虹色の花束
じゅんとく
虹色の花束
虹色の花束
雨の降る晩…街角の小さな一角にあるバーで行なわれているライブ会場…そのライブに特別ゲストとして招かれた女性シンガー溝口由佳、彼女は既に三十路を過ぎて、お世辞でも若いとは言い難い感じではあるものの、決して衰えを感じさせない容姿と歌声で周囲の観客達を魅了させていた。
ライブの中、従業員用の出入り口に帽子を被った1人の中年の男性が現れた、男性に気付いた従業員が彼に近付き声を掛ける。
「失礼ですが、入行許可はありますか?」
「いや…それは無いね」
男性は、帽子を深く被りながら答える。従業員は男性の顔を見ようとするが、顔は確認出来なかった。男性は何処か笑っている様にも思えた。
「……?」
少し薄気味悪さを感じた従業員に対して男性は手を後ろに隠して持っていた花束を従業員に差し出す。
「これを…今日のライブに出ている溝口由佳さんに届けて欲しい」
「あ…ハイ」
従業員は、花束を受け取る時に男性の手を見ると、彼の両手には包帯がしてあった。
しかも…花束は美しく七色に輝いている。
「頼みましたよ」
男性は、そう言って暗闇の中を去って行く。
ライブが終了して関係者達と挨拶しながら溝口由佳が控え室に戻ると、ライブ前には無かった美しく七色に輝く花束が置いてある事に気付く。
「何て素敵な花束、こんな花初めて見たわ」
今までに見た事の無い最高の贈り物に彼女は驚きと、この上無い感動を覚えた。
花束の中には紙が一枚入っていて紙を開くと男性と思われる字で一言…
「最高の舞台おめでとう。あなたのファンより」
と、だけ書かれていた。
由佳は、誰が花束を贈ってくれたのか気になり従業員達に問い出した。その中の1人が男性と会ったと言うが…顔を隠す様な仕草で、どんな人物なのかは分からなかったと言う。そして…奇妙な事にその人物の両手は包帯がしてあったと伝える。
結局、贈り主が不明のまま由佳は自宅のマンションに帰り、花束を花瓶に入れて大切保存した。
翌日…由佳の携帯電話に音楽事務所から電話が掛かって来た。
「こんにちは、由佳さん元気かね?」
「こんにちは寺島プロデューサーさん、元気ですよ」
「昨日のライブ、成功おめでとう」
「ありがとうございます。ゲスト出演させて頂き嬉しかったです」
「まあ…うちの会社の社長のコネだったけど…それでも評価は良かった見たいだね」
「ええ…今度社長さんに、お礼を伝えて置きます」
「それはそうと…実は社長、今日は休暇を取っているのだよ。何処へ遊びに行ったのやら?」
「まあ…突然居なくなるのは、何時もの事でしょう」
「そうだね」
2人は笑いながら電話を終える。
その日の午後、由佳は古くからの馴染みのある友人達と一緒に会う約束をしていて外出をする。女友達と喫茶店に入り、そこで色んな会話に花が咲いていた。様々な会話をしている中、由佳が最近あった出来事に友達に話題を投げ掛けられて、何を話そうか迷う中、昨日自分に届けられた花束を話した。
「えっ!虹色の花束⁉︎」
「何それ、スゴイ!」
由佳は出掛ける前に携帯のカメラに撮って置いた動画を友達に見せる。
「本当に七色に輝いているわ…」
「素敵ね、誰が届けてくれたの?」
「それが分からないの…ただ、帽子を被った男性だけって事しか分からないの…」
正直…由佳は喜んで良いのか迷っていた。
花束の事は結局分からないまま友達と別れて帰る事にした由佳は帰宅する事にした。帰宅途中携帯電話が鳴り出し、着信を見ると友達からだった。
「あ…ゴメンね突然電話しちゃって、実は…さっきの話しで思い出したんだけど、私の知り合いでフラワーショップやっている人がいるのだけど…その人に聞けば何か分かるかな…?と思ったのだけど、どう…会って見る?」
「ええ…会って見るわ」
由佳は了承して、友達と待ち合わせてフラワーショップに向かう事にした。
