4-2
翌日、匠が多摩中央警察署に向かって移動している電車内でスマートフォンが鳴った。
見知らぬ番号だ。立ったまま通話をタップし、口元を手で覆う。
「もしもし」
「俺だ。山本だ」
「……どうしてこの番号を?」
「こっちは警察だからな。そこは聞かないでくれると助かる。先生、一大事だ。今日、
「ちょうど今、向かっています」
「ならいい。着いたらこの番号に折り返し電話をかけてくれ。至急話がある。じゃあ」
それだけいって電話は切れた。
匠はスマートフォンをコートのポケットに戻した。手のひらにじわりといやな汗をかいていた。
警察署に着くと、山本へ電話をかけた。山本はすぐにやってきた。
「柴本先生、早かったな。こっちへ来てくれ」
無表情でも笑顔でもない、表情の読めない顔だった。だが、語気の奥に、かすかにいらだちが感じ取れる。
山本に急かされるまま、後をついていった。
行き先は先日と同じ取調室だった。
山本は扉を閉めると、手で椅子に座るよう匠を促した。匠が腰をおろすやいなや、山本は深いため息をついた。
「話とは……」
言い終わる前に、山本がいきなり右手で机を叩いた。バン、と大きな破裂音が鳴った。
「またホトケが出た」
山本は続ける。
「水死体だ。そこから睡眠薬が出た。成分が浅井のものと一致した。被害者は加藤智典、三十三歳。浅井と同じく医者だ。――連続殺人の可能性が出てきたってことだ」
匠は息を呑んだ。睡眠薬の件は、昨日見たニュースには含まれていなかった。
「……詳しい説明をお願いできますか」
「加藤は十二月十七日から仕事を無断欠勤していた。四日間も連絡が取れないのはさすがにおかしいと職場から警察に相談が来た。そこで昨日、マンションの管理人と警察が自宅を訪問したところ、風呂場で死んでいる加藤を発見した」
「事故の可能性はないんですか?」
小柄な刑事は目を細め、皮肉そうに笑った。内側の切れ味の鋭さが露出した表情になる。
「服を着たまま風呂に入る趣味があったなら、事故だったかもしれんな。シャツとスラックス姿で、浴槽の外側から上半身だけ内側に向かってくの字に倒れていたらしい。シャワーから水が出しっぱなしになっていて、浴槽には顔が浸かるのにじゅうぶんな水が溜まっていた。状況から事件の可能性が大と判断。警察で司法解剖をした結果、血液からアルコールと睡眠薬が出たってわけだ。わかったばかりの最新情報だ」
「ですが、偶然の一致ってこともあるんじゃないですか」
われながら苦しかったが、匠は言ってみた。
「被害者の経歴をさかのぼってみたら、加藤は浅井と同じ大学の医学部の同級生だった。どちらも水死で、同じ睡眠薬が出た。片方は川で片方は自宅だが、死因の類似性から考えても、偶然と考えるより、関連ありと考える方が自然ってもんだろう」
「その、加藤という人はどんな人物だったんですか」
北川は腕の良い、優しい医者だと言っていた。だからこそ彼女は、加藤に紹介された浅井のことも信じたのだ。
だが、山本の答えは匠の想像とは異なっていた。
「職場に聞き込みに行った奴らからの話だと、加藤は女グセが良くなかったみたいだな。加藤とつきあっていたと証言する看護師が何人か出てきたらしい。美容外科医ってのはかなり稼げるらしいな。退勤後はしょっちゅう、行きつけの店で食事した後、バーで飲んでいたそうだ。バーの従業員の証言だと、その店でひとりで飲んでる女をひっかけて連れ帰ることもよくあったらしい」
まただ。北川の話と現実との相違。
「
山本の目が鋭さを増した。
「加藤の自宅マンションの防犯カメラから、女に支えられてタクシーを降りる加藤の映像がみつかった。女は加藤と一緒にエントランスに入ってきて、ふたりで加藤の部屋のフロアでエレベーターを降りている。その一時間後、ひとりでエレベーターに乗り、エントランスから出て行った。髪の長さは胸元くらい。明るい茶髪。心あたりがないか、佐藤から聞き出してくれないか」
「それは……」
匠は思わず
「ああ。柴本先生、佐藤と話をしてくれ。――あいつには共犯がいる。それがどこのだれか、探し出さなきゃならん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます