第5話 多様性ジャック

今年の株主総会、会場は例年よりもずっとカラフルだった。


大きなモニターには各国の言語が流れ、ロビーでは手話通訳者が指を舞わせている。

受付カウンターには点字の案内板、バリアフリー対応の誘導員。

子ども株主の姿もちらほらと見える。小さな背中には、鮮やかなリュック。

車椅子の男性が、スタッフと談笑しながら最前列へ進んでいく。


いつもはスーツ姿の中高年が目立つこの会場。

今日は、まるで「世界の小さな祭り」だ。


質問コーナーが始まると、最初に手を挙げたのは、

8歳の女の子、咲良だった。


「この会社で一番、たのしいお仕事はなんですか?」


会場が一瞬、柔らかく揺れる。

社長が笑顔でマイクを持つ。「みんなでアイディアを考える会議かな。咲良さんも、ぜひ来てください」


続いて、外国人株主が英語で手を挙げる。

「What are your global strategies for diversity and inclusion?」


AI議長が、即座に多言語対応モードへ切り替わる。

「Thank you for your question. We believe diversity is our greatest asset...」


さらに、車椅子の男性が電子ボードを掲げた。

“障がい者も働きやすい現場の工夫を、もっと教えてください”


役員席の後ろでは、サポートスタッフがさりげなく拍手する。


会場の空気が徐々に“フェス”のようになっていく。

質問は多言語、手話、チャット…さまざまな形で飛び交い、

いつのまにか会場は国際色豊かな熱気であふれていた。


案内役のスタッフは、流れるような手つきで

外国人株主を多言語案内へ誘導し、

子どもにはお菓子のクーポンをそっと渡す。


やがて総会も終盤、

「また来年も家族で来ます!」と手を振る咲良、

「来年は通訳の数を増やしてほしいな」と笑う海外株主、

「バリアフリーをもっと充実させよう」と頷く役員たち。


──いつもの“議決の場”は、

今日だけは確かに“多様性の祝祭”になっていた。


ドアの外では、色とりどりの言葉が

春の光に溶けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る