市街地から少し外れた場所に店はあった。店内には沢山の花や鑑賞植物や海外産の植物等があった。友達は知り合いの男性を呼び事情を説明する。
話を聞いた男性は、由佳の携帯の動画を見て答える。
「本当に虹色に輝いている…スゴイね」
「何処で手に入るの、この花は?」
「こんな花…何処にも売っていないよ」
「え…じゃあ、どうやって由佳に?」
「多分、これは…命の草花(くさばな)と言うのと関連しているのじゃ無いかな…と思うよ」
「命の草花?」
由佳と友達が声を揃えて言う。
「少し前にも、探偵と名乗った人物が聞きに訪れたけど…そう呼ばれる草花があるらしいんだ。詳しくは分からないけど…その草花の種を植えると、植えた人の心に反映して花が育つらしい…との噂だよ」
「何処に行けば手に入るの?」
「残念だけど、僕にもそれは分からない。それに聞いた話だからね…でも、溝口さんの動画を見る限り、噂は本当らしいね」
その日は虹色の花束が命の草花だと言う事だけで、それ以上の収穫は無く結局1日が終えてしまった。
翌日、寺島プロデューサーとの次の打ち合わせの為に事務所へと足を運んだ由佳は、事務所が普段よりも少し慌ただしい事に気付く。
「こんにちは、何かあったの?」
「ああ…溝口さん、こんにちは。実は社長さんが急病で倒れて、今事務所内は大忙しだよ」
「そうなの」
由佳は社長とは、それ程面識がある訳でもない為、そんなに深刻には考えて居なかった。ただ…新しい社長になって、今の仕事が続けられるかどうか…?気になるのはその位だった。
プロデューサー達と打ち合わせをして企画書をまとめた後、先日のライブでの件で不思議な花束が贈られて来た事を話して動画を見せる。
「へえ…凄い花束を頂いたね」
「でも…誰が贈ってくれたのか分からないの…私のファンだって書いてあるだけで…」
「そうなんだ…」
由佳が寺島プロデューサー達と話しをしていると、事務所の副社長が現れた。
「皆で何の話をして盛り上がっているのだ?」
由佳は一連の出来事を話して、副社長に携帯の動画を見せる。
「へえ…これって、もしかして創幻寺にあると言われる命の草花かな?」
副社長の意外な発言に由佳は驚いた。
「知っているのですか?」
「知っていると言うか…聞いた話だけど。この寺にある不思議な木の実を植えると、様々な形の花や草木が育ち、現実には無い色に染まると言われている…とね」
「では…その寺に行けば、花束を贈ってくれた人も分かるかもしれないですね」
寺島プロデューサーが言う。
「可能性は十分に考えられるよ。他では決して手に入らない物だから…」
由佳はプロデューサー達に協力して創幻寺の詳しい場所を、ネットで調べて地図を印刷した。
「良かったわ、ありがとうございます副社長さん、明日朝一で行って見ます」
「お役に立てて、どうも…」
と、副社長は言って部屋を出て行く。
翌日…早朝、由佳は服を着替えて出掛ける準備を整えた。
外出する前に花瓶に入れた花束を見ると、少し色褪せている様に見えた。由佳は花束に水を入れ変えてあげて出掛ける。
目的地の中心地市街までは新幹線で行き、そこから私鉄電車に乗り換えた。
人里離れた山に囲まれた無人の駅に着く頃は、時刻は既に午後を過ぎていた。
賑やかな市街地で長年暮らして来た由佳にとっては、初めて見る田舎の景色に目を奪われた。
駅周辺にはタクシーは無く、数十メートル先にある商店まで歩く必要があった。
由佳は駅の近くの商店にたどり着き店の戸を開ける。
「すみません…良いでしょうか?」
店を開けると見慣れない客人に店の年老いた夫婦は少し驚きながらも「はい」と、言って由佳の前に行く。
「何か買い物ですか?それとも食事をしますか?」
「え…と、タクシーとか呼べますか?創幻寺に行きたいので…」
「創幻寺ですか…こっからだと、かなり山の奥まで行きますよ…タクシー使うよりは乗せて貰った方が良いよ」
