第11話 カグラ様は貢がせたい①

「はあ、新しい街に着くたび教会にわざわざ挨拶に行くのもいい加減しんどいわぁ。あそこ嫌いなのよ、辛気臭くって」


「仕方ないだろ。魔王討伐の旅を続けるには必要なことなんだし」


「国に支援を取り付けているとはいえ、勇者のお墨付きを貰っているのは教会なんだ。不興を買うわけにもいかんしな」


 勇者パーティは教会での用事を済ませて街の大広場で休憩を取っていた。


「毎度のことだけどフヅキは途中でバックレて遊んでるしさ。いいわよね子供は」


 丸テーブルを囲む3人とは離れた場所、催し物にでも使えそうな青空舞台の上でフヅキは街の子供たちと戯れている。


「ねえねえ、フヅキ兄ちゃん! あのワザ、また見せてよ」


「うーん。どうしよっかなぁ、あまり見せ物じゃないんだけどなぁ」


「えー、いいじゃん。すっごいカッコいいんだもんアレ」


 年下の子供たちにしきりにせがまれて、フヅキはまんざらでもない様子だ。


「仕方ないなあ、ちょっとだけだぞ」


 言葉とは裏腹に嬉しそうに舞台の中央に立つフヅキ。

 ゆっくりと構えを作り、目の前に敵がいると想定した簡単な演舞が始まった。動きのキレが以前にも増している。


「せいッ……ハァ! ……〈崩ォ連掃ほうれんそう〉ッ!!」


 手刀による受けに継ぐ締めの素早い連撃が放たれた。


「……あれ、なんなの?」


 子どもたちの喝采が聞こえてくる中、カナリアが驚きとも呆れともつかない口調でエフに質問した。


「フヅキと2人で考えたワザだよ。他にも〈捌方砕はっぽうさい〉とか〈瞬技駆しゅんぎく〉とか」


「あんパンはダメでも、野菜はいいのか?」


「うん。『多分競合してないからいい』って、天啓が……」


「……競合って、一体なにとだ?」


 エフの理解を超えた発言は今に始まったことではないが、幼馴染のイゾウですらいつまで経っても慣れることができない。というより、発信元は人知を超えた存在であるわけで致し方ないのだが。


