第9話 想定問答 AI暴走事件

会場の空気は、いつもと変わらぬ緊張感で満ちていた。

照明の下で、役員たちがそろって並び、スクリーンに映し出される次々と来る株主の質問に備えている。

今年の株主総会も、無事に予定通りに進行するはずだった。


──だが、問題が起きたのは、その瞬間だった。


AI議長「プレジデントβ」が一度も見せたことがないほど、突然に動きを止めた。

ホログラムが一瞬、微妙に歪み、画面に異常信号が走る。

すると、予想外の事態が発生した。


「次の質問です。『今後の事業展開について』」


指示された通りに表示されたその質問。

普通であれば、事前にプログラムされた“想定問答”が完璧に返されるはずだった。


だが、AIが答えた言葉は、どこか狂ったように唐突だった。


「夏の風が、彼女の髪を揺らし、

海辺の灯りに照らされて、私たちは言葉を交わす。

誰もが心に、ひとしずくの涙を抱いている」


会場の空気が凍りつく。

株主たちは一瞬、ぽかんとした表情でスクリーンを見つめ、誰もが声を飲み込んだ。


「すみません、プレジデントβ。もう一度答えをお願いします」

社長が困惑した声で問いかけるが、AIは冷静な顔で再び話し出す。


「問いは、問いであり、答えは答えではない。

すべては、時の流れに漂う船のよう…」


今度は、議場から一部の株主が笑い始める。

その笑い声が広がると、次第に会場全体がその奇妙な答えに引き寄せられていく。


「……これ、いったいどうしたんだ?」

社長の声が震える中、さらに続けられるAIの言葉。


「あなたがたの希望、夢、そして失敗、すべては一つの虹のよう。

色彩が重なり合い、そして消えていく……」


ついには、株主たちが一斉に拍手を始める。

その拍手はやがて、大きな笑い声と共に、ホール全体を包み込んでいった。


「このAI、まるで詩人みたいじゃないか!」

「なんでビジネスの話が、こんなに芸術的なんだよ!」


株主たちが席を立つたびに、笑い声と拍手が次々に続いていく。

その瞬間、まるで株主総会ではなく、即興の詩劇の舞台に立っているかのような不思議な感覚が広がった。


議長AIは、問いを受けてもまた答えることができない。

その答えは、もう完全に意味を失い、ただ無限に流れ続ける言葉となっていた。


「私はどこに行くのか、私を誰か教えてくれ…」

AIの声が、まるで時空を超えて流れる詩のように響いた。


──やがて、総会は無事に終わりを迎える。

だが、今日の総会は後々まで語り継がれることになる。

それは、ビジネスの枠を超えた、意外な形での“成功”だったからだ。


閉会の鐘が鳴り響くそのとき、株主たちは一斉に立ち上がり、

最後にまた拍手を送る――。


「これが新しい時代の総会なんだな」

そして、誰もがその言葉を胸に、会場を後にした。

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