年老いた主人が声を上げて言う。
「私は、この土地は初めてで知り合いとか居ませんが…」
「大丈夫、ワシらの知り合いに暇しているヤツを呼んでやる」
主人は、今時珍しい古い形の固定電話を持ち出して誰かに電話を掛ける。
「オウ、ワシじゃワシ…今、店の前に今ベッピンさんがおる。お前どうせ暇だろ?創幻寺まで送ってやれ」
そう言って主人は電話を切って由佳に「少し待っていて下さい」と言う。
「あ…今ので来てくれるのですか?」
「そうだね…10分ちょっと掛かるかもしれないが…」
と言いながら主人は腕時計を見る。由佳はそれ以前に相手への呼び出し方が大丈夫だったのか…それが不安だった。
しかし…不安する程では無かった。軽トラックをドリフトさせながら店の前に1人の若い男性が現れた。
「すんげえベッピンさんは、どちら様で?」
「こちら様だよ」
店の年老いた女将が言う。
「ウホ、綺麗な方だ」
「手ェ出すんじゃ無いよ」
「分かっているよ、じゃあ乗って」
男性は由佳の荷物を後ろのカゴに乗せて、由佳を座らせて出発する。
由佳を乗せた軽トラは田園地帯を進み、やがて木々に覆われた森の道を進んで行く。
周囲を見渡すと何処までも続く深緑の景色が延々と続いていた。
「創幻寺までは、あとどの位で着きますか?」
「そうだね…この森を抜けた先かな…?」
男性は陽気に言うが…見しらぬ景色が続く由佳には、この森のトンネルが一体何時まで続くのかさえ分からない状況だった。
「あ…ホラ、アレだよ」
男性が指した方へと見ると森のトンネルの向こう側、前方の小高い山の上に小さな寺院らしき物が見えた。
2人を乗せた軽トラは峠を進み、寺がある麓まで来て停車する。
「寺には車が入れないから、ここから先は歩いて行くしかないのだよ」
そう言われて由佳は車から降りて目の前のに続く石段を見上げる。
(随分沢山ある石段ね…)
由佳は正門を潜り抜けて石段を登って行く、由佳が小さなポシェット一つを体にぶら下げながら手すりを使って石段を登って行く中、彼女よりも後から荷物を持って石段を登って行く男性の方が先に寺院へと着いてしまった。
男性が着いて、しばらくして由佳が息切れしながら寺に着く。
「随分ゆっくりだったね」
「こんな階段初めてだったのよ」
由佳が寺に着くと寺の住職である人物が挨拶に訪れた。
「やあ…川部君、お久しぶりだね」
「こんにちは、創幻寺和尚様」
川部と言われた男性は住職に対して深く礼をする。
「そちらの、お美しい方は?」
「こちらに用があるらしく、連れて来ました」
「初めまして、溝口由佳と申します」
「初めまして…この寺の住職しております三上弘道と申します。現在は先代からの寺院を管掌(かんしょう)し創幻寺和尚と呼ばれております」
「そうでしたか…」
由佳は軽く礼をする。
「ところで…溝口さんのお目当ては、何でしょうか?」
「あ…あの、命の草花を調べてみたら、こちらにあると知って来ました」
「そうですか、それならば…こちらへどうぞ」
和尚は2人を連れて寺院の裏にある巨大な神木を見せる。木には複数の木の実が実っている。
「これが命の草花ですか?」
「いえ…こちらにある神木にある木の実がありますよね、あの木の実の種から命の草花になる種が出来るのです」
「え…では、もぎ取って中から種だけ取るのですか?」
「違います。木の実は充分熟して、自然に落ちるまで待ちます。種が茶色くなって初めての命の草花としての役割が出来るのです。早い時期にもぎ取って中身を出しても駄目です。かと言って待ち続け過ぎると今度は効果が薄れます。その微妙な状態の時に利用される方々にお渡ししているのです」
「奥が深いのですね…」
「はい、深いです。ちなみに命の草花の種の申し込みは、今年の予約分はいっぱいで、来年までお待ちになる事になりますが…」