「ちなみにハッポウサイは野菜じゃないわよ」

「え?」

「……え、知らなかった?」


 カナリアの指摘が想定外だったようでエフは目を丸くして固まってしまった。


「そうなの? もー、天啓もなんで教えてくれなかったのさ……えぇ……」


「なんだって?」


「『2人ですごく盛り上がってたから、もういいやってなった』……だってさ」


「面倒くさくなったのか。天啓もそういうとこ適当なんだよな」


 イゾウは見えざる者の声にちょっと呆れて見せた。


「それにしても、フヅキって誰とでもすぐ仲良くなるよね。ここに着いてまだ3日だっていうのに」


「いつも明るくて、好奇心旺盛、物怖じしない性格でエフとは大違いだものね」


「どうせ僕は根暗ですよ」


 何気ない一言に対し、カナリアから思わぬしっぺ返しを食らってしまったエフが口を尖らせる。


「あ! おーい、お姉ちゃん」「あ、フヅキ君。こんにちわ」


 しばらく眺めていると、フヅキが離れた場所を歩く年上の女性に気づき声を掛けた。


「昨日はあれから大丈夫だった?」

「ええ、その節はとても助かったよ。ありがとぉ」

「お安い御用だよ。また何かあったら言ってよね!」


 フヅキが見知らぬ女性と仲良さげに話しているのを見て3人は目を見合わせた。


「随分とキレイな人ともお近づきになったものねぇ。フヅキも隅に置けないわ」


「なんか……フヅキの将来が無性に心配になってきたな。ヒモとかになったりしないだろうか」


「考えてみると僕らフヅキの出自にあまり詳しくないよね。聖都を出た時に腕試しって絡まれて、そのまま付いてくる流れになったけど」


「ワタシは案外いいとこの出だと思うけど。読み書きもしっかりできるし」


 3人がフヅキの無邪気な顔を眺めながらアレコレ言っていると、


「ん? あの子……」「どうしたの、エフ?」


 エフが見る方にイゾウとカナリアが目を向けると、物陰に隠れてフヅキの様子を伺う幼い少女の姿があった。


「どうしたんだろう、さっきからフヅキのことをかなり気にしているみたいだけど」


「気になるなら、ちょっと声を掛けてみるか」


 イゾウが席を立ち、先行して少女の方に向かっていった。

 エフとカナリアも後を追うことにした。


「お嬢さんっ」


 なるべく軽快な感じを前面に出してイゾウが話しかけるのを少女は目だけ向けた。


「あっちの男の子に何か用があるのかな? 俺達の連れなんだけど」


 少女はいきなり現れた長身の男を青ざめた表情で見上げ、口をパクパクとだけさせた。


「怖がらせちゃってるじゃないか。ガタイがいいから、圧迫感があるんだよ」


 そう言って、イゾウを横に退けてエフが位置を代わった。


「ごめんよ、いきなり怖かったよね。このお兄ちゃんも悪気はなかったんだ。良ければ、僕に話を聞かせてもらえないかな」


 安心感のある言葉に最上級の笑顔を添えて、エフは少女に語りかけた。

 そんなエフの顔を見て、少女は何とも言えない表情をした。


「エフ……エグ味の全然取れてないタケノコを食べた後みたいな顔をしてるわよ、この子」


「なんでだよ!? 勇者スマイルは旨味の宝庫なはずなのに」


 エフの叫びに少女はピクッと反応して、ようやく言葉を発した。


「あなたが、勇者……?」


「ああ、そうだよ。勇者エフとは僕のことだ」


 尋ねられたエフは気を取り直して名乗りを上げた。


 少女はじっとエフの顔を見つめ、やがて口を開いた。


「ご冗談を。以前、勇者様のことは拝見しましたが、こんなしなびた玉葱顔ではございませんでしたわ。偽物は早々に失せなさい」


「しな……!? こ、こぉのクソガキ、言わせておけばぁ!!」


 予想の上を行く発言にエフは顔色を変え、敵意をむき出しにした。


「おいおい、公衆の面前で子供相手に大人げないぞ」


 イゾウがすかさずエフを後ろから羽交い締めにした。エフはそれでも少女に食ってかかる。


「だってさあ! このガキンチョが悪口いうからさあ! なんだよバーカ、バーカ」


「うっさい、メンタル玉葱勇者! さっさと一皮剥けないからそんなこと言われるのよ」


「カナリア、玉葱に失礼だろう。君もだ。多少しなびててもちゃんと使えるんだぞ」


 イゾウがいつもの落ち着きを払った調子でカナリアと少女をたしなめた。


「イゾウ……根菜類への配慮もいいけど、次からは幼馴染のささくれだった心もいたわろうな」


 イゾウのペースにすっかりトーンダウンしたエフであった。


 そんなやり取りを外野で見ていた一人の老紳士がツカツカと近づいてきた。


「失礼致します。その胸に掲げるエンブレル……国王陛下から勇者殿へ贈られた品とお見受けします」


「ああ……確かにこのエンブレルは国王様に謁見した時に拝受した物ですが、そのことを知るあなたは?」


「申し遅れました。私めはこちらにおわしますシデン聖王国第一王女、カグラ様の付き人を務める者で御座います」


「……!!」「は? だいいちおうじょ?」


 話を聞いた直後、カナリアは口に手を当てて絶句した。一方、エフは言葉の意味をうまく飲み込めずキョトン顔をしている。


「おい、よく見たら周りを厳つい奴らに囲まれてるぞ」


 イゾウの言う通り、強面の者達が離れた所からこちらをジロジロと見ている。


「みんな、どうしたの?」


 そんな中、フヅキがこちらの騒ぎに気付いて、駆け寄ってきた。


「うわっ、カグラ!?」

「フユツキ兄様、お久しゅうございます!」


 驚くフヅキを見て、頬を赤く染めるカグラ王女。


「は? おにーさま?」


 エフは尚も理解が追いつけず目の焦点を一層ボヤつかせていた。



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