの街に滞在する間の宿を探しに来ていたのだった。

 先刻彼女たちと分かれたときはこんなことになるなんて想像もしていなかった。ノラにとって、このパーティーは彼がようやく見つけた―――。


「結婚、するんだ」


 ナルンは真剣な顔で続ける。


「資金がたまって、落ち着いた仕事を見つけたら結婚しようって、アガリスと話してた。これ以上無いチャンスなんだ。幸せになりたいんだ。無茶を言ってるのは分かってる。でも、でもこんな機会、この先一生無いかもしれないんだ! 頼むよ、頼む……このとおりだ……」


「…………」


 ノラは、何も言わない。

 長年の付き合いだ。ナルンがどんな人間かは、ノラなりに理解しているつもりだ。お調子者でいつもふざけていて、真面目な話を切り出すのが苦手で。この話を切り出した時も、おどけるように、大したことのないように切り出してきたが、今の必死な姿を見ればあれが不器用な彼なりになんとか伝えようとした結果なのだろうと分かった。

 分かってしまったからこそ、これがいつものおふざけではないことも、理解してしまった。


「分かった」


「!?」


 一言呟いて、ノラは立ち上がった。


「……ヴィも、ナルンも、アガリスも。おれの仲間だ。仲間には……幸せになってほしいと、おれもそう思う」


「ノラ……」


「おれが出ていくことで、みんながそうなれるのなら、そうしよう」


 ノラは床においていた荷物を掴むと、無造作に担ぎ上げてフードを目深におろした。


「あ、ありがとう! ありがとうノラ! パーティーから抜けても俺達――」


「最後に一つ」


 ノラは振り返らずに尋ねた。


「人の心がないと、何を考えているのか分からない、恐ろしい男だと―――おまえたちも、そう思っていたのか?」


「そ、れは……」


 ナルンは言葉をつまらせた。

 違うと言えば、嘘になる。


 パーティーを組むまでのノラは、ギルドでも広く恐れられていた。

 二メートルに迫る長身、余すことなく鍛え上げられた傷だらけの身体。いつも黒い革鎧とフード付きの外套に身を包み、たとえそれが女子供であっても、敵であれば容赦なく殺す苛烈な男。

 受ける依頼はどれも魔物や賞金首の討伐依頼ばかりで、冒険者達はノラは殺しをするためにギルドに入ったのだと、生まれついての殺し屋なのだと噂をしていた。


 そんな彼がいつしかヴィルトゥという女冒険者とコンビを組んで活動するようになり、いつかの合同依頼の際に臨時でナルンとアガリスのコンビとパーティーを組んだのが始まりだった。

 初めはおっかなびっくりで、いつ殺されるのかとヒヤヒヤしていた。だが、依頼を共にする中で、この男はこの男なりに仲間を気遣っているのだと分かった。どこまでも苛烈で徹底的なやり方は、他の人々に危害が無いようにするためだと気づいたのは、いつだったろうか。


 今でもナルンはノラという男が苦手だ。何を考えているのかわからないし、そのくせ目茶苦茶に強いし容赦ない。今でもたまに、何かの間違いであの敵意が自分に向けられてしまったら、と考えることさえある。

 だが、だが決して人の心がないわけではないのだと、ナルンは知っている。ノラは誰も傷つけさせないために容赦なく殺すのだと。

 今こうしてパーティーを去ろうとしているのだって、彼に優しさが、人の心があるから身を引こうとしているのではないか。


 それを伝えなければならない。

 だが、ナルンは言葉に詰まってしまった。

 こちらを振り返らずに尋ねるノラの声があまりにも弱々しく、恐ろしいほどに大きく見えていたあの背中が、子どものように小さく見えてしまったから。


「そうか」


 返事のないそれを、ノラがどう受け止めたのか。その答えを知るのはノラ一人だけだ。


「おれには過ぎた、居場所だった」


 震える小さな声でそう告げると、ノラは一人部屋を出ていった。


「ま―――!」


 待ってくれと、そう言いかけて口を閉じる。

 一体どの口がそう言おうというのか。自分たちの未来のために彼を追い出したその口で。

 ナルンは立ち上がりかけた腰を再び椅子に落とす。


 もしかしたら自分は、とんだ思い違いをしていたのかもしれない。

 ノラはナルンの知る限り最強の冒険者で、いつも寡黙で何を考えているかわからない男だったが、きっと強い男なんだろうと思っていた。

 だが、もしかするとそれはナルンの勘違いで、本当は繊細で、このパーティーのことも大切な居場所だと思っていたのではないか。

 そうだとすると自分は……。


「すまん、ノラ。ありがとう……」


 ナルンにはただ、言い聞かせるようにそう呟く事しか出来なかった。

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