「あ…私は、それが欲しくて来たのでは無く、実は私に花を送ってくれた方が、こちらを利用したのかを知りたくて来ました」
意外な由佳の発言に和尚は少し驚いた。
「実は…こちらが、その映像です」
携帯の動画を和尚と川部が一緒に見た。
「ウワ…スゴイ虹色に輝いている」
「美しいですね、しかし…なんて危険な行為を…」
和尚の意外な一言に由佳は耳を疑った。
「あの…何か危険ですか?」
「はい、極めて危険です。とりあえず寺院に入ってから詳しく話します」
和尚は由佳と川部を寺の中に入れる。寺の講堂に入ると和尚はお茶を淹れて、それと一緒にこれまで数多くの人が送ってくれた様々写真や絵ハガキの花のアルバムを見せる。
「この数多くの花や植物の写真は全てあの神木の木の実から出来た命の草花の種から見事に咲いた花達です」
「すごい沢山あるわ、それに全て違う花なのね…」
「はい、全て違います。それは同じ人間は存在しない様に、植えた人の心の形も皆違うからです。だから命の草花と呼ばれているのです。ちなみに…子供達の間では夢花(ゆめばな)と呼び合っていると…以前来て頂いた方達が言っておりましたよ」
「ところで、虹色の花束を見て危険と言っていたのは何故ですか?」
「命の草花は人の心を形として咲きます。つまり…花を切ると言う事は、心で繋がっている根を切る事です。この花を届けた方は多分…花を切る時に指を怪我された筈です」
それを聞いてバーの従業員が指に包帯をしていたと言ったのを思い出した。
「そして…この花束を届けてから一週間が相手の方の残された時間と思って良いでしょうね」
由佳は蒼白した。虹色に輝く美しい花束だと感動したが…それは実は命に関わる程の行為だった事。それ程までに自分を応援してくれる人物が今まで居た事など自分は気付きもしなかった。
「これまでに命の草花を取りに来た方を調べる事は出来ませんか?」
「名簿は取ってあります。本来ならば非公開でありますが…今回は特別にお見せ致します」
和尚が最近、命の草花を受け取りに来た人の名簿を持って来た。しかし…由佳の知ってる様な名前は見当たら無い。ましてやトップアイドルでも無く、小さなバーで歌を歌っている程で、それ程までに熱狂的にファンになっている人がいる事自体由佳は驚きだった。
名簿の最後の行まで目を通した時、ふと…由佳はある人物の名前に目が止まった。
「あれ…社長?」
「知ってる人見つかったの?」
隣で名簿を見ていた川部が声を掛ける。
「ええ…でも、何で社長の名前が?」
由佳は名簿の途中にある「木下祐介」と言う人物に目が止まる。
仮に社長が由佳に虹色の花束を送ったとして、何故…そこまで命懸けの行為をするのか不明であった。
直接、社長に問いたださないと分からない、しかし当の本人は急病であった。
命の草花を切って由佳に届けた…と考えれば辻褄が会う。
「見つかりましたか?」
「届けてくれたかは確認しないと分からないけど…多分、間違いなさそうな感じがします」
「分かりました。もし…別人だったら、また報告して下さい出来る限りの協力はさせて頂きます」
「あ…ハイ、宜しくお願いします」
由佳は和尚に礼を言って外に出る。
石段の近くにある門まで来ると寺と神木を眺めて由佳は和尚に話す。
「もし…命の草花を育てて見たくなった場合…どの位の値段で提供なさっているのですか?」
「お代は一切頂いておりません」
「え…無料ですか⁉︎」
「はい、その代わりに上手く花を咲かせて頂いたら、その写真を送って頂く様に、お願いしております。ちなみにテレビや雑誌の取材は全て拒否させて頂いております。個人で当寺院を教えたり命の草花を教えるのは自由ですが…それを金儲けの為に利用する行為は硬く禁じさせて頂いてます。命の草花は扱い次第では人命にも関わる物ですから、世間がそう言った輩ばかりである場合直ぐに提供の取り止めをする様…先代からの受け継ぎをしております」
ここに来るまで色んな人達に聞きに周った理由が、なんとなく理解出来た…と由佳は納得した。
由佳と川部は和尚に深く礼をして寺院を後にする。
神秘的な魅力を秘めている命の草花、しかし…扱いを少し間違えると身の危険さえ起こしてしまう程の物…由佳は命の草花に対して少し怖さを感じた。
石段のを降りると辺りは夕暮れに染まっていた。
「良かったら家に来ない?僕の家は民宿だから」
「そうね、お邪魔させて頂くわ」
こんな山奥で無理に帰るよりは一泊利用した方が安全であった。
民宿に来て、宿から寺島マネージャーに連絡を入れた。
「やあ由佳さん、成果はあったかね?」
「ええ…名簿に社長さんの名前があったわ、多分…だけど社長さんかもしれない」
「社長さんが?」
「ただ…社長さんだったとして、私に虹色の花束を送る理由が分からないのだけど…」
「そうか…由佳さんは、社長さんとの関係は知らなかったね…」
「え…?どう言う事?」
「明日、こっちに戻って来たら詳しく話すよ、今日は宿でゆっくり休んで」
そう言って寺島マネージャーは電話を切る。
(社長と私の関係て…?)
由佳は布団の中で自分の幼少期を思い出していた。小学生だった頃、自分の親と自分の苗字が違う事で友達からイジメられていた。中学生になる頃…由佳は親に歯向い、よく家出をしたり不良グループと遊んだりしていた。
高校生になっても不良でいた、そんなある日の事だった。両親から自分が本当の子では無いと聞きショックを受けた。高校を中退して家にまともに帰らず、路上でストリートミュージックしている仲間と知り合った。
ストリートミュージックしている中、今の音楽業界の社長(当時は専務だった)が声を掛けてくれて、音楽業界に足を踏み入れた。
しかし…現実は厳しく。初デビューまでの道は険しく、収入を得る為に介護福祉の仕事を紹介してもらい、いつしか…そちらが本職に成りつつあった。現在ではケアマネの仕事までしていた。
数年前にカヴァー曲のCDを出したが…由佳とっては最初で最後とも思えるCDであった。
翌朝…民宿を出た由佳は川部と一緒に村の中心街まで送ってもらう。
「こっからなら、市街地まで真っ直ぐだから大丈夫だろう」
「ありがとうね、ここまで送ってくれて」
「何…大した事は無いよ」
由佳は、財布の中から万札を出して川部に渡す。
「何…こんな大金?」
「宿泊費とガソリン代よ」
「こんなにイラネェッて…」
「いいから受け取って、その代わり…私が本当のミュージシャンになったら必ずライブに来てね」
「ああ…楽しみに待ってるよ」
そう言って川部は手を振りながら別れる。
新幹線を待つ間に由佳は寺島プロデューサーに電話を掛ける。自分に残された猶予は少なかった。もし…仮に社長では無かったとしたら…小さなライブでも、ひたすら応援してくれる熱狂的なファンがいる…と言う形で相手との関係は終えてしまうのだった。
「はい、もしもし…」
寺島プロデューサーが電話に出た。
「あ…おはようございます。今から新幹線に乗って帰ります」
「ああ…おはよう、そうか分かったよ。じゃあ近くに来たら再度連絡してね」
「あ、はい分かりました」
「あとね…社長の奥さんが、どうしても君に話したい事があるから…そのつもりでいてね」
「社長の奥さん?」
由佳は少し驚いた。
社長自身とは…会話すらした数が少ないのに、社長の奥さんと会って話しをする理由が由佳には分からない
昨夜の寺島プロデューサーの電話と言い、社長の奥さんが話しをしたいと言う事…由佳は何が何だか分からなくなって来た。
そもそも…音楽業界に足を踏み入れた利用は…当時専務だった木下祐介のスカウトだった。しかし…彼とは親しい仲では無かった。
なかなか思う様な成果が出ず燻っていて、事務所を追い出されずに居た…。
ある売れっ子のアイドル達の間でも、由佳の影口が広まっていた。
「あの溝口って言う女ってさ…枕営業でもしてるの?」
「何で…?」
「だって…未だCDすら出して無いのに、ウチの事務所にいるんだよ変じゃ無い?」
「そう言われて見れば、おかしいよね?」
そう言う影口を囁かれながらも、由佳は粘り強く耐えた。
もしかしたら名も知らぬ人物との会えるタイムリミットは少しずつ迫って来ている。このままサヨナラされてしまうかもしれない…由佳は新幹線の中から外の景色を眺めながら、茫然と考え込んでいた。
市街地に着くと寺島プロデューサーが車を駅の近くに停めて待っていた。
「やあ…おかえり」
「ただいま」
由佳は笑いながら答える。
寺島は由佳を車に乗せてから自分も運転席に座って車を発進させる。
2人は社長の家…木下邸に向かって車を走らせる。木下邸に向かう間に由佳は命の草花に付いて聞き知った事を寺島プロデューサーに詳しく話す。
「そうか…成る程ね。確かに社長の容態が悪くなった日時等を考えて見れば辻褄は会うけど…実際には、会って見ないと分からないよね」
「ところで…社長夫人が何故、私と話しをしたいって言うの?」
「さあね…僕達にも理由は分からないんだ…ただ、君が創幻寺に行った後に事務所に連絡が来て、帰って来たら社長邸まで来る様に言われていたんだ」
2人は海が見える海岸の丘の上にある立派な邸宅の近くまで向かう。
洋風を思わせる建物付近まで来ると、寺島は大きな駐車場に車を停めた。
由佳は車から降りて建物を眺める。まるで高級レストランと見間違えてしまいそうな感じの家だった。
玄関のチャイムを鳴らすと、家の中から執事らしき人物が現れ
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ…」
と、2人は海辺の見える部屋に案内される。
そこには社長夫人が2人を長らく待っていたらしく、2人が来ると
「初めまして木下祐介の妻、美智子です」
と、気品のある挨拶をする。
「あ…初めまして、溝口由佳と申します」
「こんにちは奥さん」
と、寺島は面識があるらしく簡単な挨拶をした。
「どうぞ、お掛けになってください」
と、美智子は2人にソファーに掛ける様に勧めて、彼女は紅茶を自分で淹れ始める。
「私は、紅茶にはちょっと口煩くてね、客人がいらした時は必ず自分で淹れる様にしているのよ」
美智子はそう言ってクッキーと紅茶をテーブルの上に並べて寺島と由佳に勧める。
「まあ…色々と話しは有るし、少し旅の疲れもあるから…まずは、ゆっくり紅茶を味わってからにしましょう」
そう言われて由佳は紅茶を軽く口へと運び、その味を確かめる。
「美味しい…」
と、思わず呟いて程美智子の紅茶は味が良かった。
「ありがとう」
美智子も笑顔で答えた。
由佳と寺島が一息吐くと美智子は2人に向かって話しを始める。
「さて…溝口さん、創幻寺に行って、命の草花に付いて色々と知った見たいね」
「はい、先日…自分のライブに虹色の花束が届けられて、誰が送ってくれたのかを知りたくて昨日行って来ました」
「あの虹色の花束を送ったのは、私の主人…木下祐介です」
その言葉を聞いて由佳は確信へと変わった。
「多分…そうでは無いかと思っていました。ただ…何故、社長はそんな命懸けの様な行為を私にするのですか?」
「そうね…普通に考えて見れば、ちょっと考えられない行為よね、ただ…全ては貴女への償いなのよ」
「私の…ですか、一体何です…それは?」
「貴女は、何も知らなくて当然ですよ、全ての出来事は20年以上も昔の事だから…当事主人は、音楽業界の駆け出しで、毎日仕事に追われる様な日々を送っていたの、その頃私達夫婦も貧しくて、毎日の生活が厳しく、安いアパート暮らしをしていたわ…。ある日主人が疲れながら車を運転していた時に、誤って対向車線を飛び出し、向かって来た車と危うく衝突する直前に交わしたものの、避けた車は壁にぶつかり運転席と助手席に乗っていた男女は、重症を負い意識が戻らず、そのまま亡くなってしまったの。その車に乗っていて、運良くチャイルドシートで、身を護られて居たのが貴女だったの…」
由佳は、自分の生い立ちを始めて聞かされて少し戸惑いを感じていた。
「主人は…未来ある貴女の人生に大きな足枷をしてしまったと嘆き、孤児院に送られた貴女の里親になる様に努力したけど…、当事貧しかった私達は貴女に何一つ出来ずに燻って居たわ。ようやく里親に慣れる財産を持つ様になり、家も購入して里親の許可を得た頃、ほんのすれ違いの様な感じで貴女は、別の人の養子になって孤児院を出て行ってしまったの…、それから主人はずっと貴女の里親と連絡を取り合い、貴女を見守り続けて居たわ。貴女が高校を中退して、路上でストリートミュージックをしていると聞き知って、彼はずっと貴女を探し周ったのよ、貴女が音楽に興味を持っていると知り、主人は無条件で貴女を音楽業界に入れてあげたのよ」
話しを聞き由佳は少し自分が悲しく感じた。今まで自分を支えて来た人物が居た事、それに対して何も応えられずに居た自分…もう少し早く知っていれば、もっと違う人生を歩めたかもしれない。
「一つ聞きたいのですが…何故社長は、身の危険をしてまで、私に虹色の花束を送っのですか?」
「あの人は、貴女に命の草花を送らなくても、どちらにしろ長くは持たない人生だったの」
その言葉に寺島と由佳は「ええ!」と、声出して驚いた。
「主人は…余命宣告を受けていたわ、不治の病に掛かり余命半年と言われたの。主人は、どうせ尽きる命なら…と思い、貴女に花束を贈る行為に決めたの」
「そんな…何故私なんかにそこまでするの!」
「全ては貴女への償いよ、私も少し考えを改める様に言ったわ、でも…あの人意思を曲げる事は誰も出来なかったの」
由佳は、悲しさの余りに涙を流した。
「大丈夫、由佳さん…?」
寺島が支えながら言う。
「一つお願いがあります…」
「何か?」
「社長は、今…何処に居ますか?」
「市内の病院に入院しているわ、一般には見つからない様に面会謝絶で入院しているのよ…」
「社長に会って話しをしたいです。面会許可を取って頂けますか?」
「分かったわ」
美智子は執事を呼び、由佳の面会許可を取る様に病院に連絡を入れる。
由佳は寺島にお願いしてマンションまで送ってもらい、少し駐車場で待ってもらう様にお願いする。部屋に戻ると虹色に輝いていた筈の花束は、茶色く枯れ枯れ始めていた。
由佳は白い衣服に着替えて、枯れ始めた花束を紙に包み込み、駐車場にいる寺島の所へと戻る。
由佳が茶色く枯れ始めた花束を持って来て寺島は驚く。
「それが…あの虹色の花束だったの?」
「ええ…多分、社長さんは、余り長くは無い筈よ」
寺島は急いで由佳を連れて病院へと向かう。
「さっき言い忘れたけど…社長さんから君のプロデューサーになる時に、社長さんが自分の過去を教えてくれたんだ。何故秘密にするかは不明だったけどね…隠すつもりは無かったんだ…」
「何も教えてくれな無かったのね皆で…」
「悪気があった訳では無いのだけど…」
「もう少し早く教えて欲しかったわ」
由佳は溜め息混じりに言う。
病院に着くと由佳は花束を持って病院に入って行く。本来なら綺麗な花束を見舞いに届けに行く筈が…枯れ掛けている花束を持って歩く姿に、すれ違う人達は不審な目で由佳を見た。
事前に部屋番を聞いていた由佳は、その部屋の近くまで行くと看護師に呼び止められる。
「すみませんが…ここより先は関係者以外立ち入り禁止です」
「面会許可は取ってある筈です」
「お名前の確認を…」
「溝口由佳です」
「失礼しました。どうぞお通りください」
「はい」
由佳が通ろうとすると、更に看護師が声を掛けて来た
「あの…その様な枯れた花束は、患者様に失礼だと思いますが…」
「これは持ち主である、患者様の命の灯し火そのものよ」
「はい?」
そう言って由佳は奥にある部屋へと入って行く。
薄暗い室内にただ一つベッドが置かれている…白いカーテンに覆われて外からは見えない様に隠されていた。そのベッドに横たわる男性と思われる人物は人工呼吸器を取り付けられていて、ピュー…ピューと、音が聞こえていた。
由佳は側にある椅子に座り、カーテンを捲ろうとした。その時、ベッドに横たわる男性は、誰か来た事に気付き、弱々しく手を差し伸べる。
「先生か…私は、もう長く無いようです…。せめて最後に、この愚か者の戯事に少し付き合ってください…」
由佳は自分と言う前に相手が話し始めてしまって、そのまま話しを聞く事にした。
「私は過去に一度だけ大きな過ちを犯してしまった。華やかな人生を歩むべき人の人生に辛い足枷を課せてしまい、私はずっと悔やんで来た…。その人は多分…私の事など何も知らないまま、この先も人生を歩み続けて行くだろうと思う。私はそれでも構わないと思っている。ただ…その人の本当の両親を失わせてしまった事、その事を伝えずにずっと隠し続けていた事が…私自身の愚かで臆病な部分であると思っている。私はずっと…その人を見守り続け、小さなライブ会場に呼ばれる日には何時もさりげなくプレゼントを送っていた。そんな中…私自身にも不幸が訪れて、どうせ残り少ない命なら、せめて心に残る物を…と思い虹色に輝いた命の草花を切り取って花束に包み込んで送ったのでしたよ…まあ多分、その人は…誰が送ってくれたかも分からないけど…」
由佳は涙を堪えながら答える。
「わ…私は、ずっと貴方に見守られ続けて来た事を誇りに感じます!」
「え…?」
由佳はカーテンを捲り、枯れ掛けた花束を持って木下祐介の前に姿を見せた。
「由佳さん…」
由佳は驚いた、祐介も由佳が自分の前に現れた事に驚いたが、それ以上に由佳は瘦せ細り人工呼吸器を取り付けられた社長の姿に驚いた。両手は包帯がしてある。
「私は…貴方に感謝しています。ずっと私を見守ってくれた事に、この上無い気持ちでいっぱいです…」
「こんな私を…許してくださるのか…?」
「貴方は誰よりも立派です。私に取って掛け替えの無い素晴らしい人です」
「すまなかった…貴女の言葉を聞けて良かったよ…ありがとうな…」
「いいえ、本当にありがとうって言うのは、私の方です…」
由佳は首を振りながら答える。
「今まで、ずっと私を見守ってくれて…本当にありがとうございます」
由佳は涙を堪えながら両手で祐介の手を強く握り締めた。それを見ていた祐介は弱々しく由佳の手を解き、彼女の頰を優しく撫でる。
「これからは自分の足で生きて行くんだぞ…」
「はい、頑張ります。社長さんも…もう無理しないでください」
「ああ…そうだね、少し疲れたよ…少し休むとするか…」
そう言って祐介は目を閉じた。
「ありがとうございます…」
由佳は次第に枯れ散って行く花束を大事に抱え込み、深く眠る祐介の前で涙を流していた。
数日後…
木下祐介の告別式が行われ、大勢の人達が葬儀に参加した。
由佳も葬儀に参列した。
その後、音楽事務所は新しい社長の元、新体制へと変わり始めると、由佳は事務所を立ち去る事を決意した。
「辞めちゃうの?」
寺島プロデューサーが少し残念そうに言う。
「それ程有名では無いから…それに、介護の方も最近忙しいので…」
「もし気持ちが変わったら、また戻って来てよ」
「そうね…機会があれば…」
そう言って由佳は音楽事務所を立ち去って行く。
音楽事務所を出る時、由佳は携帯の画像に保存してある虹色の花束を見つめた。
「いずれは自分の足で進む、でも…今は目の前の事に専念しよう…」
そう決めて由佳は歩き始めて行く。
虹色の花束 じゅんとく @ay19730514
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます